第12話 春きたりて、雪解けて 2/2

 郷崎ごうさき先生に連れられて、俺と結花ゆうかは生徒指導室に入った。

 そして郷崎先生は、俺たちと向かい合う形で着席する。



「――『カマガミ』、だったかな。卑劣な輩が、ネット上に動画を上げて。そこに綿苗わたなえが映っていて……声優として取り上げられていたと。そう聞いているよ」

「はい。間違いないです」



 結花が答えるよりも先に、俺は迷わず即答した。


 その事実を知った郷崎先生が、どう思っているのかは分からないけど。

 俺たちは、もう――逃げないって決めたから。


 そんな俺のことを、郷崎先生はじっと見つめると。

 信じられない言葉を、口にした。



「――綿苗が、声優として活動していて。そんな綿苗と佐方さかたは、婚約をしていて、四月からずっと同棲をしている。そうだな?」


「…………は?」

「…………え?」



 え、なんで?

 だって、『カマガミ』の動画を観たとしても、俺たちが婚約してるとか同棲してるとか、そんなことまで分かるわけないのに。


 そんな感じで、頭が真っ白になってる俺たちに向かって。

 郷崎先生は真剣な表情のまま、言ったんだ。



「……校長に聞いて、二人の事情は知っていたよ。少し前からな」




 ――――郷崎先生の話によると。


 俺たちが同棲をはじめて、しばらく経った頃には。

 結花が声優だってことも。俺と結花が婚約してることも。二人で生活を送ってるってことも。校長にはすべて、伝わっていたらしい。



 伝えた犯人は、そう――うちの親父。


 こっそり帰国したタイミングで、校長に全部説明してたんだとか。



 またあいつだよ……今度こそ、息の根を止めてやるからな。



 そして校長は、お義父とうさん・お義母かあさんにも、電話で確認を取ったそうだ。


 その上で、両家の意向を汲んだ学校は――この情報を、上層部のみでの共有に留めることとした。

 とはいえ、さすがにクラス運営にも影響する内容だからということで。


 担任である郷崎先生には……のちに俺たちの真実が、告げられたんだそうだ。




「……そ、そうなんですね……びっくりした」


 郷崎先生の話を聞いた結花は、あんぐりと口を開けている。



「びっくりしたっていうか……そうならそうって、先に言っとけよ……あのダブスタ狸親父……」


 俺はというと――怒りでもう、頭が沸騰しそうだね!

 親父、ぜってぇ許さねぇ!!



「……五月に、保育園のボランティアの話を持ちかけたことがあっただろ? あの少し後だよ、校長から事情を聞いたのは。だから――いや、これはただの言い訳だな」



 それぞれ違う反応をしてる俺たちを、交互に見ながら。

 郷崎先生は、呟くように言った。


 そして――。



「知らなかったとはいえ、綿苗の大事なライブを邪魔する形になってしまった。いつも暑苦しく暴走してしまう……本当によくないよな。佐方、綿苗……本当にすまなかった!」



 机に額が、当たりそうなほどに。

 郷崎先生はまっすぐ、頭を下げた。


 思い掛けない謝罪の姿勢に、俺も結花も戸惑いが隠せない。



「……だから、綿苗。今度こそ、ちゃんとお前の意見を聞かせてくれ」



 そして郷崎先生は。

 ゆっくりと顔を上げて、真剣な表情で結花のことを見た。



「綿苗はこれから先、どうしたいんだ?」



 そんな郷崎先生の問い掛けに対して。

 結花はなんでもないことのように――微笑みながら答える。



「私の、やりたいことはですね……声優を続けたい。それから、ゆうくんとも一緒にいたいです。あ、もちろんクラスのみんなとも、素敵な想い出を作りたいですねっ! 他にもいーっぱい、楽しいことをやって――笑顔の毎日を過ごしたいです」


「綿苗は、意外と強欲なんだな」


「はいっ! 実は欲張りなんです、私って」



 あっけらかんとした結花の態度を見て、郷崎先生はぷっと噴き出した。


 それから、「あっはっは!」と豪快に笑いながら。

 郷崎先生は、言ってくれたんだ。



「欲張りで結構じゃないか。やりたいことを全部やらないと、人生もったいないからな。そして、そんな生徒の本気を後押しするのが――教師の仕事だ。頼りないし、空回ってばかりの先生で申し訳ないが……今度こそ、二人のことを支えさせてくれ」



          ◆



 始業のチャイムが、スピーカーから鳴り響いた。

 だけど俺と結花は、生徒指導室に二人、残ったままだ。



 ――先生に任せてくれ!



