第15話 一番星に、那由他の愛を届けよう 1/2
「……はい。分かりました、
土曜日の朝。
昨日は二人とも、やたら早めに寝ちゃったからな。夜中に着信があったなんて、全然気付かなかった。
そして結花は――ピッと通話を切る。
「鉢川さん、なんだって?」
「うん……切り抜き動画もほとんど削除されたよ、っていうのと。騒ぎへの対応として、事務所が――明日の午後、生配信をするんだってお話だった」
事務所の生配信、か。
ここまで騒ぎが大きくなった以上、事務所が何かコメントしないと、沈静化は難しいのかもしれないけど。
その配信が火に油を注ぐ可能性だって、十分に考えられる。
「まぁ……六条社長なら、きちんと説明してくれそうだけど。なんか落ち着かないな」
「あ。配信に出演するのは、六条社長じゃなくって――真伽さんなんだって」
「え? 真伽ケイが?」
「うん。アクター養成部長として、今回の件の全責任は自分が負うって、六条社長に直談判したんだって……久留実さんが言ってた」
真伽ケイは、専務取締役兼アクター養成部長。六条社長に次ぐ立場だと聞いてる。
その上、真伽ケイは元・トップモデルとして、世間にも知られた存在だ。それを考えると……生配信に出演する人物としては、確かに適任なのかもしれないけど。
「……って、結花? なんでそんな、浮かない顔してるの?」
見るからにしょんぼりした顔をしてる結花。
そんな顔のまま、ふぅっとため息を吐くと――結花は俯きがちに言った。
「だって。私の騒動なのに、真伽さんが矢面に立つことになるなんて……申し訳ないしかないじゃんよ」
「……まぁ気持ちは分かるけど。会社の重役って、そういうもんじゃない? それに、真伽ケイじゃなかったとしても、誰かが責任取らないといけないのは変わんないし」
そうやってフォローを入れたんだけど、結花はいまいち納得してない顔のまま。
「……むぅ。誰にも迷惑を掛けず、うまくいく方法ってないのかなぁ……」
なんかぶつぶつと、独り言を口にし続けていたのだった。
◆
「よ。兄さん」
何を言ってるか分かんないと思うけど、俺の方こそ「なんだこれ」って言いたいわ。
なんで昨日までいなかったはずの妹が、いきなりリビングでくつろいでんだよ。
「……で?
「は? 昨日の夜だし。最終の飛行機で日本に戻って、タクシー拾ってまで帰ってきたのに、みんな寝ててさ。つまんなかったから、寝てる勇海の耳元で、ネットで見つけたホラー映画の予告動画を流してみた」
「何そのテロ行為……それで勇海の奴、どうなったの?」
「飛び起きて、涙目になって、めっちゃ可愛い悲鳴上げてた。ウケる」
悪魔の申し子かな?
だけど、ごめん勇海。可愛い悲鳴上げてる勇海は、ちょっと見てみたいかも。普段とのギャップが凄そうだし。
「お待たせー
「……や、やぁ那由ちゃん? おはよう。今日も朝日に負けないくらい、綺麗な顔をしているね?」
俺と那由で話していると、結花と勇海も順々に、リビングにやってきた。
勇海がいつもどおり格好つけようとしてるのが、なんかちょっと面白い。
「それじゃあ、朝ご飯準備するねー。ふふーん♪ 今日は、何にしよっかなー♪」
鼻歌交じりに、キッチンへと向かう結花。
まぁ、腹が減っては戦はできぬ、って言うし。
那由と話を詰めるのは――朝ご飯を食べてからにしよう。
◆
食事を済ませて、それぞれ着替えを終えてから。
俺たち四人は、再びリビングに集まった。
俺と結花で並んで、ダイニングテーブルについて、その対面に那由と勇海が腰掛けた。
そして、大きなため息を吐いて――頬杖をつく那由。
「出たよ……相変わらず態度がでかいな、お前は」
「はぁ? 誰が言ってんの? ここは兄さんの持ち家じゃねーし、家主はロクでなし狸親父だし。なのに、あたしが実家でくつろいでたら文句言ってくるとか、なんなの? 勘違い束縛彼氏もどきなの?」
こっちが一言投げたら、数十倍にして返してくる。
相変わらず元気そうで何よりだよ、我が愚妹。
まぁ、このままいつもの小競り合いに発展してもアレなので……俺はこほんと咳払いをして、本題に戻す。
「そういうのは置いといて……那由。わざわざ来てくれて、ありがとな。勇海と同じで、『カマガミ』の騒動を心配して来てくれたんだろ? まだ解決はしてないけど、取りあえず俺も結花も、気持ちは持ち直し――」
「……あん? ちげーし。勝手に決めんなし」
俺の言葉を、無慈悲に切り捨てて。
那由は仏頂面のまま――小声で語りはじめた。
「そりゃ、結花ちゃんのことも心配してたけどさ。結花ちゃんには、兄さんがいるし、
――――母さん。
俺が中一の頃に家を出た、実の母親……
もうひとつの名前は、元・トップモデル――真伽ケイ。
那由がその話題を振ってきたのが予想外すぎて、俺は思わず止まってしまう。
そんな俺を、那由はギロッと睨んで。
「兄さん。この間のZUUMで、なんて言ったか覚えてる? 『どうでもいいけどな。母さんのことなんて』――そう言ったよね?」
「……ああ。言ったと思う。思うけど、それがどうし――」
「ふざけんじゃねーし! この馬鹿兄さん!!」
瞬間。
