第7話 透明な鉢でいつか、苗が花を咲かせるまで 1/2

『カマガミ』がアップした暴露動画によって、綿苗わたなえ結花ゆうか和泉いずみゆうなという事実は、クラスメートたちも知るところとなった。


 周りの自分を見る目が変わる。

 知らないところで自分の噂話が広がる。


 そんな状況に置かれたら、俺も結花も……どうしても辛い過去を、思い出さずにはいられなくって。


 ひとまず今日のところは、学校を休んで、気持ちを落ち着けることにした。




佐方さかたゆうちゃんはだいじょぶ? もし伝えられそうなら、伝えてほしい。うちは何があったって絶対、結ちゃんの味方だかんねって』


 ソファに座ったところでスマホを見ると、そんなRINEが届いてた。


 二原にはらさんらしいそのメッセージに、なんだか温かい気持ちになる。


 どんなときだって、俺や結花の味方でいてくれる二原さん。

 本当にヒーロー気質だよね……いつもありがとう。


 感謝の気持ちとともにスタンプを返信して、俺はスマホをテーブルに置いた。



遊一ゆういちくん。色々とありがとうね」


 同じくソファに腰掛けている鉢川はちかわさんが、小声で言った。


 学校を出た後、道端でばったり会った鉢川さん。

 ちょうど、我が家を訪ねてくるところだったらしく……そのままの流れで、こうして家にお招きした次第だ。


 ちなみに結花は、ただいま二階で着替え中。



「昨日の夜、何度か電話したんだけどね。ゆうなってば、出ないんだもの。何かあったんじゃないかって、気が気じゃなかったわ」


「すみません、鉢川さん。いつも心配ばっかり掛けちゃって」


「謝ることじゃないわよ。だってこれが、マネージャーの仕事なんだもの」



 そう言って笑う鉢川さんのことを、ぼんやりと眺める。


 明るい茶色に染めたショートボブの髪。

 アイシャドウやマスカラのせいか、かなりぱっちりとした目元。

 服装は、黒のジャケットとタイトスカート。唇にはピンクのルージュ。


 完全に仕事モードな鉢川さんって、間近で見たら……結構、大人の女性の色気みたいなのがあるんだなぁ。



 ――なんて、ぼんやり思ってると。



「ん? あれぇ? 遊一くんってば、ひょっとして今……わたしのこと、いやらしい目で見てたりした?」


 俺の視線に気付いたらしい鉢川さんが、ニヤニヤしながら言ってきた。



 まずい。


 このままだと、俺が誰彼かまわず性的な目で見るヤバい奴って、そういう烙印を押されてしまう!



「い、いえ! ぜんっぜん見てないです!! 鉢川さんを、いやらしい目で? そんなこと、天地がひっくり返ってもありえないですよ!!」


「……あー、はいはい。そーですよね、分かる分かるー。あるわけないわよねぇ……だって男はみんな、若い子の方が好きだもんね! けっ!!」



 え? なんでこの人、急にふてはじめたの? 那由なゆみたいな、「けっ」まで発動しちゃって。


 じゃあ何か? いやらしい目で見てほしかったってことなのか!?


 正解が分からない……女心、複雑がすぎる……。



「…………じー」


 思わず頭を抱えそうになったところで。

 俺はふっと、リビングのドアが僅かに開いてることに気付いた。


 その隙間からは、いつの間にか着替え終わったらしい結花が、こちらを覗いてる。



「結花ちゃんは見た……ゆうくんが、大人のおねーさんの魅力にやられて、触っちゃおうかなーってやってるところを!」


「一切してないな!? 幻覚のたぐいだよ、それ!!」


「そうよ、ゆうな! 遊一くんは、年増にはまったく魅力を感じないんだってさ!! これっぽっちもね! 肌の質感が違うとかなんとか!!」


「言った覚えのあるフレーズがひとつもないな!? こっちは幻聴かよ!!」



 結花が来た途端、くだらない会話がはじまって。

 どこか重たかった空気が、すぐに柔らかなものに変わる。



 ――やっぱり結花って、ゆうなちゃんみたいだよな。



 無邪気で、天真爛漫で。


 しょっちゅうドジなことするし、突拍子もないこともしちゃうけど。


 そんな一生懸命な姿を見ていたら、いつの間にか――見てるこっちの方が、笑顔になっちゃってる。



 宇宙一可愛い天使、ゆうなちゃん。

 その中の人――綿苗結花。



久留実くるみさん。昨日は電話に出られなくって、ごめんなさい」


 ちょこちょことリビングに入ってきた結花が、鉢川さんに頭を下げた。



「お話ししなきゃって、思ってたんですけど。動画がアップされたばっかりだったから……なんだかうまく、話せる気がしなくて……」


「いいのよ。事が事だからね。無事だったんなら、それだけでいいわ」



 そう言って、優しく微笑む鉢川さん。

 そんな鉢川さんを見て、少しだけ表情が和らぐ結花。


 取りあえず、結花と鉢川さんがソファに隣りあって座れるようにと、俺はカーペットの方へと移動した。


 そして結花は、ちょこんとソファに座ると。



「久留実さん。らんむ先輩は大丈夫ですか?」



 開口一番。

 自分のことじゃなく、先輩声優のことを尋ねた。



「動画はちょっとだけしか、観てないんですけど。らんむ先輩も、素顔が晒されちゃってましたよね? だからその、学校とか、色んなところとかで……困ってないか心配で」


「らんむとは昨日話したけど、大丈夫そうだったわ。確かに素顔をリークされはしたけど、スキャンダル的な内容が出たわけじゃないからね。そのくらいでダメージを受けるほど、やわじゃないわよ。らんむは」


 確かに。


 紫ノ宮しのみやらんむは――野々花ののはな来夢らいむは。

 演技に身を捧げると誓って、日常ですら『演技』をして生きてきた奴だからな。


 万が一、素顔バレの件で何か言われたところで、きっと「あははー」って笑いながら受け流すだろう。



「心配なのは、ゆうな。あなたの方よ」


 今度は鉢川さんが、結花に対して投げかける。



「ごめんなさい……いっぱい心配かけちゃいましたね」


 眉をひそめる鉢川さんに対して、結花は微笑を浮かべた。

 そして、鉢川さんをまっすぐに見つめて。



「久留実さん。『カマガミ』さんの動画は消えたって聞きましたけど、切り抜き動画はまだ残ってるんですよね?」


「切り抜き動画も、順次削除されてはいるわ。ただ、一件や二件じゃなかったから、まだ全削除はできてない。それでも、六条ろくじょう社長たちが動いているから、遠くないうちに――」


「その切り抜き動画、観てもいいですか?」


「え?」



 鉢川さんが、呆気に取られたように、大きく口を開けた。

 俺も絶対……同じような顔、してるけど。


『カマガミ』の暴露動画のことも、それが原因でクラスメートにスキャンダルを知られたことも、怖がっていたはずなのに。



 敢えてその動画を観たいだなんて――何を言い出すんだ、結花は?

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