第19話 【緊急生配信】和泉ゆうなと『恋する死神』の、スキャンダル問題 1/2

「…………母さんだ」


 入室してきた真伽まとぎケイを見て、那由なゆがぽつりと呟いた。


 那由のことを、ちらりと一瞥する真伽ケイ。


 その表情には一瞬だけ――戸惑いが混じったような、そんな気がした。



六条ろくじょう社長。真伽さん」



 重く張り詰めた空気の中で。


 六条社長と真伽ケイの方に向かって、一歩踏み出したのは――和泉いずみゆうなのマネージャー、鉢川はちかわ久留実くるみさんだった。



「お二人とも、このたびは無理なお願いを聞いていただき――ありがとうございます!」


 額が膝に当たるんじゃないかってほどに、鉢川さんは深々と頭を下げる。



「顔を上げろ、鉢川。それじゃあまるで、君の無理な願い事を叶えると答えたみたいじゃないか」


「……叶えると言っていただくために、頭を下げています」



 思わず怯んでしまいそうなくらい、六条社長の反応は冷然としていたけど。

 鉢川さんは毅然とした態度で、言い放った。



「六条社長、お電話でもお伝えしたとおりです。『60Pプロダクション』の生配信で――ゆうなに直接話す機会を、与えてあげてください!!」



 あんなにため息を吐いていたのに。

 胃が痛いって、ずっと言っていたはずなのに。


 鉢川さんは必死な様相で、無茶みたいな願いを口にし続ける。


 そんな鉢川さんを見下ろしたまま……六条社長は「やれやれ」とばかりに、首を横に振った。



「電話でも伝えたが。それが本当に、和泉のためになると思うか?」


「……確かに、心ない声も届くと思います。出演することで、余計に傷つく可能性があるのも承知しています。だけど、それでも……ただ黙って、待っていることなんてできない! そんなところまで含めて、この子は和泉ゆうななんですっ!!」


「六条社長! 鉢川さんを責めないでくださいっ!! 言い出しっぺは私なんだから!」



 熱弁を振るう鉢川さんのそばに駆け寄ると。

 綿苗わたなえ結花ゆうかの格好のまま――和泉ゆうなは、深く深くおじぎをした。



「六条社長たちが心配する気持ちも、よく分かります。でも、それでも私は――ちゃんとファンの人たちと向き合いたいんです。そうじゃないと、みんなのことを大切にしてるだなんて……胸を張って、言えないから!!」


「――和泉さんが、望むか望まないか。そんなことは関係ないの。和泉さんを矢面に立たせないことが……わたしたちの使命だから」



 ――――まるで、氷河の中に叩き落とされたような。

 凍える感覚が、全身を駆け抜けていった。


 結花と鉢川さんが、同時に顔を上げる。


 そんな二人に続いて、俺も声の主の方へと、視線を向けた。



 そこで表情もなく佇んでいたのは――真伽ケイ。



「鉢川さん。マネージャーの役割は、必ずしも役者の望みを叶えることじゃないわ。たとえ役者の意に反するとしても、リスクを最小限に抑え、役者生命を確実につなぐ道を選ぶ。その選択をするのが、あなたの仕事のはずよ……違うかしら?」


「…………」



 刃のように振り下ろされた真伽ケイの言葉に、鉢川さんはぐっと歯噛みしている。


 そんな鉢川さんを見据えたまま、ため息を吐くと。

 真伽ケイは、俺たちに背を向けながら――呟くように言った。



「今回の配信の全責任は、アクター養成部長であるわたしが担う。そしてわたしには、和泉さんを出演させるなんて馬鹿げた考え、毛頭ないわ。わたしが矢面に立ち――非難も誹謗も中傷も、すべてこの身で引き受ける。それだけよ」


