第21話 どんな悲しい御伽話も、ハッピーエンドに変える魔法があるから 1/2
波乱しかない生配信が終わった。
途端にドッと疲れが襲ってきて……俺は会議室の椅子へと座り込んだ。
そんな俺に続くように、
それから――ことんと。
那由は珍しく、俺の肩に寄り掛かってきた。
「……お疲れ、兄さん。今日は格好良かったよ、割とマジで」
「ありがとよ……けどな。格好良かったのは俺じゃなくて、
椅子に腰掛けたまま、ぐるりと会議室を見渡す。
そしてマサは……なんか床に転がって、口から魂を吐き出してやがる。
「おい、マサ。なんでお前が一番、放心状態なんだよ?」
「……らんむ様が俺に、ありがとうって、言った……らんむしゃまが……ほぉぉぉ……」
「いや。ありがとうくらい、
「来夢は関係ねぇ! らんむ様にはなぁ……中の人なんかいねーんだよぉぉぉぉ!!」
「怖っ!? 落ち着けって、お前。どっちかっていうと、
「うるせぇぇぇ! それじゃあ、中の人の中の人は、いねぇんだよぉぉぉぉぉぉ!!」
お、おう……。
凄まじいほどの気迫と、絡んでも得しなそうなコメント。
オーケー。俺は迷わず、マサをスルーすることに決めた。
「――やぁやぁ。くるみんと皆の衆ー。ダブルヒーローのご帰還……の前にっ。スーパーサポーターの
緊張から解放された空気の、会議室に。
意気揚々と入ってきたのは、今日の陰の立て役者である、掘田さんだった。
セリフ自体は尊大なのに、三つ編みおさげを指先で弄って照れくさそうにしているあたり、実に掘田でるらしいなって思う。
そして、そんな掘田さんに続いて――会議室に入ってきたのは。
「やれやれ。スキャンダルの釈明が目的の配信だというのに、とんでもない『番組』に仕上げてくれたものだな」
「……とんでもないのは、
『60Pプロダクション』代表取締役の、
そして、生配信ではサブブースに控えていた、専務取締役兼アクター養成部長の――
「恨み節を言うなよ、ケイ。確かに、許可をしたのはわたしだ。だが……ここまでの化学反応を起こしたのは、アクターの力によるものだろう? なぁ、掘田」
「いやいや。わたしはらんむに言われたとおり、動いただけなんで。褒めるにしろ、お説教するにしろ……言い出しっぺのらんむの方にお願いしますよ。もしくは、この大騒動の座長を務めた――ゆうなちゃんに」
嘯くようにそう言ってから、掘田さんは鉢川さんに視線を送った。
それに気付いた鉢川さんは、はぁぁ……と、大きなため息を吐いてから。
掘田さんに向かって、グッと親指を立てて見せた。
「――なんだか、全員集合といった様相ね。それじゃあ、ゆうな……主役の貴方から、何か一言あるかしら?」
「ふえ!? どんな無茶振りなんですか、らんむ先輩ってば!! 本当は私のこと、弄ってますよね!? もぉ~……弄るんなら、そういう顔してくださいよ! ポーカーフェイスなんだから、らんむ先輩はぁ!!」
――――最後に、俺たちの前に現れたのは。
スキャンダル後の緊迫感を孕んだ生配信を、いつもの『アリラジ』のテンションに塗り替えて、みんなに笑顔の花を咲かせた二人。
「えーっと、えーっとぉ……皆さん、お疲れさまですっ! それから色々と――どうもありがとうございましたっ!!」
来夢のフリを受けた結花は、深くおじぎをして言った。
しばらく頭を下げた後、姿勢を正すと――結花は俺の方を見て、にこーっと笑う。
