第11話 春きたりて、雪解けて 1/2

 早朝。

 結花ゆうか勇海いさみより先に目が覚めた俺は、一人でベランダに出た。


 白みはじめたばかりの空は、やたらと綺麗で。

 なんだか心が軽くなっていくのを感じる。



遊一ゆういちくん。色々と迷惑を掛けているようで、申し訳ない。どうか結花のことを、支えてあげてください』


『遊一さん。くれぐれも心身には気を付けてくださいね? どうか間違っても、結花の復讐に身を焦がして、その手を赤く染めないで……っ!!』



 勇海から昨晩聞いた、お義父とうさんとお義母かあさんからの伝言。


 お義母かあさんのは正直、ちょっと何を言ってるのか分かんないけど……まぁ、それは置いといて。


 お義父とうさんの言葉は、なんだかキュッと――身が引き締まる思いがした。



 ――俺はこれからも……彼女の笑顔を、守っていきます。

 ――楽しくて思わず笑ってしまうような毎日を、一緒に作っていきます。



 一月に開かれた両家の顔合わせの場で、俺はお義父とうさんに対して、そう言い放った。


 我ながら、たいそうなことを言ったもんだと思う。

 だけど――その言葉に、一切の偽りはないから。


 後悔はない。迷いもない。


 この先どんなことがあったって……俺は最後まで、結花の笑顔を守り続ける。



 だって俺たちは。


 両家に認められた許嫁同士で。


 ――未来の『夫婦』、なんだから。



          ◆



「勇海ー? 私たち、そろそろ出るよー?」


 時刻はちょうど、七時半頃。


 朝食を済ませ、学校の仕度をあらかた終えた、俺と結花は――リビングのソファでくつろいでる勇海の方を見た。


 いつもキメキメの男装をしてる勇海だけど、今日はまだ寝起きなこともあって、可愛らしいパジャマ姿のまま。



 ……えーと。

 男装のときは、サラシを巻いてるから、気になんないんだけどさ。


 その格好のときの勇海は――うん。とんでもない爆弾を胸に抱えてて、ついつい目で追ってしまう。



「ていっ」

「痛っ!?」



 すごい速度で、学校仕様の結花がデコピンをしてきた。

 そして、眼鏡の下から、ジト目でこちらを見て。



「……勇海が胸に、とんでもない爆弾を抱えてるとか。思ってたでしょ」


「そんな一言一句まで分かるの!? 超能力者のレベルでしょ、その技!?」


「うっさいなぁ。ばぁか。ばぁぁぁか……ゆうくんの好きにしていいから、ちっちゃいので我慢してよね? ばか」



 今度はすごい速度で、結花が脳を破壊しにきた。

 っていうか多分、脳内でなんかが切れて、出血してると思う。


 あんまり強い言葉を使うなよ……死ぬぞ?



「あははっ。二人とも、相変わらず仲がいいですね。さすがは遊にいさん。おかげで……僕は安心して、ここで待ってることができそうです」


「待ってるって……勇海。あんた、帰んなくて大丈夫なの? 昨日も学校を休んで、うちに来たんでしょ?」


「お気遣いありがとう。だけど大丈夫。だって僕、中三だよ? 受験が終わったこの時期に、数日休むくらい、なんの影響もないよ」


「ん? ああ、そうか。勇海って、受験生だったんだっけ? そんな話題、一回も出たことなかったけど」


「受験終わったって……結果はどうだったのよ、勇海?」



 俺と結花が、矢継ぎ早に聞くと。


 勇海はふっと――眼鏡の下の目を細めて。

 不敵な笑みを浮かべて、言った。



「関東の高校に、無事合格したよ。だから四月からは、僕も上京して一人暮らしの予定。ふふっ……これでいつでも会えるね、結花?」


「……はぁぁ!?」


「何よそれ!? あんた、そういうのはもっと早く教えなさいよ! もぉぉぉぉ!!」




 ――ってな感じで。

 朝っぱらから勇海が、とんでも爆弾トークをぶち込んできたけど。


 俺と結花は気を取り直して――別々に学校へと向かった。



 さすがに、登校中に取り囲まれるのはごめんだったから、いつもより十分以上は早く家を出た。


 おかげで通学路には、ぽつりぽつりとしか、学生の姿はない。



 ――昨日、一昨日と学校を休んで、俺も結花も色んなことを考えた。


 和泉いずみゆうなとしての今後については、もちろんだけど。

 俺と結花の、今後の学校生活のことも。



 その上で今日、俺たちは学校に行くことに決めた。


 ぞわぞわと……中学の頃のトラウマが、這い出してきそうになるけど。


 過去は、今じゃないから。



 俺は結花と一緒に――未来に向かって、進むんだ。



「あ。遊くーん」



 校門の前についたところで、少し遅れて、結花が小走りに駆け寄ってきた。

 そして、眼鏡&ポニーテールの格好のまま、にへーっと笑う。



「おはようからおやすみまで、遊くん大好き、結花ですっ!」


「奇抜な挨拶だな……どっちかっていうと、キャッチフレーズみたい」


「すーぐ文句言うー。それじゃあー……大好きございます、遊くんっ」


「大好きは、挨拶の言葉じゃないからね?」



 まったく。結花ってば、緊張感がないんだから。

 いや、もしかしたら……緊張をほぐすために、わざと言ってるのかもだけどね。


 よし――それじゃあ行くか。

 心の中でそう言って、俺は結花の手を取った。



「おお! おはよう、佐方さかた綿苗わたなえ!! 今日は登校してくれたんだな!」



 ――――そのときだった。

 校門の向こうから、はつらつとした声が聞こえてきたのは。



「来て早々で悪いんだが……授業がはじまる前に、先生と話をさせてくれないか?」



 ボブカットの髪型。爛々と輝いてる瞳。

 そして、見てるだけで感じられるくらいの、パワフルなオーラ。



 彼女の名前は、郷崎ごうさき熱子あつこ

 俺と結花の所属する、2年A組の担任だ。

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