第6話 【悲報】俺の許嫁の秘密が、学校で…… 2/2

 朝っぱらから大暴走したハイブリッド結花ゆうかのおかげで、悶死しかけたけど。

 俺はどうにか持ち直して、結花と一緒に家を出た。


 二人が交際中なのは、クラスでもオープンになったものの……さすがに同棲してるってバレるのはあれなので。


 カモフラージュとして、大通りに出るところで結花と別れて、校門のところで再度合流する形を取る。



「――あ。おはよう、ゆうくん!」



 校門をくぐると、眼鏡姿の結花が、パタパタ駆け寄ってきた。

 飼い主を見つけた小犬のような、純粋無垢な笑顔。


 ほんの数分前まで一緒にいたはずなのに、今日初めて会いましたみたいなテンションの結花が、なんだか微笑ましい。



「おはよう。おはようー」


 だけど俺は――結花のことが直視できなくって、思わず顔を背けてしまう。


 いや、だってさ。家を出る前に、セクシーポーズで悩殺しようとしてきた相手だよ?


 そんな相手と、平常心で接するなんてできるか?


 できるとしたら……そいつは人間じゃない、モンスターだ。



「おーはーよー。おはよ! おはよ? ……えへー、お・は・よ?」


 そうやって俺が、自分の煩悩と戦ってる間にも。

 結花が別ベクトルのパンチラインで、俺に精神攻撃を仕掛けてくる。



「ごめんごめん、結花。気付いてるよ? ちゃんと気付いてるから……取りあえずその挨拶攻撃、やめようか?」


「オハヨー、ユウカチャンダヨ」


「いいよ宇宙人は!? 聞こえてるってば!」


「……私には、聞こえないもん。遊くんからの、おはようが」


「うっ……」


「おはよう不足です。悲しい……これは、死んでしまうかもしれません。ぐえ」



 目をバッテンにして、「ぐえ」って顔をする眼鏡姿の結花。

 かつてクールだった学校結花が、とんでもないポンコツ少女と化している。


 分かった。全力で謝罪するから、それやめて?