そして、思いっきり跳躍して。
「えへへー、
「ちょっ!? 結花、いつもより勢いが強――ぎゃああっ!?」
凄まじい勢いで、俺の胸に飛び込んできた結花は。
そのまま、べしゃあっと……俺のことを、床に押し倒した。
「ふにゅうぅぅぅ……遊くんパワー、摂取ちゅうー。ぎゅー、ぎゅぎゅっ、ぎゅー。えへへー、遊くん温かいー。しゅき……大しゅきっ☆」
「やめなさい、本当に!? 公衆の面前っていうか、完全に知り合いから注視されてる状況なんだからね!?」
「はぁ……シリアスな空気が続かない人ね、結花さんは」
ぼやきながら、肩をすくめる来夢。
けれどその表情は、どこか楽しそうに見える。
それから来夢は――六条社長の方に、身体を向けた。
「六条社長。このたびは私とゆうなが、各方面に多大なるご迷惑をお掛けしました。心からお詫びいたします」
「…………」
手元のスマホに視線を落としたまま、無言でいる六条社長。
それでも来夢は、六条社長から決して視線を逸らさない。
「……『カマガミ』のアカウントから、すべての動画が削除されたそうだ」
――永遠にも感じられるような時間の後で。
六条社長が淡々と、そう告げた。
「すべての動画……って? アカウントが凍結されたってことですか?」
「そうじゃないよ、
「あの『カマガミ』が……そんなことを?」
声優を偶像化しすぎるあまり、歪んだ正義感を振りかざし続けてきた、MeTuber『カマガミ』。
その哀しい鎌は、和泉ゆうなだけじゃなく、何人もの声優を傷つけてきた。
そんな『カマガミ』がまさか、自分の行いを悔い改めるようになるなんて……。
「けっ! 自首したくらいじゃ、許さねーし。死して償えし」
「こら、那由ちゃん……めっ、だよっ! 罪を憎んで人を憎まずって言うでしょ? そんな怒った顔しないでぇ……えーい、笑えー!!」
「ちょっ!? 結花ちゃん、くすぐんないで……きゃはははっ!!」
立ち上がった結花は、那由を後ろから抱き締めると、くすぐり攻撃を仕掛けはじめた。
結花の攻撃を受けて、身悶えしている那由。
そうやって――那由をひとしきり笑わせてから。
結花は、床に寝そべったままの俺を見下ろすと、にこりと微笑んだ。
「ねぇ、遊くん。『カマガミ』さんも、ほんのちょびっとくらいは……笑顔になってくれたのかな?」
「……ああ。『カマガミ』にも届いたはずだよ。結花の、笑顔の力は」
あれだけのことをされたってのに。
『カマガミ』を嫌悪するどころか、心配までしちゃうんだもんな。
俺の許嫁になった綿苗結花は、和泉ゆうなは。
どこまでも優しくて、天然で、温かくて。
いつだって……とてつもない大きさの愛や幸せを、みんなに分けてくれるんだ。
「――『カマガミ』の動画はすべて消え、別アカウントが作成した切り抜き動画の類いも、ほぼ一掃されたとのことだ。SNS等での生配信に関するコメントも、今のところ好意的なものが大半で、炎上とおぼしき状況は確認されていない。お疲れさま、和泉――これで一段落だ」
「マジかぁ! すごい、すごいじゃんよ
六条社長が、事態の収束宣言を告げたのと同時に。
二原さんは飛び上がって喜ぶと、結花をギューッと抱き締めて――そのまま胸の谷間へと、結花の顔を呑み込んだ。
「んにゃ!? も、
むぎゅむぎゅ。むぎゅー。
そんな効果音が聞こえてきそうな中、二原さんの豊満な胸の中に、結花が沈んでいく。
えーっと……なんでだろう?
