☆もう、ひとりじゃないから☆

「――弊社の所属声優・和泉いずみゆうなの件で、大変お騒がせしてしまっております。まずは『60Pプロダクション』を代表しまして、心よりお詫び申し上げます」



 配信開始と同時に、サブブースにいる真伽まとぎさんの声が、イヤホン越しに聞こえてきて。


 机の上に置かれたモニターには、真伽さんが喋っている姿が映し出されて。


 メインブースで待機してる私は……なんかもう、心臓がバクバクして、爆発しちゃいそうだよぉ!



「――MeTubeでチャンネルを運用する個人の方が、『和泉ゆうなのスキャンダル』と銘打ち、和泉ゆうなのプライベートに関わる動画を無断で撮影し、投稿した。これが今回の件の発端です。このことについては、明確なプライバシー侵害・肖像権の侵害に該当すると判断され、既に対応を進めて――」



 ……もちろんね?

 自分で、生配信に出演するって言い出したときから、覚悟はしてたんだよ?


 だけど、いざってなるとね……昔の弱気な自分が、顔を覗かせちゃって。

 なんだか息が、苦しくなっちゃうの。



「――切り抜き動画をアップロードした他の方々についても、同様の対応を検討しております。つきましては、件の動画のさらなる流布、ならびに本日の配信の違法アップロードは、くれぐれも――」



 真伽さんが喋るたびに。

 MeTubeのリアルタイムチャットが、どんどんスクロールされていく。


 この生配信を観ている、たくさんの人たちが……思い思いの言葉を書き込んでる。



■ 『カマガミ』ガチで終わったな

■ 動画の内容は事実だってこと?

■ 『八人のアリス』ってどうなるの?

■ 和泉ゆうな好きだったから凹む



 そんな言葉のひとつひとつが。


 中学の頃、あの教室で向けられた言葉みたいに、鋭く尖って見えて。


 なんだか……脚が震えてきちゃう。



「――長くなりましたが、現状の報告は以上です。なお、流布された内容の事実関係等につきましては……和泉ゆうな本人から、ご説明させていただきたいと思います」



 私はグッと背筋を伸ばして、まっすぐ顔を上げました。


 モニターが切り替わって、真伽さんのいるブースではない場所が映し出されます。



 そこに映ってるのは――。



 茶色い髪をツインテールにして、ピンク色のチュニックとチェックのミニスカートを身に纏った、『アリステ』のゆうなみたいな格好の。


 そう、私――和泉ゆうなでした。



「えっと……このたびはお騒がせしてしまい、申し訳ありません。和泉ゆうなです」



 なんだかいつもより、声が上擦っちゃう。

 リアルタイムチャットが、さっきまでより勢いよくスクロールしていく。



「動画には、私以外にらんむ先輩も映っていたと思いますけど、らんむ先輩は全然関係ないんです。それだけは、まず分かってもらえると嬉しいです。その上で、ですけど……動画にあった私のことについては、えっと……ほとんどが、事実です」



■ ってことは、やっぱ経験済み?

■ うおおお、彼氏うらやましいなぁぁ

■ 『恋する死神』=『弟』=彼氏?

■ 推してたファンども、ご愁傷様ww



 書き込まれていく、コメントが。

 私の頭の中を、真っ白にしていく。



「…………えっと。事実、です。でも、私は、お相手の方だけじゃなく、ファンの皆さんのことも大事で…………」



 言葉が上滑りしてる。自分でも分かってる。

 だけど、気持ちと身体が、繋がってる感じがしない。


 頑張るねって。応援しててねって。ゆうくんたちに言ったのに。

 だめだめじゃんよ……私。



「――貴方の決意は、そんなものなの?」



 そのときでした。



 耳馴染みのある厳しい声が、イヤホンから聞こえてきたかと思うと。


 音もなくブースの扉が開いて。



 私の目の前に――もう一人の女の子が、現れたんです。

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