☆笑顔を結ぶ花になって★
■ え? 誰?
■
■ ウィッグ忘れてる?
目の前に置かれたモニター上を、無数のコメントが流れていきます。
それくらいみんな、びっくりしたんだと思う。
うんうん。分かるなー、その気持ち。
だってだよ? 「――貴方の決意は、そんなものなの?」なんて言いながら、配信用ブースに入ってくる人がいたら……らんむ先輩だと思うじゃんね?
「いつまで緊張して、言葉に詰まっているの? ファンと向き合うと決めたのは貴方でしょう? 覚悟を決めて、しっかり喋りなさい……ゆうな」
「いやいや!? 言葉に詰まってるのは、先輩の格好にびっくりしたからですよ!?」
なんで当たり前みたいな顔で諭してくるんですか、もぉぉ!!
紫色を基調とした煌びやかなスカートと、ノースリーブのトップス。二の腕まで覆う長さのアームカバーと、炎みたいに真っ赤なチョーカー。
そんな、格好良くってセクシーな、らんむちゃんのライブ用衣装を着ているのに……
栗色のショートボブ。くりっとした大きい瞳。少し太めの眉。
そう、らんむ先輩のようで、らんむ先輩じゃない……らんむ先輩と来夢さんの中間、みたいな感じなんです!
「見てくださいよ! ウィッグを忘れたんじゃないかとか、言われてますって!!」
「ウィッグを忘れるだなんて、あるわけがないでしょう? どこぞの天然さんでもあるまいし。私がウィッグをかぶっていたのは、少しでもらんむに近づくため。紫ノ宮らんむとしての『演技』を、完璧にするためよ。だからもう――必要ないの。どんな格好だろうと、私は私だと理解したから」
そう言って来夢さん――らんむ先輩は、にこやかに微笑みました。
その笑顔には少しの曇りもなくって、なんだかとっても温かい。
「自分の話になるけど……私は
「……そんなの、配信を観てる誰もが知ってると思いますよ? ストイックで格好いい、そんならんむ先輩のことが――みんなも、私も。大好きなんですもん」
「けれど。『演技』だけじゃなくて。ファンも、友達も、家族も……恋人も。すべてを大事にしながら、何ひとつ諦めないで突き進んできた後輩を、私は知っているの。紹介するわ。すべてを照らす輝きを持った、太陽のような声優――
「ぎゃああああ!? 言いすぎです、言いすぎ! ハードルが高すぎて、くぐって下を通れちゃうじゃないですか、そんなの!!」
ちょっと
先輩のせいで、とっくに私のライフはゼロですよぉぉ! もぉぉぉぉぉ!!
■ 実家(アリラジ)のような安心感
■ ゆうなちゃん見てると癒されるな
■ まもりたい、この笑顔
■ 彼氏がどうだとか、もうよくね?
…………あれ?
変なの。さっきまではコメントを見たら、胸のあたりがチクチクしてたのに。
いつの間にか、そんな感じ――しなくなってる。
『らんむ。お便りが届いたから、ブースにあるタブレットを確認して』
――んにゃ!? 今、イヤホンから
しかも、らんむ先輩に話し掛け……ど、どういうこと!?
