#2-2 君ありて幸福

 結花ゆうかと出逢ってから、丸四年になる記念日に。

 俺たちは最高の結婚式を挙げることができた。


 でも、結婚式が終わっても、一息吐くような暇さえなく。

 俺たちはバタバタと――結婚披露宴へと進んでいった。



「…………はぁ」

「おい、遊一ゆういち! 新郎のやっていい顔じゃねぇだろ、それ!! 気ぃ抜くなって!」



 高砂席に座ったまま、ボーッとしていたら……いつの間にか目の前に立ってたスーツ姿のマサから、注意を受けた。



「そうは言うけどな、マサ……結婚式と披露宴って、驚くほど体力消耗するんだぞ? 歓談の時間に、ちょっとは休憩しておかないと、持たないって」



 披露宴は、新郎新婦入場からはじまって――主賓の祝辞、乾杯の挨拶、ウェディングケーキ入刀と、順調に進んできた。



 ちなみに祝辞は、新郎新婦まとめて、六条ろくじょう社長にお願いした。堂々とした態度で、めちゃくちゃ素敵な祝辞を述べる姿は、さすがは代表取締役だなって思ったよ。


 乾杯の挨拶を頼んだのは、今をときめく人気声優――紫ノ宮しのみやらんむこと、野々花ののはな来夢らいむ。ボイスドラマみたいな芝居からの、乾杯の音頭には、会場がやたらと沸いていた。



 そして現在――結花はお色直しのために中座しており。

 しばしのご歓談の時間、ってわけだ。



「さーかーたっ! 結婚おめでっとー!! もー、めっちゃ嬉しいんですけどー!!」

「ちょっ……二原にはら、押すなって! 相変わらず俺への対応がぞんざいだな!?」



 マサをぐいっと押しのけて、やってきたのは陽キャなギャル改め……パリピJDの二原桃乃ももの(特撮サークル所属)。


 ……っていうか、なんなのそのドレス? 海外セレブも裸足で逃げ出しそうなくらい、胸元開いちゃってない?



「ねぇ、佐方さかたゆうちゃんのこと、ぜーったい幸せにしたげてよ? じゃないと、許さないかんね? オールランナー映画に客演したとき、仮面ランナーボイスが使った新規の必殺技――モスキートボイスシュート、喰らわせちゃうよっ!!」


「物騒だな……そもそもモスキート音出せないでしょ、二原さんは」


「二原の言うとおりだぜ、遊一。男らしく……いや、かつて『アリステ』を愛した民らしく! 大切な人の手は永遠に、離すんじゃねぇぞ!!」


「いいこと言ってる風で、なに言ってんだお前は」



 そんな感じで、俺と二原さんとマサが。

 高砂席のところで、わちゃわちゃしていたら……。



「あははっ! 相変わらずだね、桃乃も雅春まさはるも。なんだか懐かしいわ、この空気」


「わたしに言わせりゃ、『ゆら革』やってた頃のあんたとゆうなちゃんも、こんな感じの空気だったわよ。らんむ」



 妖艶なドレスに身を包んだ野々花来夢、童顔すぎてドレスに着られてる感じになってる掘田ほったでるが――高砂席のところまでやってきた。



「掘田さん。今日は仕事ではないので、らんむじゃないです。ちゃんと――来夢って呼んでください?」


「はいはい、りょーかい。ただ、その理屈で言うなら、わたしも掘田じゃないからね?」


「……下掘多良したほったらでる、でしたっけ?」


「誰が下掘多良したほったらでるだ、わざとボケんな! わたしにゃ関矢せきや藍流あいるっていう本名が、ちゃんとあんの!! 知ってるでしょーが、前に教えたんだから!」


「小粋なジョークですって」



 ムキになって声を上げる掘田さん……もとい関矢さんと、おどけた感じで関矢さんを弄る来夢。ここに結花が加われば、完璧な『ゆら革』のノリが帰ってくるんだろうな。



 だけど、しばらく見ない間に……来夢の奴。

 やたら明るく笑うように、なったんだな。



「なんだ。ここだけまるで、事務所の中みたいだな。見知った顔ばかりで安心するよ。なぁ、鉢川はちかわ?」


「そうですね。親族席には真伽まとぎさんもいますし。桃乃ちゃんたちとも、なんだかんだ顔見知りですし。ホッとします」



 言いながら鉢川さんは……くいっと、手にしたグラスの中身を飲み干した。



「あー……鉢川さん。そろそろ駄目だと思ったら、自分で外に出てくださいね? 披露宴中に酔って暴れ出したら、目も当てられないんで……」


「酔って暴れないわよ、大人なんだから!! これは水! アルコール度数ゼロパーセントの、れっきとした水だから!! 迷惑掛けないように、今日は断酒してるの!!」


「こないだの打ち上げもヤバかったっすもんね、久留実くるみさん。ずーっと、でるちゃんさん……もとい藍流ちゃんさんに絡んで、挙げ句に藍流ちゃんさんの膝枕で寝落ちちゃって」


「誰が藍流ちゃんさんだ! こちとら年上なんだから、もうちょっと敬え!!」


「そうよ、桃乃。尊敬を込めて、でる美先輩と呼べばいいわ」


「よーし、来夢! 久しぶりにキレちゃったからね! 屋上に来なさいよ!!」



 こいつら、人の結婚式で何してんだ……って感じだけど。

 この懐かしくて温かい繋がりがあったから、今の俺と結花が、あるんだもんな。


 本当にありがとう、みんな。



 そして俺は、ふっと……高砂席に飾られた、赤いゼラニウムの花を見た。


 結花が一番好きな花だっていう赤いゼラニウムは、式場スタッフの皆さんの計らいで、この会場の花飾りに使われている。もちろん――ウェディングブーケにも。



 …………いつか結花が、こんなことを言ってたっけな。



 昔の結花は、白いゼラニウム。

『私はあなたの愛を信じない』って、そう思いながら生きていた。


 だけど――黄色いゼラニウム。

 いくつもの『予期せぬ出逢い』が、結花を変えていって。


 そして、ピンクのゼラニウム。

『決意』を胸に、結花は弱い自分を……越えることができたんだ。



 哀しいことも、傷つくことも、たくさんある。


『私はあなたの愛を信じない』って、泣きたくなる夜もあるけれど。


 誰かの笑顔と出逢って。一緒に前へと踏み出したら。



 いつかその花は、赤く染まって――。




 ――――『君ありて幸福』。

 幸せの花に、なれるんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る