 そう言って郷崎先生は、生徒指導室を出ていった。


 一体どうするつもりなんだか、さっぱり分かんないけど。

 郷崎先生は全力で、結花の願いを叶えようとしてくれているらしい。



 クラスメート全員に、今まで黙ってた真実を伝えたい。

 そして今度こそ、素の自分で、みんなと一緒に笑いたい。


 ――――そんな結花の願いを。



「おい、遊一ゆういち! いいか、開けるぞ?」



 そのときだった。

 生徒指導室のドアが、ガラッと開け放たれて――見知った顔が入ってきたのは。



「よぉ。遊一、綿苗さん。元気だったか? ……迎えに来たぜ」



 ツンツンヘアに、黒縁眼鏡。

 それと意味のない、格好つけたニヒルな笑い。


 うん。これは紛れもない、マサですね。


『アリステ』をこよなく愛する、俺の悪友――倉井くらい雅春まさはる



「えっと……お前、授業は? 言っとくけど、生徒指導室に忍び込んで『アリステ』やるんだったら、俺は間違いなくチクるからな?」


「なんでチクるんだよ!? っていうか、そうじゃねぇから! 俺は郷崎先生に頼まれて、お前らを迎えに来たんだっつーの!!」



 俺の軽口に、声を荒らげてから。

 マサは俺の肩を、勢いよく叩いた。



「いってぇ!? お前、力の加減ってもんがあるだろ!?」


「うるせぇ。『カマガミ』の件のあたりから、俺にも二原にはらにも、なんにも相談しなかったろ? ったく、二人とも――水くさいこと、すんなっつってんだろーが」



 そう言ってマサは、バシバシと何度も、俺の肩を叩いてくる。


「つーか、動画観たときはマジでビビったんだからな? 綿苗さんが素顔晒されて、『和泉いずみゆうな』ってテロップ貼られてるしよ。お前はお前で、モザイク仕様で映ってるし。それに……らんむ様が……」



 突然、マサが言葉に詰まった。


 そして、俺の肩を掴むと。

 ガクンガクンと、俺のことを思いっきり揺さぶりはじめやがった。



「あ、あれ、やっぱり来夢らいむだよな!? 野々花ののはな来夢が、らんむ様ってことなんだよな!? 俺の昔馴染みの女子が、銀河系で最も美しいらんむ様なのかよぉぉぉぉぉ! どういうことなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


「お……落ち着けって……脳が揺れ……」



 ――――閑話休題。



 ひとしきり暴れまくった上で、正気を取り戻したマサは、俺の肩から手を離した。


「悪かったな。騒いじまって」

「本当にな……お前のせいで、シリアスな気持ちとか、全部吹っ飛んだぞ」



 結構マジな恨み言だったんだけど、マサはこれを華麗にスルーして。

 くいっと親指で、廊下の方を差した。



「ほら、行くぞ。郷崎先生が、場を温めてくれてっから」


「場を温める? どういうこと?」


「決まってんだろ。綿苗さんがクラスのみんなに話す舞台を、整えてくれてるってこった。話すつもりなんだろ? ――これまで隠してた、色んなことをよ」


「…………うんっ。もう秘密は、終わりにするからっ!」



 迷いなく、結花はそう言いきった。


 その姿は――宇宙最強のアイドル、ゆうなちゃんそのもので。

 そんな結花を見ていたら、俺もなんだか、力が湧いてくる。



「……なぁ、マサ。先に相談しなかったのは、マジでごめん。けど、お前のことを大事な友達って思ってんのは、本当だから。だから……見守っててくれ」



 俺が本音をぶつけると。


 マサは照れくさそうに笑って、言った。



「当たり前だろーが。親友の勇姿だぞ? そんなの……見届けるに決まってんだろ」

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