混乱しすぎて、頭がうにゃーってなっちゃってるんだけど。
だけどそんなのお構いなく、らんむ先輩は机の上のタブレットを触りはじめました。
それから――タブレットの画面を、じっと見つめて。
ニヤッと、無邪気な顔で笑ったんです。
「それでは皆さん。ここでお便りを紹介するわ」
「らんむ先輩、待ってってば!? お便りってなんですか? この配信、そういう楽しい声優ラジオ的なやつじゃないんですよ!?」
「細かいことを言うのね。いつもは貴方こそ、はちゃめちゃ天然お馬鹿なのに」
「はちゃめちゃ天然お馬鹿!? 悪口ですよ、それ!」
「それではペンネーム――『恋する死神』さんからの、お便りです」
「話を聞い……へっ!? 『恋する死神』さん!?」
らんむ先輩が乱入してきたり。『恋する死神』さん――
もう何がなんだか、さっぱり分かんない。
そんな、完全パニックな私をスルーして……らんむ先輩はゆっくりと、お便りを読みはじめました。
「『――皆さん、このたびはお騒がせしてしまって、申し訳ありません。長年、和泉ゆうなさんのファンをしている、「恋する死神」です。噂のとおり、僕は現在、和泉ゆうなさんとお付き合いさせていただいています。そして……過去にラジオ等で、和泉ゆうなさんが「弟」と表現していた人物も、僕で間違いありません』」
■ ファンの気持ちを裏切った、和泉ゆうなと『恋する死神』を許すな ■
らんむ先輩がお便りを読みはじめた途端。
リアルタイムチャットに、そんなコメントが書き込まれました。
地の底から湧き上がってきたような、暗くて寂しいそのコメントは、匿名だから根拠はないんだけど。
なんでだろう……『カマガミ』さんが書き込んだんじゃないかなって。そんな風に思っちゃった。
行き場のない叫び声のような。自分でも分からない孤独に苦しんでいるような。
そんな――悲しいコメント。
ついさっきまでだったら、きっと胸がズキッと痛くなってたんだろうなーって思う。
でもね。自分でも不思議なんだけど。
今はなんだか……胸の奥がぽかぽか温かくって、少しも怖くないんだ。
「『皆さんを不快に思わせたことは、何度でも謝ります。けれど、どうしても否定させてほしいことがあるんです。交際相手を優先して、和泉ゆうなはずっとファンを見下していたに違いない――そういった風説についてです。そんなこと……あるわけないじゃないか! 今まで和泉ゆうなの、何を見てきたんだよ!!』」
らんむ先輩が、熱の籠もった声で、お便りを読み上げていく。
その熱気の中に、私は……真剣な表情をした遊くんの姿が、見えた気がしました。
「『ゆうなちゃんも、和泉ゆうなも……大切な人と一緒に笑っていられるよう、いつでも全力だったはずです。大切な人っていうのは、恋人って意味じゃない。たとえ恋人がいたって……ファンも家族も友達も、すべてを大事にしたいって! 欲張りに頑張っちゃうところが、和泉ゆうなの魅力なはずです!! ゆうなちゃんと暴露系MeTuber――ファンとして、一体どっちを信じるんですか!!』」
…………もぉ、遊くんってば。
このタイミングで、お便りを送ってくるなんて。とんでもないことするなぁ。あははっ。
……あれ? なんでだろ、変だなぁ。
私、笑ってるはずなのに。
なのに、なんでだろ……涙が溢れて、止まんないよ。ばか……。
「――お便りへの感想は、どうかしら? ゆうな」
泣きながら、笑いながら、顔を上げると。
らんむ先輩が私を見つめたまま、穏やかに微笑んでいました。
その笑顔は、まるで月光みたいに……淡くて、優しくて。
「……えへへっ。素敵なお便りをありがとうございました、『恋する死神』さん! 駆けつけてくれてありがとうございます、らんむ先輩! よーっし、こうなったらぁ……私は、私らしくっ! 全力で頑張っちゃいますよぉ?」
ありがとう、遊くん。
ありがとう、来夢さん。
ありがとう、
ありがとう、
みんなみんな……本当に、ありがとうね?