那由がガタッと椅子から立ち上がって、叫んだ。
「どうでもよくないし!! 確かに母さんは、あたしらを置いていなくなったけど! まったく怒ってないって言ったら、嘘になるけど! それでも、あたしは……ずっと母さんに、会いたかった」
那由の瞳がゆらゆらと、水面のように揺れる。
「……びっくりした? あたしがこんなこと言うとか」
「まぁ……そうだな。那由は大体いつも、素直じゃないから」
「クリスマスのときにさ。あたし、マジでたくさん迷惑掛けちゃったでしょ? でもそのとき、結花ちゃんが優しく怒ってくれて、本当に嬉しかった。だから、あたし……決めたわけ。少しずつでも、自分の気持ちに素直になろうって」
言いながら那由は、照れくさそうに笑った。
まるで小さい頃みたいに、無邪気な顔で。
「あたしは――母さんがいなくなって、ずっと寂しかった。ずっと会いたかった。だから……兄さんたちが、また『60Pプロダクション』に行くんなら。あたしも連れてってほしい。母さんに、会わせてほしい。それがあたしの……素直な気持ち」
那由のその言葉が――ズキッと胸に突き刺さる。
「ってかさ。人に素直じゃないとか、言える義理じゃないっしょ? 兄さんの方こそ、素直になれし」
「……何がだよ? 俺は別に、思ったとおりのことしか言ってないって」
何をこいつは、勝手な邪推してんだよ。
俺はいつだって、本音しか言ってない。
母さんはずっと前に、俺たちのそばからいなくなった。
そんな母さんのことなんて……これっぽっちも、気にしてなんかいないんだよ。
「嘘つき。ぜってー兄さんだって、母さんをどうでもいいとか、思ってないくせに。なんなの? 父親の嘘つきが遺伝したの?」
「だから、勝手に決めんなって。俺には結花がいて、みんながいて。十分幸せなんだから。だから、もう母さんのことなんか――」
「――自分だけ意地を張るのはやめましょうよ、遊にいさん」
俺と那由が言い争っているところに、勇海が割って入ってきた。
「意地……って。俺は、別に意地なんか……」
「そういうの、もういいんですって。遊にいさん」
そして勇海は――結花の方に視線を送りつつ。
微笑交じりに、言った。
「僕たちは、家族でしょう? 家族の前では――泣きたいときは、泣いていいし。甘えたいときは、甘えていいし。寂しいときは……言えばいいんですって。そうだったよね、結花?」
「うんっ! 遊くんも、勇海も、那由ちゃんも。それから私もね? いっぱい素直になって、いいんだよ。だって、そっちの方が――楽しいに決まってるもんっ!!」
勇海の言葉を肯定して、結花はにっこりと笑った。
愛しい許嫁の、その太陽みたいな笑顔に。
厄介だけど、なんだかんだ可愛い妹たちの、屈託のない笑顔に。
俺はなぜだか――。
――――母さんとの楽しかった日々を、思い出してしまう。
「――あ。そうだっ! 遊くんと那由ちゃんにね、伝えたいことがあったんだ。ふっふっふ……私の名探偵っぷりに、驚くがよいー」
「…………はい? 名探偵?」
なんの話か分かんないけど、もう切り出し方からして、迷探偵っぽさがやばい。
だけど結花は、めちゃくちゃドヤ顔で。
俺と那由の顔を交互に見ながら、尋ねてきた。
「私の誕生日のときにさ、遊くんと那由ちゃんで口喧嘩してたじゃん? あれって、小さい頃からのお約束だったんだよね?」
「ん? 『名前バトル』のこと?」
「そうそう。遊一が『一』で、那由が『那由他』で。それを比較したら、那由ちゃんの方が、十の六十乗倍大きいから勝ち! ……みたいに言い合うやつ!」
改めて聞いても、マジで意味が分かんねぇな『名前バトル』。
一、十、百、千、万、億、兆、京………那由他、不可思議、無量大数。
数の単位を並べていくと、『一』よりも『那由他』の方が、十の六十乗倍大きい。
俺に口喧嘩で負けそうになるたびに、そんなよく分かんない屁理屈をこねては、那由が自分の勝ちを主張するっていうね。
「確かまだ、お前がお兄ちゃん大好きっ子だった頃から、口喧嘩のたびに言ってたよな」
「だ、誰がお兄ちゃん大好きっ子だし! うぬぼれんな!! けっ! けっ!!」
そこに突っ掛かんのかよ。
唐突にツンを全開にする那由に呆れつつ、俺は昔のことを思い返す。
そう。このくだらない言い争いは、小さい頃からの――俺と那由の、お約束なやり取りだった。
そして、そんな兄妹のやり取りを。
親父と母さんは、いつだって……微笑ましそうに見てたっけ。
「前に、久留実さんから聞いたことがあるんだけどね。『60Pプロダクション』の名前を決めたのは、真伽ケイさんなんだって」
結花がふいに、そんなことを口にした。
「……そうなんだ? 俺はてっきり、六条社長がつけたんだと思ってたけど」
「うん。元・トップモデルだった真伽さんの、芸能運にあやかりたいってことで、六条社長がお願いしたんだって。そして、真伽さんが付けた名前が――『60Pプロダクション』。さてさて、問題ですっ! この『60』って、どういう意味でしょう?」
どういう意味……って、言われてもなぁ。
真伽ケイと『60』って数字に、なんか関係があるとも思えな……。
――――え?
