★いつか夢が、来たるように★

「よっ。らんむ」

「……お疲れさまです。掘田ほったさん」



『60Pプロダクション』の、ほとんど物置き部屋と化している一室。


 そんな殺風景な部屋で、壁を背にしたまま物思いに耽っていたら……ニカッとした笑顔の掘田さんが、声を掛けてきた。


 そして掘田さんは、私の手のひらの上に、そっとイヤホンを置く。



六条ろくじょう社長に話は通しといたよ。らんむの予想どおり、ゆうなちゃんが自分で配信に出る流れになってたからさ。交渉も何も、二つ返事でOKって感じだったわ」



 ……やっぱりゆうなは、自ら配信に出演しようとしていたか。


 まったく。天然で、強情で、とことんまっすぐなんだから。


 まぁ、でも……人のことは言えないな。


 だって私もこれから――「ありえないこと」をやろうとしているのだから。



「ちなみに。真伽まとぎさんはゆうなちゃんの出演に、めっちゃくちゃ反対してたよ」


「でしょうね」


「軽っ! あんたの憧れの人なんでしょ、真伽さんは。そんな真伽さんの意見と真っ向対立することを、あんたはやろうとしてんのよ? 気になんないの?」


「ならないですね。私が真伽さんに嫌われるだけで、ゆうなが救われるというのなら――むしろ本望ですよ」



 掘田さんから受け取ったイヤホンを、耳に入れる。

 すると――凜とした声で『カマガミ』の件を語る、真伽さんの声が聞こえてきた。


 その声をBGMに、私は歩き出す。

 掘田さんはそんな私を見ながら、優しく微笑んでくれている。



「……掘田さん。ゆうなは不思議な子ですね。私とは違う輝きを持っていて、その光はどこか温かくて。だからこそ――放っておけない」


「わたしに言わせりゃ、あんたも一緒だわ。あんたとゆうなちゃんって、月と太陽くらいぜんっぜん違うタイプだけどさ。どっちも一生懸命頑張って、一生懸命に輝いてる。どっちも放っておけない、可愛い後輩ちゃんだよ」


「……意外といい先輩ですよね。掘田さんって」


「意外とは余計だな!? いーから行ってらっしゃい。応援してるよ、らんむ!」



 そして私は、掘田さんに会釈してから。

 和泉いずみゆうなが配信を行うブースへと向かう。



 ――ゆうなはおそらく、『60Pプロダクション』の緊急配信の場に自ら出演するなんて、突拍子もないことを提案すると思います。


 ――そして、反対されようとも絶対に折れず、その意見を押し通すはずです。



 昨晩、掘田さんに連絡を取った私は、そんな見解を伝えた。


 ゆうなの行動を否定するつもりも、邪魔するつもりも、毛頭ない。


 けれど、いざ『舞台』に立ったとき。


 ゆうながプレッシャーで押し潰されないよう――策を講じておきたかったんだ。



 ……そして私は掘田さんに、割と突拍子もないお願いをした。



 けれど掘田さんは、呆れることも嘲笑うこともなく、私の話を真剣に聞いてくれて。そして六条社長に、話を通してくださった。


 そのおかげで私は、こうして――『舞台』を成功に導く手助けへと、向かうことができている。



「……誰かに助けを求めるのも、悪くないわね」



 自分のすべてを捨ててでも、人生のすべてを捧げてでも、叶えたい夢がある。


 そう自分に言い聞かせて、私は孤独に、ひたすら走り続けてきた。



 だけど……もういいんだ。



 人の夢や信念を馬鹿にして、踏みにじるような人間は、必ずいる。


 けれど、それと同じくらい……どんな私だろうと、支えてくれる人たちもいる。


 そのことに、ようやく気付けたから。



 だから、もう……紫ノ宮しのみやらんむだとか、野々花ののはな来夢らいむだとか。なんでもいいんだ。


 夢がいつか来たるその日まで、私は私として――咲き乱れてみせるから。




 ――――そして、私は。


 ゆっくりとブースの扉を開けて、言い放った。



「――貴方の決意は、そんなものなの?」

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