第24話 君と巡り逢えて、俺の人生は変わったんだ 2/2

「あ……なた? どうして……」


『あはは、なんでかなぁ? いや、勇海いさみさんから急に連絡をもらってね。半ば強引に、ZUUMアプリを繋ぐよう言われて……いや、まぁ。それはいいんだ。それよりも……本当に久しぶりだね、京子きょうこ?』



 勇海のスマホを通じて、母さんと親父が――実に数年ぶりの邂逅を遂げた。

 思い掛けない親父の登場に、俺も那由なゆも言葉が出ない。


 そんな俺たちに向かって、勇海が得意げに言ってくる。



「いつもの仕返しだよ、那由ちゃん? お義父とうさんをサプライズで呼んで、びっくりさせようって作戦。どう? 少しは驚いたかな?」


「ふざけんなし、バカ勇海……ありがと」



 涙でぐしゃぐしゃな顔のまま、那由は小さく呟いた。


 すると今度は――二原にはらさんとマサが。

 エントランス中に響き渡るほどの声量で、エールを送ってくる。



「ねーえ、佐方さかたぁ! クライマックスバトル、最後まで負けずに挑みなよぉ! ゆうちゃんが後ろで支えてっから……絶対に大丈夫だかんねぇ!!」


「そうだぞ遊一ゆういちぃ! 止まるんじゃねぇぞぉ!! ひよったら、承知しねぇからなぁ!!」



 まるでヤジだな、ったく。

 二人にとっては、俺たち家族の話なんて、関係ないことのはずなのに……。


 …………ありがとな、二人とも。



 熱くなった目元を、ぐいっと拭うと。

 俺はそのまま、エントランスを見回した。



 俺と那由。

 ZUUM画面に映った親父と、動揺した顔の母さん。


 そんな俺たち家族の周りには――本当にたくさんの笑顔が溢れていた。



 拳を振り上げ、明るい笑みを浮かべ、全力で応援してくれてる二原さんとマサ。


 母さんのことを優しく見守っている、六条ろくじょう社長。


 その隣にいる鉢川はちかわさんは、泣き笑いのような顔をしていて。そんな鉢川さんの肩に手を掛けて、ニカッと笑ってるのは掘田ほったさんだ。


 来夢らいむは腕組みをしたまま、月光のように、穏やかに微笑んでいて。


 可愛い義妹の勇海は、スマホを俺たちに向けたまま、満面の笑みを浮かべてる。



 ――――そして、俺のそばには。


 いつだって、みんなに笑顔の花を咲かせてきた。


 最愛の許嫁――綿苗わたなえ結花ゆうかがいるんだ。



「――母さん。ついでに親父も。聞いてくれないか?」



 ZUUM画面を見つめたまま、佇んでいる母さんに向かって。


 俺は、息子が母親に切り出すのが小っ恥ずかしいランキング、ぶっちぎり一位だろう話題を……口にした。



「俺は、ここにいる結花と。さすがに、すぐじゃないけど――絶対に結婚する。結婚して、人生の最後まで、添い遂げたいと思ってる」



 結花が「にゃっ!?」と小さな悲鳴を上げて、一瞬で顔を真っ赤にした。


 そんな結花に、思わず笑っちゃうけど。

 俺はかまわず続ける。



「結花って、不思議な女の子なんだよ。どっちかっていうと怖がりだし、人と喋るときはめちゃくちゃ緊張しちゃうタイプだし。心配になるところが山ほどあるのに……気付いたときには、自分の足で前に踏み出してるんだよ。そして、そのときはいつだって――周りのみんなを、笑顔にしちゃってる。そんな……素敵な人なんだ」



