#1-2 あれから……

 それから俺と結花ゆうかは、交代で風呂を済ませると、並んで布団に入った。


 打ち上げがやたらと盛り上がっちゃったから、いつの間にかもう、日付が変わっちゃってるし。



「ねぇ、ゆうくん。もうちょっとだね、結婚式まで」


 寝転んだまま横を向くと、結花は布団にもぐったまま、じっとこちらを見ていた。


「四月六日。四年前に、私と遊くんが初めて逢って婚約した、記念の日。これ以上の結婚記念日なんてないよね……えへへっ」



 とろけちゃいそうなほど、嬉しそうな顔をしてる結花。


 結花は記念日とか、すごく大事にするタイプだもんな。

 随分前だけど、婚約三か月の記念日を祝ったこともあったっけ。


 ちなみに入籍をした記念日は、二月十四日。


 バレンタインデーで、結花の誕生日で、入籍の記念日――盛りだくさんな日になったけど。そういうのも俺たちらしいかなって、思ったりする。



「遊くんには、私のウェディングドレス姿に、見とれてもらうからね? 他の女の子に目移りなんてしたら……とってもご機嫌斜めに、なるからねっ!」


「するわけないって。結婚式で新婦以外に目移りするとか、ヤバめの悪魔に取り憑かれてるでしょ、そいつ」


「巨乳の悪魔かな?」


「まーた、そういう……とにかく俺は、結花にしか興味ないから。安心しなって」


「ふへへっ。私だって、遊くんにしか……興味ないもんねーだっ! ばーかぁ」



 甘えた声でそう言うと、結花はえいっと、俺の胸の中に飛び込んできた。

 布団の中でギューッと抱きついて、脚を絡めてくる結花。



「よしよし。それじゃあ寝るよ、結花。もう一時近いし」

「…………やだ」



 そう呟くと、結花は俺の胸元にくっついたまま、ゆっくり顔を上げた。


 そして……紅潮した顔で。上目遣いにこちらを見て。


 ――――ねだるように囁いた。



「まだ、寝ないもん……ばか」




          ◆



「あ。遊にいさん、こんにちは。本日はお日柄も良く、絶好の結婚式日和ですね?」


「えっと……勇海いさみ。なんで今日も、男装姿なの?」



 俺と結花が結婚式会場に到着したときには、既にダブル妹がロビーで待機していた。やたら早いな、この二人。


 で。


 本日、新婦の妹として参列予定の、綿苗わたなえ勇海いさみ(大学一年生)は――なんで黒いスーツに蝶ネクタイなんて、男装スタイルで来てるわけ?



「ね? 馬鹿っしょ、こいつ。非常識すぎ。ドレスコード違反。日本の恥、マジで」



 一方、新郎の妹の佐方さかた那由なゆ(高校三年生)は、ノースリーブのワンピースドレス。


 いつもどおり目つきは悪いし、ショートヘアではあるけど……なんだか小さい頃の那由を思い出させる、可愛い雰囲気だなって思う。



「ふふっ……そういう那由ちゃんは、とっても可愛いね? まるで御伽話に出てくる、お姫様みたいだ。どうです? 僕と一緒に――ワルツでも踊りませんか?」


「うっざ! 可愛くねーし!! 死霊と盆踊りでもやってろし!」


「そんなこと言っていいの? 那由ちゃん、僕が誰だか分かってる? ほら、僕は……家庭教師の先生だよ? 君の大学受験の鍵を握るのは、この僕! さぁ、その暴言を訂正して、僕のことを勇海先生と呼ぼうか!!」


「くっ……こいつ……っ!! 兄さん! 悪いけど今日は、結婚記念日じゃなくって――勇海の命日になるわ!!」



 やめろやめろ。

 せっかくの結婚式を、親族の血で汚すんじゃねぇよ。



「えいっ!」


「痛っ!? デコピン強すぎだよ、結花……あれ? ひょっとして、結構……怒ってる?」


「うん。私はすーっごく、怒ってるよ! だーかーら……反省して」



 かつてなく低いトーンの結花ボイスに、勇海はビビったようで……ぺこぺこと、那由に頭を下げたのだった。



 ――高校進学と同時に、関東に引っ越してきた勇海。


 この春から大学に進学したけど、今でも俺たちのところや、那由のところに遊びに来たりしている。



 そして、実家暮らしの那由はというと……なんと、俺と結花の母校に通ってる。


 ちなみに今年で高校三年。いよいよ大学受験が、目前に迫ってきた。


 そんな受験対策として、那由は……お金をケチって、勇海に家庭教師を頼むという愚行を犯してしまった。


 その結果が、この――教師の立場を使って、那由に逆襲する勇海って構図だ。



「……なにニヤニヤ見てんの? 実の妹のドレスで欲情すんなし」


「してねーよ馬鹿! 俺はただ、那由と勇海は仲良し姉妹になったなぁって、微笑ましく思ってただけだっての」


「はぁ!? 誰と誰が仲良し姉妹だし! どっちかってーと、殺伐他人だし!!」



 殺伐他人とは。



「ってか、なんなの兄さんは? 達観した感じで、勝手なこと言ってさ。枯れてんの? それとも精気を搾り取られすぎたの? けっ!」


「結婚式会場なんですけど!? お前も高校生なんだから、発言は場を弁えて――」


「え……ご、ごめんね遊くん? 私が、おねだりしすぎなのかな?」



 ――――シンッ。



 二十歳になっても変わらない、天然結花の爆弾発言に。


 俺たちはもはや、黙ることしかできなかった。




 そして、いよいよ。


 俺と結花の結婚式が、はじまる。

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