第22話 どんな悲しい御伽話も、ハッピーエンドに変える魔法があるから 2/2

『60Pプロダクション』のエントランスに到着すると。

 そこには足を止めて、立ち尽くしている那由なゆの姿があった。


 急いで駆け寄ると、那由はぼんやりしながら、呟きを漏らした。



「…………母さん」



 那由の視線の先には――野々花ののはな来夢らいむに右腕を掴まれて。


 その場に引き留められている、真伽まとぎケイの姿があった。



「……離してちょうだい、紫ノ宮しのみやさん」

「申し訳ないですが、それはできないです」



 来夢をギリッと睨みつける真伽ケイ。

 けれど来夢は、まるで動じた様子も見せない。



「どういうつもりなの、紫ノ宮さん? こんな馬鹿な真似をして」


「真伽さんがひっそりと、事務所から立ち去ろうとされていたので。手荒で申し訳ないのですが、引き留めさせていただいた。それだけのことです」


「あなたに引き留められる筋合いは、ないと思うけれど?」


「あははっ。まぁ……そうですね。ごめんなさい」



 鋭利な棘を孕んだ言葉を放つ真伽ケイ。

 対する来夢は、紫ノ宮らんむとして振る舞っているときとは、まるで異なる声のトーンで応じている。


 朗らかで、柔らかで、どこか懐かしい。

 一緒に無邪気に笑いあっていた、あの日の教室で聞いた声。


 そう――野々花来夢の声で。



「『それぞれの信念があって、それぞれの光がある。正解はひとつじゃないから』――貴方からいただいた、私の道標です。貫いてきた信念が、選んできた生き方が、貴方にあるように――私にも譲れない想いがあります。だから私は、決してこの手を離さない」



 優しい声音のまま、そう断じる来夢。


 そんな来夢の顔を、じっと見据えてから。

 真伽ケイは――ふぅっと、深くため息を吐き出した。



「……和泉いずみさんといい、紫ノ宮さんといい。他人にお節介な子たちね」


「そういうたちでは、なかったんですけどね。ゆうなに――結花ゆうかさんに、感化されたんだと思います。私や真伽さんとは違う……あの太陽のような輝きに」



 そして来夢は、真伽ケイの右腕から手を離すと。

 瞳を煌めかせながら、力強く言った。



「――真伽ケイ。貴方は私の、憧れの人です。ひとつの夢を叶えるため、すべてを犠牲にする覚悟を持って挑んできた貴方を、私は心から尊敬しています。けれど私は……真伽ケイにはならない。夢だけじゃ足りないから。夢と一緒に叶えたい、大事な願いがあるから。そうやって生きてもいいんだって――結花さんが私に、教えてくれたから!」



 力強く語られた、来夢の信念。


 それを聞いた真伽ケイは、黙ったまま、ただ自動ドアの前に立ち尽くしている。



「……あははー。さぁて、これで私と真伽さんの出番はおしまい! 次はそっちの番だよ、遊一ゆういち? 遊一と、那由ちゃんと、それから――京子きょうこさんのね」



 おどけるようにそう言うと、来夢は踵を返した。

 それから、俺と那由のそばまで近づいてきて……。



「久しぶりだね、那由ちゃん? おっきくなったねぇー。中学の頃、雅春まさはるたちと遊びに行ったときとか、お世話になったよね?」


「……その喋り方やめろし、ムカつくから。野々花来夢……兄さんをたらし込んで、無惨にフって、自我を崩壊させた悪魔め」


「おい、那由。そんな言い方――」


「いいんだよ遊一。だって事実だもの。そりゃあ私にだって、色んな事情や考えはあったよ? でも……遊一や那由ちゃんを傷つけてしまった罪は、決して消えない」



 俺の知ってる野々花来夢と、紫ノ宮らんむと、素の来夢が入り交じったような。

 そんな声と表情のまま、来夢は頭を下げた。



「ごめんなさい那由ちゃん。貴方も、貴方のお兄さんも……たくさん傷つけてしまった」


「……そうだよマジで。中三の頃から、ずっと恨んでたし」


「ええ。許されないことは、理解しているわ」


「……けど、まぁ。あたしらが母さんと話せるように、こうして足止めしてくれたんでしょ? そのことについては……感謝してっから、マジで」



 歯切れ悪く、そう言うと。

 那由は来夢とすれ違うようにして、ゆっくり前に歩きはじめた。



「だから――ありがと、野々花来夢」

「こちらこそありがとう。那由ちゃん」

「…………けっ」



 それから那由は、佇んでいる真伽ケイの正面に立った。

 そして、頬を涙で濡らしながら――それでも笑った。



「母さん……久しぶりすぎない? あたしらのこと、放っておきすぎでしょ……母さんがいなくなってさ、他にも色々あってさ……マジで寂しかったんだからね……馬鹿」


「…………那由」



 真伽ケイが――母さんが。

 目の前で泣いている那由に、手を伸ばそうとする。


 だけど那由は、その手を制して。



「待って。とりま、あたしを慰めるとかはいらないから。そんなことより――聞いてほしいこと、いっぱいあるから。どっちかっていうと、兄さん関連の話が多めだけど」



 そう言って那由が、いたずらな笑みを俺に向けてくる。


 そうだな……那由の言うとおりだよ。


 話したいことが、たくさんある。言ってやりたい文句が、いっぱいある。


 だからこそ、ここで――勇気を出して、母さんと向き合わないとな。



「この舞台……貴方にも参加する権利はあると思うわよ? 結花さん」

「ぎくっ!」



 来夢が何気ない調子で、俺たちの背後に声を掛けると。

 分かりやすい反応とともに――結花がひょこっと、廊下の角から顔を覗かせた。



「結花?」


 俺が名前を呼ぶと、結花は八の字にしながら、てこてこと駆け寄ってきて。



「ごめんねゆうくん……頑張って見守るぞー! って思ってたんだけど。なんだか、ストーカーさんみたいな感じになっちゃってました……嫌わないでー、しゅーん」


「いや、別にストーカーとか思ってないよ!?」



 ――だいじょーぶだよ。だって、私がずーっと……そばにいるんだからっ!



 あの言葉どおり、俺のことをそばで見守ってくれてたんだよな。


 ありがとな結花。結花がそばにいてくれるなら。

 これからも、きっと大丈夫だって――心からそう思えるから。



「なぁ母さん。久しぶりにさ、俺たちの話を聞いてくれよ。もう何年も会ってなかっただろ? その間に、色んなことがあったんだよ。本当に……色んなことがさ」



 そして俺は、結花の手を握り。


 二人で並んで……母さんの前へと、一歩踏み出した。




「母さん。俺――大切な人が、できたんだ」

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