 ギャップの高低差で、心肺が急停止しちゃう可能性があるから。



「――って、ちょいちょーいお二人さん! なぁにやってんの、こんなとこで?」



 そんな俺の背中をバシンと叩いたかと思うと、一人のギャルが結花に抱きついた。


 この陽キャなギャルの名は、二原にはら桃乃ももの

 特撮ガチ勢という隠れ特性を秘めた、結花の親友だ。



ゆうちゃん……もとい、可愛いお嬢ちゃん。どーよ? うちと一緒に、火遊びしない?」


「きゃー、ももちゃんに遊ばれるー。私には遊くんという、心に決めた人がいるのにー」



 くっついたまま茶番を言いあって、楽しげに笑ってる二人。

 二原さんはニコニコしながら、茶色く染めた長い髪を掻き上げる。



「あははっ! 今日も結ちゃん、めっちゃ可愛いねぇ。んじゃ、一緒に教室いこー? あ、佐方さかたも」


「ついですぎない? 俺の扱い」



 二原さんのいつもどおりな絡みが、なんだか胸に染みる。

 なんだかんだ俺も、『カマガミ』の動画の件で気持ちが落ちてたからな。


 ありがとう二原さん……なんて感謝しつつ。

 俺と結花と二原さんは、教室に向かった。



「おい遊一ゆういち! 昨日のアレ、どういうことなんだよ!?」



 そして――教室に入る直前。


 俺の悪友・マサが、廊下の向こうから全力疾走してきたかと思うと。


 その勢いのまま、俺にタックルを決めてきやがった。



「ぐほっ!?」


「きゃー、遊くん!? 倉井くらいくん……分かりました。次は、法廷で会いましょう」


「怖っ!? 綿苗わたなえさん! その格好でそのセリフは、マジで洒落になんねぇって!!」


「洒落にならんことしたんは、倉井の方でしょーが」



 加害者マサの頭頂部目掛けて、チョップを繰り出す二原さん。

 黒縁眼鏡の下で涙目になりながら、マサはその場にしゃがみ込む。



「ったく。お前は朝っぱらから騒がしいな……で? なんだよ、昨日のアレって?」


「何って、決まってんだろーが!! あの声優荒らしのMeTuber『カマガミ』がアップしやがった――和泉いずみゆうなの動画だよ!」



『カマガミ』。


 その名前に、俺は心臓が冷えていくような感覚を覚える。



「え、何それ? 『カマガミ』って、なんのことさ?」



 まったく事情が呑み込めてない二原さんが、結花に尋ねた。

 けれど結花は……言葉にできずにいる。



 ――――そのときだった。



 教室の扉が開いて、数人のクラスメートが駆け寄ってきたのは。



「あ、綿苗さん! ねぇ、綿苗さんって……声優やってたの?」


「学校のときと、声優のときで、あんなに見た目が変わるんだね。すごくない!?」


「あの彼氏って、佐方のことだよな? すげーな! 有名なファンっているんだな!!」



 飛び交う不協和音。


 息を吸おうとしてるのに、空気が重たくて、肺に流れてこない。



 そうして固まってる俺に向けて……マサがすっと、自身のスマホを差し出してきた。


 そこに映っているのは、『カマガミ』が昨日アップした暴露動画。

 その――切り抜き動画だった。



「……なんだよ、これ?」



 その動画には、結花が映っていた。

 眼鏡を掛けて、髪の毛をポニーテールに結った、制服姿の学校結花が。


 その下にはテロップで――『声優:和泉ゆうな』と書かれている。



 同じく動画に映っている、素の外見のときの来夢らいむにも、『声優:紫ノ宮しのみやらんむ』というテロップが出されていて。


 俺は……一応モザイクを掛けられてはいるものの、『和泉ゆうなのファン:恋する死神』というテロップが添えられていた。



「『カマガミ』の動画は消えたけどよ……その動画を観た連中が、こうやって切り抜きをアップしやがった。それを見たクラスの連中が、映ってるのが綿苗さんだってことに気付いて……俺が学校に来たときには、もう噂が広まってやがったんだよ」



 マサの言葉が――途中から聞こえなくなる。


 そんな俺を押しのけて。


 結花はその場から、逃げるように走り出した。



「あ、綿苗さん!?」

「待ってよ、ねぇー」


「――――ちょっと! あんたら、いい加減にしなよ!!」



 がやがやと騒ぐクラスメートたちを、二原さんが一喝する。

 間髪いれずに、そんな二原さんに加勢してくれるマサ。


 ありがとな……二人とも。


 二人の友人に感謝しつつ、俺は――結花の後を追って駆け出した。



          ◆



 学校を飛び出し、結花の姿を探す。


 すると、小道に入ったところでしゃがみ込んでる、結花の姿を見つけた。



「結花!」


 俺が慌てて駆け寄ると、結花は立ち上がって、俺の胸に飛び込んでくる。



「……ごめんね、遊くん。急に飛び出して、心配掛けちゃったよね。ただ、なんか……昔のことを、思い出しちゃって」



 ――――中二の頃。


「なんとなく気に食わない」なんて、本当にくだらない理由で、結花は一部の女子から嫌がらせを受けていた。


 そして、仲の良かった友達すら、離れていって。


 傷つき果てた結花は、やがて学校に通うことができなくなった。



 クラスメートが、今までと違う目で自分を見るようになる――それはきっと、そんな過去を思い出させる、恐ろしい光景だったんだと思う。



 分かるよ。

 だって……俺も同じ気持ちだから。



 ――――中三の十二月。


 俺は、当時好きだった相手――野々花ののはな来夢に告白して、フラれた。



 そして、たまたま目撃したらしい奴に、そのことを言いふらされて。


 俺がフラれたという事実は、翌日にはクラス中に知れ渡っていた。


 そして、からかいの的になった。



 さっきのクラスの雰囲気は……あのときの景色に似ていたんだ。


 思わず叫びたくなるくらいには。



「……ガラスの部屋の中に、戻っちゃったみたい」


 結花は震える声で、そう呟いた。



「みんなのことは見えるけど、近づくことができない……独りぼっちのガラスの部屋。また私、中学の頃みたいに――あの場所で泣いてるしか、できなくなっちゃうのかな?」


「そんなこと、俺がさせない」



 珍しく弱気になってる結花を見て。

 自分の中から、熱いものが込み上げてくるのを感じた。



「何があったって、俺だけは結花のそばを離れない。独りになんて絶対にさせない。結花が泣いてるところなんて――もう、見たくないから」



「ちょっとちょっと、遊一くん。俺『だけ』って何よ、『だけ』って」



 ――そのときだった。

 馴染みのある大人びた声が、聞こえてきたのは。



 結花と俺が、ほとんど同時に、声のした方に向き直る。


 そこにいたのは、ショートボブの髪型をした大人の女性――鉢川はちかわ久留実くるみさんだった。




「わたしだって、いるんだけど? わたしも最後まで、ゆうなの味方から揺るがないわ。独りになんて、絶対にさせない。だって、わたしは――マネージャーだもの」

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