私、もう――迷わないよ。
みんながくれた、いっぱいの笑顔を胸に。
これからもずーっと……みんなと一緒に、輝いてみせるから。
――――そして私は、ウィッグを脱いで。
乱れちゃってる地毛を整えてから、元気よく言いました。
「皆さん! いつも応援、ありがとうございますっ!! 気持ちも新たに……シン・和泉ゆうな? 和泉ゆうなマークⅡ? そんな感じで、よろしくお願いしますっ!!」
ゆうなとは違う黒い髪を、曝け出して。
ゆうなが着てるのと同じ、可愛いピンクのチュニックの襟を正して。
私は、モニターの向こうのみんなに向かって笑い掛けます。
「……そんな感じ、とは? 何を言っているのか、よく分からないわ。貴方、中身がはちゃめちゃ天然お馬鹿なだけじゃなく、センスもはちゃめちゃなのね」
「はちゃめちゃに辛辣ですね、らんむ先輩……さては仲良くなったら口が悪くなっちゃうタイプの人ですね? だから私に口が悪いんでしょ。もぉ、照れ屋さんだなぁ!」
「ポジティブね」
私は『アリス』になったとき――独りぼっちのガラスの部屋を、抜け出しました。
でもね。みんなを信じてないわけじゃないけど……ガラスの部屋を出た後も、素の自分を見せるのは、やっぱり怖かったんだ。
怖いから私は、眼鏡やウィッグを使って……素の自分を隠してた。
だけど私は……学校で、眼鏡を外した。
配信で、ウィッグを取った。
これでもう、私を隠すものなんて、なんにもなくなっちゃった。
そしたらね……あははっ! 変なの。
びっくりしちゃうくらい、気持ちいいじゃんね?
「この格好で皆さんの前に出るのって、初めてですね? ゆうなと比べて、地味な子すぎる見た目ですよね。ごめんなさい」
目の前のモニターを、すっごいスピードでコメントが流れていく。
■ こっちの方がむしろ可愛い
■ 『カマガミ』の動画で観たのと同じ顔だ
「こっちの方が可愛いって言われると、ちょっと照れますね……えへへっ。えっとですね、これまでゆうなの格好をしてたのは……らんむ先輩の理由と似てますけど、少しでもゆうなに近づきたかったからなんです。素の私って、コミュニケーション下手っぴで緊張しいだから、見た目から気合い入れちゃうぞー! みたいなっ!!」
■ でも、彼氏いるんでしょ?
■ ←そういうの、もうウザいって
「はいっ。さっきお便りをくれた『恋する死神』さんは、デビューしたばかりの頃から私を応援してくれてる、ファンの人なんですけど。その『恋する死神』の、中の人と……確かに私は、お付き合いしてます」
■ 隠れて彼氏を作って、俺たちファンを裏切って、陰で嘲笑ってたんだろ? ■
あ……ひょっとして『カマガミ』さん、かな?
ごめんなさい。きっとたくさん、嫌な思いさせちゃったんですよね?
もっと私、頑張るから――よかったら、一緒に笑いましょうねっ!
「付き合ってる人がいるのが裏切り、なんだとしたら……ごめんなさい、私は大罪人ですっ! だって私、付き合ってる上に、相手のこと――大好きすぎるんだもん!!」
「公開のろけね。それで? どんなところが好きなのかしら?」
「えっとですねー、まずは存在そのものですねっ! 顔が格好いい&可愛いのは置いといてー、なんていうか、この星に存在していることが奇跡! みたいな感じです!! ただ生きてるだけで、息してるだけで、ふぉぉぉぉきゃわいいぃぃぃ!! ってなって――」
■ 息してるのが好きwww
■ さすがに草生える
■ おもしれー声優w
■ なんだ、ただの持ちギャグ発表会か
■ スキャンダルとはなんだったのか
「あ、皆さん楽しんでくれてますねっ。わーい、よかったですー!! 『恋する死神』さんの中の人、すごーい!」
「すごいのは、貴方のスチャラカ天然っぷりだと思うけど」
呆れたような口調でツッコミを入れてくれる、らんむ先輩。
そして私は、自分の胸にそっと両手を当てて――目を瞑りました。