まさか…………。
「那由他は、10の60乗――そっか。それじゃあ、『60Pプロダクション』の『60』って、那由ちゃんの名前から……?」
「ぴんぽーん。勇海、正解ー。ぱちぱちー」
ぱちぱちと、勇海に拍手を送る結花。満更でもなさそうな勇海。
だけど、俺と那由は……顔を見合わせたまま、言葉も出ない。
「そして次に――名探偵結花ちゃんは、推理したんだ」
結花はそう言って、ピンと立てた人差し指を、自分の頬に当てる。
「もしも真伽さんが、那由ちゃんの名前から『60』を付けたんなら、『P』はなんだろうって。それでね……こう思ったの」
それから結花は、声のトーンを落として。
穏やかな口調で、言ったんだ。
「『P』は――『Play』。遊くんの名前から、取ったんじゃないかって」
「…………俺の名前から?」
きっと今の俺、相当驚いた顔してるんだろうな。
そんな俺を見つめながら、結花は得意げな笑みを浮かべつつ、言葉を続ける。
「そう思いついた私は、『Play』の意味を、改めて調べてみましたっ! そしたらね、『遊ぶ』以外に……『楽しむ』とか『演奏する』とか『演じる』とか、そんな意味も書いてあったの! どう? 声優事務所にぴったりじゃない!?」
「いや、言いたいことは分かったけど……それって結花の推測でしょ? 本気で母さ――真伽ケイが、そんなことを考えて名付けた証拠なんて、どこにもな――」
「どっちなのか分かんないんだったら。明るい可能性を信じた方が、いいに決まってるじゃんよ」
俺のネガティブな発言を遮って。
結花は、満開の花のような笑顔で告げた。
「私は信じてるよ。二人に寂しい思いをさせたのは事実だけど。それでも真伽さんは――二人のことを今でも、大切に想ってるって。だからこそ『60Pプロダクション』に、『那由他の楽しさを届ける』って、そんな思いを込めたんだって。そう……信じてるから」
「――あはははは! マジ天才でしょ、結花ちゃん……ほんと、ウケる」
結花が言い終わるのと同時に、那由は目元をぐしぐしっと拭って。
それからバシンッと、俺の肩を強めに叩いてきた。
「……ねぇ、兄さん。やっぱさ、母さんに会おうよ。そりゃあ、会うのが怖いって気持ちもあるけど……それでも、会って話そうよ?」
泣きそうな声で、そんな風に言う妹を見て。
俺はゆっくり頷いてから――その頭を、ゆっくりと撫でた。
――これからまだ、『カマガミ』の件の対応だって控えてるのに。
――色んな不安を、抱えてるくせに。
それでも、人のことを先に心配しちゃう……そんな優しい許嫁が、後押ししてくれたんだもんな。
俺も腹を括ったよ。母さんと会って、ちゃんと話してみるって。
だから……さ。
もう泣くなよ、那由。
「ってかさ。結花ちゃんって、兄さんにはもったいよね。相当マジで」
「えー? そんなことないよー。それに……もったいないとか、どうでもよくって。私は遊くんじゃなきゃ、だめなの」
うちの妹の毒舌に、聞いてるこっちが恥ずかしくなる返しをする結花。
そんな結花を見ながら――ぷっと吹き出すと。
那由は子どもみたいに、無邪気に笑った。
「いつもありがとね……お
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