ただ見てるだけなんだけど、なんか身体がムズムズして、爆発しそう。
「結ちゃん、すごすぎんよ……変身アイテム破壊からの宇宙空間への放り投げコンボを食らったのに、奇跡の力で大逆転勝利しちゃったくらい! めっちゃすごいことだって!!」
「何そのたとえ!? 全然わかんな……んにゅ。桃ちゃん離して、おっきなおっぱいで窒息……むにゅ。う……うにゃああああ! 知ってるもんねーだ!! こういうのがいいんでしょ遊くんは!? ばーかばーか! おっぱいの海で溺死しちゃえっ!!」
え? なんで今、俺の方に飛び火したの?
むにゅむにゅされたいだなんて、言ってないよ? うん、絶対に言ってはいない。
「へぇ。なるほどなぁ……けっこー罪な男なんだねぇ? 『弟』くんって」
「そうよ、でる。遊一くんは真面目で好青年って見た目だけど……若くて巨乳な子が好物の、むっつりスケベ男子なんだから!」
「ちょっと待って!? 鉢川さんはマジで、根も葉もない噂を流すのやめて!? その噂が出回ったら、今度は鉢川さんに謝罪会見させますからね!!」
――ああ。
なんか、いつもどおりって感じだな。
掘田さんはニヤニヤしながら、俺の方を見てるし。
鉢川さんは、理不尽なことに、ジト目でこっちを見ている。
マサの奴は……なんだよ、まだ魂を出して呆けてんのかよ。
那由と勇海に至っては、なんか知らんけど、相変わらずな言い合いをしてやがる。
『カマガミ』の件を発端に、一時はどうなっちゃうんだろうって思うくらい、不安な日々を送ってたけど。
こうしてまた、いつもどおりの穏やかな空気が帰ってきて――本当に嬉しいよ。
…………あれ?
「来夢と真伽ケイは、どこ行ったんだ?」
さっきまで会議室にいたはずなのに。
いつの間にか、来夢と真伽ケイの姿がない。
「ちょっ……勇海のせいだし! あたしまだ、母さんとほとんど話せてないのに!!」
「違うよ! 結花にくすぐられる那由ちゃんを、僕は微笑ましく見てただけなのに。笑われたと思って腹を立てた那由ちゃんが――結花と那由ちゃんが一緒の布団で寝てる写真を、自慢げに見せてきたんでしょ! 羨まシチュエーションで僕に喧嘩を売ってきたのは、そっちじゃないか!!」
どっちもどっちだった。
「ああ、もう……うっさいし! 勇海にかまってる場合じゃないっての!!」
那由はそう言い捨てると、一目散に会議室を飛び出した。
そんな那由のことを、追い掛けなきゃって思うけど。
――無表情の真伽ケイが、頭の中に浮かんできて。
なぜだか俺は、踏み出すことができなかった。
そのとき……俺の背中に、ぽんっと。
――結花の柔らかな手のひらが触れた。
「……結花?」
「遊くん、私ね? みんなに力を貸してもらって、生配信で頑張って喋ったよ」
俺の背に手を当てたまま、結花は穏やかな声色で続ける。
「それから……学校でもね? 勇気を出して、本当の自分を見せて、思ってることを全部話したよ。もう中学の頃の、弱虫だった綿苗結花じゃないから。いっぱいいっぱい、頑張って前に踏み出したから――みんなと一緒に、たくさん笑えるようになったんだよっ」
結花が笑った。
その笑顔は、この世のどんなものよりも、綺麗だった。
「だから――今度は遊くんの番だよ」
そして結花は、俺の背中をトンッと押した。
まだ背中に残ってる、結花の手のひらの温もり。
それが泣きそうなくらい……温かかったから。
「――ああ。ありがとう、結花。今度は俺の番……だよな!」
結花に見送られながら、俺は那由を追って、会議室を飛び出した。
「だいじょーぶだよ。だって、私がずーっと……そばにいるんだからっ!」
廊下を曲がる直前に。
俺の背中に向けて放たれた、結花のその言葉は。
まるで魔法のように――心の中にある不安も恐れも、すべて溶かしてくれたんだ。
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