 俺はいつだって……結花からたくさんの大切なものを、もらっている。


 愛とか。勇気とか。幸せとか。

 温かさとか。笑顔とか。泣きそうなくらいの、優しさとか。


 ――――ありがとう、結花。


 これからも俺は、結花のことを支えていくって誓うから。

 結花も、どうか……俺の手を繋いでいてほしい。



 結花がそばにいるなら。


 なにがあっても大丈夫って――胸を張って、言えるから。



 だから今日で……『寂しい子ども』の自分とは、さよならしよう。



「母さん。俺と結花の結婚を……母さんにも、認めてほしいんだ」



 まっすぐに母さんを見据えて、俺はそう告げた。

 母さんの瞳が、ゆらりと揺らぐ。



「……認めるって。そんなの、わたしが口出しできる立場じゃな――」


「――少し未来で。俺と結花は、結婚式を挙げる。その晴れ舞台には、母さんにも参列してほしいんだ。俺のたったひとりの――母親として」



 母さんが、息を呑んだのが分かった。



真伽まとぎケイじゃない、新戸あらと京子でもない――佐方京子として。新郎の母親として、結婚式に参列してほしいんだ。だから、ちゃんと筋は通しておきたい」


「遊一……何を、言って……」



 言い淀む母さんを遮って。

 俺は深く深く頭を下げて、言ったんだ。



「母さん! どうか――俺と結花の結婚を、認めてください!!」



 ――永遠にも感じられるような、数秒のときが流れて。

 震えたような声で、母さんは答えた。



「…………ごめんね、遊一。だけど、わたしには……それに答える権利なんて、ないの…………」



 俺はゆっくりと顔を上げる。



「わたしは、遠い『夢』を追い掛けるあまり……一番大切なあなたたちを、悲しませてしまった。兼浩かねひろさんを、那由を、遊一を――たくさんたくさん、傷つけたのよ……」



 母さんは――泣いていた。


『カマガミ』の件で、毅然とした態度を貫いた真伽ケイとは、まるで別人のように……感情を露わにして、慟哭していた。



「……こんな愚かなわたしに、遊一の結婚式を祝う権利なんてないわ。『佐方』の苗字を捨て、家族と離れて、あなたたちを泣かせてきた――こんなわたしには。今さら、今さら……母親を名乗る資格なんて、あるわけない……」


「――――母親に資格なんて! そんなもの、ありませんっ!!」



 そのときだった。


 母さんの悲痛な叫びを、結花が断じたのは。



「資格とか権利とか……そんなもの、ないですっ! 母親検定とか、母親試験とか、聞いたことないじゃないですか。誰がなんと言おうと、真伽さんは――京子さんは! 遊一さんを産んだ、お母さんです!! 世界にひとりしかいない、お母さんですっ!!」


和泉いずみさ……結花、さん」



 勢いよく捲し立てる結花に。

 母さんは寂しげに微笑む。



「……ありがとう、結花さん。でもね……わたしが家族を苦しめたという事実は、永遠に消えないの。家族にとって、わたしはもういない方が――」


「もぉぉぉぉ! ぜんっぜん、分かってないじゃんよぉぉ!!」



 母さんの言葉を遮るようにして、荒ぶったかと思うと。

 結花はツカツカと、早足で母さんに近づいていく。



「……分かりました。確かに京子さんは……私の大好きな遊一さんと、可愛い義理の妹の那由ちゃんに、とっても寂しい思いをさせました! すーっごく、寂しそうでした!! それについては、ちょっとだけ私も……怒ってますっ」



 たいして怖くもない声音で、それだけ言うと。

 結花は母さんの目の前で、勢いよく右手を振りかぶった。


 そして――。



 ――――ぺちっ。



「……え?」



 頬に優しく触れた、結花の平手に。

 母さんは戸惑いの声を上げた。



「はい! これでおしまいですっ!!」


 そんな母さんに向かって――結花はいつもどおり、満開の花みたいな笑顔を向けた。



「もう……いいじゃないですか。京子さんが独りで、苦しまなくったって。いっぱい寂しい思いをさせたんだから、これからたくさん、かまえばいいと思います。傷つけちゃった分だけ、これからいっぱい、楽しい想い出を作ればいいと思います。やり直せますよ。だって――家族なんですから」


