#2-1 君ありて幸福

 式場スタッフの人たちに、慣れないタキシードを着付けられて。


 新郎の格好になったところで、俺は……なんかめちゃくちゃ、落ち着かない気持ちになってきた。


 なんだこれ。これまでの人生で、味わったことのないタイプの緊張感なんだけど。

 結婚式、恐るべし。



「お。兄さん、着替え終わったんだ。へぇ。いいじゃん、イケてんよ」

「ふふっ……素敵ですよ、ゆうにいさん。僕に勝るとも劣らない、素敵な装いだ」



 親族控え室に移動すると、即座にうちのシスターズが、口々に言ってきた。

 そんな日常風景に、ちょっとだけ気持ちが和む。


 すると、勇海いさみたちの後ろから――結花ゆうかのお父さんとお母さんが、姿を見せた。



遊一ゆういちくん。よく似合っているよ。まさに、一人前の男性の佇まいだ」


「遊一さん、結花のことをよろしくお願いしますね……普通の営みは構わないけど! アブノーマルなものは身体を傷つける恐れが――もごっ!?」


「……美空みそら、いったん黙ろう。生々しすぎるから。な?」



 お義父とうさんが、お義母かあさんの口を塞いで、ちょっとだけ冷や汗をかいてる。

 なるほど……やっぱり、お義父とうさんがツッコミで、お義母かあさんがボケなんだな。


 そんな益体もないことを考えていると。



「あっはっは。ばっちり決まってるね、遊一。まるで二十年前の僕を見てるようだよ。ねぇ――母さん?」


「……ふふっ。そうかもね。でも、どちらかというと顔立ちは、わたし似よ? 遊一が格好いいのは――わたしの子だからでもあるわ」



 そんな、親馬鹿というか、能天気がすぎる会話をしている二人が見えた。


 佐方さかた兼浩かねひろと佐方京子きょうこ――俺の親父と、母さんだ。



「確かにそれは、一理あるね。京子は今でも、ぱっちりとした綺麗な目をしていて……誰よりも綺麗だもの」


「ちょっ……ばか。こんなところで、なに言ってるの。兼浩さんってば」


「…………えーっと、悪いんだけど。イチャつくんなら帰ってくんない? 本気で」



 なんでこの人たち、息子の結婚式を控えてるってのに、二人の世界に入ってんの? そうじゃなくても、親の見たくないシーン第一位だからね? 親がイチャつくとこ。


 でも、まぁ――今日のところは、不問に付してやるよ。


 親父と母さんで揃って、結婚式に参列してほしいって……そんな俺の願いを、叶えてくれたわけだしな。




 三年ほど前。『カマガミ』の騒動が終わったあと。


 真伽まとぎケイこと、新戸あらと京子は……佐方家と再び関わるようになった。



 最初のうちは、親父と那由なゆが帰国してきたタイミングで、四人で食事に行くとか。クリスマスを家族みんなで祝うとか。そんな交流からはじめて。


 親父と那由が、日本に帰ってきてからは……母さんが実家に泊まるなんてことも、ちょっとずつ増えていった。


 そして、段々と泊まる日数が増えていき。

 いつの間にか、完全に同居する形に落ち着いて。



 最終的に、一年ちょっと前に――親父と母さんは、めでたく再婚した。



 だから今の母さんは、新戸京子じゃない。

 新郎である俺と、同じ苗字の……佐方京子なんだ。



「――新婦様のご用意が終わりました。お通ししますね」



 佐方家と綿苗わたなえ家が騒々しいやり取りをしている間に、結花の着付けとメイクが終わったらしい。


 俺は首元の蝶ネクタイを整えて、ごくりと唾を呑み込んでから――控え室の入り口へと向き直った。



 そして、スタッフの女性に手を引かれながら。

 控え室に入ってきたのは――。



 ――――純白のウェディングドレスに身を包んだ、結花だった。



「…………あ……」



 穢れのない白を纏った結花は、絵画に描かれた女神みたいで。

 メイクによって、赤みを帯びている頬と唇は……結花の健康的な可愛らしさを強調していて。


 綺麗で、可愛くて、胸の奥がキュッと苦しくって。


 ただただ、結花のことが――愛おしくて仕方なくなった。



「どう……かな? 似合ってる? ちなみに遊くんの、タキシード姿は……ふへへへぇぇ格好いいよぉぉぉぉ……」


「結花、顔! 新婦がやっちゃいけない顔になってるから!! もぉ、結婚式なのに母さんも結花も……綿苗家の女性陣は、どうかしてるよ!」


「……結婚式に男装してきた奴が、なんか言ってるし」



 結花のあまりの美しさに、頭の中が一瞬、真っ白になったけど。

 いつもどおりのふへふへ加減に安心したら……なんだか気持ちが、軽くなった。



 そして。親族同士の挨拶を終えると。


 俺と結花は、スタッフの人に促されて――チャペルの方へ向かった。



          ◆



「――それでは、新郎・遊一さんの入場です。皆さま、盛大な拍手でお迎えください」



 司会の女性の言葉を合図に、目の前の扉がゆっくりと開く。


 視界に飛び込んできたのは……いわゆるバージンロード。


 俺は深呼吸をひとつして、その道を歩きはじめた。左右の参列席からは、無数の拍手の音が聞こえてくる。