「……確かに私には、好きな人がいます。けどね? 私って、ゆうなとおんなじくらい、欲張りな子だから。『ある日突然、世界が無人島になったとき、ひとつだけ持っていくとしたら何?』って問題を出されたら……ひとつはやだ! 好きな人もファンも、家族も友達も。大事なものを全部まとめて、この一セットでお願いします!! ――って。そう答えたい。そんな困ったちゃんなんだ、和泉ゆうなは」
「何その、奇抜なお題と回答? けれど……あははっ! 確かにそう答えるでしょうね。私の大好きな、和泉ゆうなだったら」
らんむ先輩が口元に手を当てて、楽しそうに笑いました。
それにつられて、私も一緒に、声を上げて笑っちゃって。
そうしたら不思議と、コメントも……なんだか楽しいものが増えていって。
そして――――。
■ 頑張れ、ゆうなちゃん! 絶対にわたしは、味方でいるからね(さくら) ■
わざわざ書き添えた、『さくら』というハンドルネーム。
それにこの、コメントの内容。
――――
「……ハンドルネーム『さくら』さん。温かいコメントをありがとう。お互い……幸せでいっぱいの毎日を、過ごそうね?」
■ 学校でも、和泉ゆうなちゃんはこんな感じ! どこにいたって、最強に可愛い
そんな、裏も表もないゆうなちゃんが……うちは大好きだかんね?(もものん) ■
「あははっ! 学校のこと書いてる人がいるね……ハンドルネーム『もものん』さん。分かるよー? 可愛くってヒーローな、私の親友でしょ~?」
■ ゆうなちゃん、同じ高校の同級生なんだけどさ。めっちゃピュアな子だよ!
■ 陰で人を馬鹿にするとか、絶対しない系だから、ファンの人たちは安心して◎
■ 俺の最推しは、らんむ様以外にいねぇ! けどな……ゆうな姫? いつもまっすぐで、ファンに真摯なその姿――応援してるぜ!(イケマサ) ■
「ちょっとぉ! 学校での話、そんなに書かないでよ、もぉぉぉ……あ。らんむ先輩! ハンドルネーム『イケマサ』さんに、何か一言!」
「……ありがとう。これからも私とゆうなに、振り落とされずついてきなさい」
大丈夫? 昇天しちゃってないよね?
■ ゆうなちゃん、マジ天使 いつもありがとう(NAYU) ■
■ ふふっ……愛に溢れたこのコメント欄は、さながら君に捧げる花束みたいだね? 美しく可憐な、愛しいゆうな(勇海) ■
■ こいつ荒らしじゃね? 通報しました(NAYU) ■
何やってんのさ、
ここ、MeTube上だからね? 遊ぶんなら、家の中でやんなさいよ。もぉ。
知り合いっぽいみんなのコメント。面識のない人たちのコメント。
リアルタイムチャットは、どんどん盛り上がってきてるんだけど。
不思議だな……私や『恋する死神』さんを叩くコメントも、『カマガミ』さんを批判するコメントも、全然見掛けなくなってきたの。
応援メッセージが書き込まれたり。
小ネタみたいなことが書き込まれたり。それに誰かがツッコんだり。
そんな感じで――コメント欄は。
まるで一面の花畑みたいに、優しさの花で溢れていました。
「……昔の私が見たら、どう思うんだろうな」
ガラスの部屋に籠もって、独りぼっちで泣いてばかりいた、中学の頃の私には。
想像もできなかったような――優しくて温かい世界が。
奇跡みたいに、私の目の前に広がっていて…………。
■ みんなが優しくて温かいのは あなたが笑顔と笑顔を、結んできたからだよ (恋する死神) ■
さぁっと――爽やかな風が、私の中を吹き抜けていったような。
そんな気がしました。
だから私は……私が一番好きな、ゆうなのセリフを思い浮かべて。
とびっきりの笑顔で、言いました。
「ありがとう、みんな! 私はずーっと、みんなのそばにいるよ!! だから……これからも、ずーっと……一緒に笑お?」
――――やっと分かった気がするよ、遊くん。
これが、私の結んできた……笑顔、なんだね?
私のちっちゃな頑張りが、少しずつみんなに届いて、世界に笑顔が溢れていく。
それがいつか、たくさんの幸せに繋がっていくんだとしたら。
私は、笑顔を結ぶ花になって。
楽しいしかない、そんな世界に――しちゃうから。
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