「……でも。それじゃあ真伽さんは、どうなるんです? 私の代わりに、いっぱい傷つくってことですよね? そんなの――私は嫌です!」


「気持ちだけ、ありがたく受け取っておくわ。でもね……この信念だけは、決して曲げない。真伽ケイは、既に表舞台を去った存在。和泉さんは、これから舞台で輝き続ける存在。どちらが大事かなんて、明白でしょう? だから、わたしは――この身を賭してでも、和泉さんの未来を紡いでみせる」



 すべては――『和泉ゆうな』を護るために。


 真伽ケイは、あらゆる責任を自分一人で背負い込み、その信念とやらに身を投じようとしている。


 そんな、愚直で自己犠牲的な、真伽ケイの姿を見ていたら――。



 ――――なんだかムカついて、仕方なくなってきた。



「……そうやって意固地に生きてきて、何が得られたんだよ? 真伽ケイ」



 結花たちの視線が、一斉に俺の方へと注がれる。

 だけど俺は、構わず続ける。



「結花がとんでもないことを言ってるのは、まぁ分かるよ。けどさ……結花の意思を無視して、危険から引き剥がす。そんなあんたのやり方が絶対に正しいって――そう言いきれんのかよ?」


「ええ。わたしは正しいと信じているわ。信じているからこそ、この道を選ぶの」


「またそうやって!! 一人で勝手に決めんのかよ!!」



 ――――親父から、母さんの過去を聞いたとき。

 俺は正直……寂しかったよ。


 誰かの笑顔のために、後輩たちにバトンをつないでいこうとした母さんの信念は、否定しない。


 むしろ、やっぱり母さんは真面目で優しい人だったんだなって、思ったくらいだ。



 でも……それでも。

 寂しかったんだよ。


 どんな理由があったって、俺は――家族でずっと、一緒にいたかったんだよ。



「護るってのは、箱の中にしまって、大事にすることだけじゃねぇだろ! 結花が全力で立ち向かうって言うんなら……手を繋いで、一緒に立ち向かっていく。そんな護り方だって、あるはずだろ!! なのに、答えはひとつだって決めつけて――独りで勝手に抱え込んでんじゃねぇよ!!」



 吼えるように、叫ぶように。

 俺は真伽ケイに――母さんに、想いの丈をぶちまけた。


 真伽ケイは驚いた顔で、俺のことを見てくる。



「えへへっ。真伽さん、ありがとうございます。私のこと、いっぱい気に掛けてくれて」



 そんな俺の手を、結花はギュッと握ると。

 ――咲き誇る花のように、笑ったんだ。



「でも……ごめんなさい。私って、意外とわがままらしくって。だから――たとえ傷つくことがあったとしても、最後まで自分自身で向き合いたい。この気持ちだけは、譲れないんです。だって、もう――私は逃げたくないから」


「――――分かった。認めよう」



 そのときだった。

 六条社長が重い口を開いたのは。


 思い掛けない言葉だったんだろう、真伽ケイは大きく目を見開いて、六条社長に向かって声を荒らげる。



麗香れいか! この件は、わたしが全責任を負うと言ったはずよ!? 勝手なことを――」


「和泉のスキャンダルの対応については、確かに君に委任した。だが、あくまでも『60Pプロダクション』の責任者は、わたしだ。すべての意見を集約した上で――わたしが事務所としての結論を出した。勝手なことなど、どこにもないと思うが?」



 真伽ケイの抗議を意にも介さず、六条社長は淡々とそう告げた。


 それから、結花の肩にポンッと手を置くと。

 赤いルージュが映える唇を緩めて……穏やかに微笑んだ。



「――和泉の満足がいくよう、やってみろ。だが、これ以上は危険だと判断した場合には、わたしの権限で配信は即時中止とする。それでも、かまわないか?」

「……はいっ! ありがとうございます、六条社長!!」



 こうして。


 生配信前だってのに、とんでもない大騒ぎになってはしまったけど。



 正式に、和泉ゆうなが生配信に出演することが――決まったんだ。

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