 そして、バージンロードの真ん中まで来たところで、立ち止まると――チャペルの入り口側へと向き直った。



「続きまして、新婦・結花さん。父・陸史郎りくしろうさんにエスコートされての入場です。皆さま、どうぞ盛大な拍手でお迎えください」



 司会の人が言い終わるより早く、大きな拍手の渦が巻き起こった。


 そんな中、ウェディングドレス姿の結花は、お義母かあさんにベールをおろしてもらうと。


 お義父とうさんに手を引かれながら……バージンロードをゆっくりと、歩きはじめた。



 いつもは厳格な印象のあるお義父さんは、今日はなんだか、優しく微笑んでいて。

 そして、その目元には……大粒の涙が滲んでいた。



 結花とお義父とうさんが――俺の目の前で足を止める。



「……遊一くん。結花を、よろしく頼んだよ」

「……はい。お義父とうさん」



 お義父とうさんに代わって、今度は俺が、結花の手を取った。


 そのまま二人で、残りのバージンロードを歩いてから……祭壇の前まで辿り着く。



「――それではこれより、新郎・遊一さんと新婦・結花さんの、結婚式をはじめさせていただきます。この結婚式は、新郎新婦お二人のご希望により、人前式のスタイル――」



 ああ……なんだか現実感がないな。

 四年前までは、『結婚は人生の墓場』だとか、本気で思ってた俺が……結婚式を挙げてるなんてさ。


 まったく。

 人生って本当に……何が起きるか、分かんないもんだな。



「それでは次に、新郎新婦お二人による、結婚の誓いの言葉です。遊一さん、結花さん、お願いいたします」

「はいっ!!」



 純白のドレスを着た新婦が、やたら元気よく返事をした。

 そして俺と結花は、二人で考えた誓いの言葉を――参列者に向かって告げる。



「私たちは、ご列席いただきました皆さまの見守る中、結婚の宣誓をいたします。これからの人生……健やかなるときも、病めるときも、あると思いますが。生涯愛しあい、夫婦として生きていくと誓います」


「そして――おじいちゃんになっても、おばあちゃんになっても。ずっとずっと、幸せな二人でいられるように。一緒に笑いあいながら、温かい家庭を作っていきます」


「新郎、遊一」

「新婦、結花」



 誓いの言葉が終わると同時に、チャペル中に響き渡るほどの大喝采が起こった。


 ちらっと隣を見たら、いつもより大人びて見える純白の結花と、目が合っちゃって。


 それがなんだか、おかしくって――二人で笑ってしまった。



「それでは続いて、指輪の交換を行っていただきます。はじめに新郎・遊一さんから、新婦・結花さんへ、指輪をお贈りいただきましょう」



 司会の人が言い終わると、俺と結花は祭壇の前で向かいあった。


 祭壇に置かれたリングケースへと、手を伸ばすと――震える指先を根性でどうにかして、蓋を開けた。


 台座に収まっているのは、見慣れた銀色の指輪。


 そう、これは――結花の十七歳の誕生日にプレゼントした、婚約指輪だ。



「……本当にこれでよかったの?」

「うん。これじゃなきゃ、いやだった」


 小声で尋ねる俺に、結花は迷いも見せずに答えた。



 ――結婚指輪なんだから、もっとちゃんとしたのを買うよ?


 家でもそうやって、何度も言ったんだけど。

 結花の回答は、いつだって同じだった。



 ――ちゃんとしたのとか、高いのとか、そういうのはいーの。

 ――遊くんが初めてくれた、この指輪が。私にとって世界一の……宝物なんだから。



 結花の、細くて綺麗な左手を取って。

 その薬指に、想い出の指輪を……はめた。



「ありがとうございます。それでは続いて、新婦・結花さんから、新郎・遊一さんへ、指輪をお贈りいただきましょう」



 にへーっとした顔になってた結花は、ハッとなると。

 祭壇に置かれたリングケースから、指輪を取り出した。


 それは、結花のものと同じデザインの――銀のペアリング。



「遊くん。手、くださーい」


 小声で可愛く、そう言って。

 結花は俺の左手を取ると、薬指へと指輪を通した。



「続きまして。新郎新婦お二人には、永久の愛を誓うキスを、交わしていただきましょう。それでは新郎・遊一さん、新婦・結花さんのベールをお上げください」



 …………きた。


 誓いのキス。マンガとかアニメでは、見たことあったけど。

 いざ自分がやるってなると……緊張感ハンパないな。



「…………」


 頬を紅潮させた結花は、少しだけ屈むと――ゆっくり下を向いた。


 俺はごくりと生唾を呑み込むと。

 グッと背筋に、力を入れた。



「……優しくしてね、遊くん?」

「……当たり前でしょ、結婚式なんだから。結花こそ深いキス、やんないんだよ?」

「……やんないよ、結婚式なんだから。ばか」



 そして俺は、結花のベールを上げると。

 その小さな肩を、そっと抱き寄せて。




 ――――永遠を誓う、キスをしたんだ。

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