「……結花の言うとおりだよ、母さん」



 そんな優しい結花に続くように。

 俺は――結花の受け売りの言葉を、口にした。



「家族の前では……笑っても泣いても、甘えてもわがまま言っても、大丈夫なんだってさ。だから、わがまま言わせてもらうぜ……帰ってきなよ、母さん」


「あたしも賛成。いいからさっさと、帰ってこいっての。悲しませたくないってんなら、それが一番の解決法だし。それでいいっしょ、父さん?」


『…………うん、もちろんだよ』



 俺と那由がそう言うと。

 親父はスマホ画面の向こうで、はにかむように笑った。



『京子、僕も君に――帰ってきてほしいよ。遊一と那由の成長を、一緒に見守っていくパートナーは……君しかいないから。今度こそ、お互いに支えあえる――家族になろうよ』


「遊一……那由……兼浩さん…………」



 母さんは肩を震わせながら、その場で泣き崩れた。

 そして、何度もしゃくり上げながら――。



「……今までごめんなさい……それから…………こんなわたしを、家族だと言ってくれて……ありがとう…………」



 俺が中二に上がる少し前。


 母さんは俺たちの前からいなくなって。それからずっと、離れ離れだった。


 だけど。そんな母さんと、俺たち家族を。


 ――――再び結びつけた、花のような少女がいた。



「えっと……京子さんだなんて、いきなり失礼な物言いをして、すみませんでしたっ! そのことは反省していますので、どうかお許しいただければと……っ!! それでですね……私からお義母かあさんに、お話ししたいことがあるんです」



 そんな、変な弁解をしてから。


 笑顔を結ぶ、花の少女――結花は。


 深々と頭を下げて、言ったんだ。



「お願いします、お義母かあさん! 遊一さんを――私にくださいっ!!」



 ――それは奇しくも、俺が結花のお父さんに宣言した文言にそっくりな、結婚の挨拶だった。



 唐突すぎて、俺は言葉も出ない。

 母さんもきっと、同じ気持ちなんだろうな。ぽかんとした顔してる。


 けど……母さんの口角は、段々と上がっていって。


 最後には「あははっ!」って――声を上げて笑ったんだ。



「……ねぇ、麗香れいか。あなたに依頼されて、わたしが名付けた、この『60Pプロダクション』の名前の由来。覚えてる?」



 母さんが優しい声で問い掛ける。

 それに答える六条社長も――どこか幸せそうに、微笑んでいた。



「当然だ。10の60乗に当たる、『那由他』を冠した『60』。そして、『遊ぶ』『楽しむ』『演じる』といった意味を内包する――『Play』の頭文字、『P』。最愛の我が子に名付けるように、君が考えてくれた……大切な名前なのだから」



 六条社長の返答に頷いてから。

 母さんは結花の肩に手をのせて、頭を上げるよう促した。


 そして母さんは、顔を上げた結花に向かって。

 穏やかな笑みを浮かべて――言ったんだ。



「那由他ほどある時間の中で、ともに遊び、ともに楽しもう――それが『60Pプロダクション』の名前に込めた願い。役者たちが、毎日を笑顔で過ごして。そしてファンの人たちに、笑顔のバトンをつないでいく……そんな夢が叶う場所になりますようにって、わたしはずっと願ってきたわ」


「…………はいっ」


「そんな、わたしの――『真伽ケイ』の夢が叶う瞬間を、あなたは見せてくれた。ありがとう、和泉さん。素敵な笑顔の魔法を届けてくれて。そしてあなたは、その魔法で――『京子』にも幸せを運んできてくれたわね」



 結花の、笑顔を結ぶ魔法にかかって。


 真伽ケイは。新戸京子は。佐方京子は――結花の手を握った。



 いつか見た、あの頃の笑顔で。


 ――――大好きだった、優しい母さんの笑顔で。




「ありがとう、結花さん。こちらこそ、どうか……遊一を、よろしくお願いします」

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