第27話 泣きそうな夜でも、手を繋げば、きっと笑顔の虹が架かる 1/2

 暗い路地裏に座り込んだまま。

 俺は見上げるように、結花ゆうか来夢らいむのことを見ていた。



 ほどいた黒髪を、風になびかせながら。

 陽の光のような笑みを浮かべた、綿苗わたなえ結花こと――和泉いずみゆうなと。


 栗毛色のショートボブを、ぐしゃっと握って。

 月光のように儚げに立ち尽くす、野々花ののはな来夢こと――紫ノ宮しのみやらんむを。



「……なるほど。私と『恋する死神』さんが付き合ってるって知って、私たちが叩かれないようにって、気を回してくれたんですね。えへへー、らんむ先輩って、やっぱり優しいですねっ!」


「……ふざけないで。私は、優しくなんてない」



 ニコニコしている結花に対して、来夢は鋭い口調で応える。



「貴方に――和泉ゆうなに、勝手な期待を抱いて。くだらないゴシップが貴方に降りかからないようになんて、余計な手出しをして。結果的に、私に付き纏っていた輩が、貴方を標的にしてしまった……愚かすぎて、自分に嫌気が差すわ」


「ほら。私のこと、すっごく護ろうとしてくれてたんじゃないですか! ありがとうございます、らんむ先輩!!」


「御礼を言われる筋合いはないわ。結果がすべてよ。私のせいで、貴方と遊一ゆういちに不利益が生じたのだから――私はただの、疫病神でしかない」


「そんなことないですってば。結果とかじゃなくって、いっぱい考えてくれたことが、優しくて嬉しいって言ってるんですー」


「だから、気持ちがどうだろうと、結果がすべてだって言ってるでしょ! 考えるだけなら猿でもできるわ!!」


「強情だなぁ、らんむ先輩は」


「それはこっちのセリフなんだけど!」



 綿苗結花と野々花来夢の、格好のまま。

 和泉ゆうなと紫ノ宮らんむは、互いに意地を張り合った。


 そして、じっと見つめ合ったまま――。



「……ゆうな。どうして貴方は、自分のことを一番に考えないの?」


「え、そんなことないですよ? ゆうくんが大好きすぎて、いつだって甘えてますし。修学旅行とライブを両立するぞって言って、久留実くるみさんに迷惑掛けたこともありました。どっちかっていうと……わがままですよ、私」


「――貴方がわがままなら、私はどうなるの? 私はいつも、自分の夢のことだけを考えて生きてきた。私の生き方の方が、よっぽど……わがままでしょう?」


「んーと……らんむ先輩は、頑固です。いーっぱい頑固! スーパー頑固!!」


「……馬鹿にしているの?」


「怒ってるんですー! もっと頼ってくれたって、いいじゃんよって!!」



 なんという、子どもみたいな文句。

 思わず呆れちゃいそうになるけど……確かに、一理あるのかもな。


 野々花来夢は――普段は『来夢』を、仕事では紫ノ宮らんむを、ずっと演じてきた。

 そして、夢を叶えるために……他のすべてを捨てて、がむしゃらに努力を続けてきたんだ。誰にも本音を、語ることなく。


 そんな固い信念を持った生き方を、わがままだと非難することはできない。それだけ来夢は、自分を削りながら生きてきたんだから。



 だけど、確かに……頑固ではあるのかもな。



「……どうして誰かに、頼らないといけないの?」


 来夢がため息交じりに、言い放つ。



「自分たちなりの幸せを築いた両親は、周りから『愚か者』と嘲笑されたわ。世間一般の言う、エリートコースから外れた時点で……私の父は落伍者としか見なされなかった。そんな冷たい世界を、私は決して信じない。夢を叶えるのは自分。望んだ未来を掴むのも自分。私は――私だけしか、信じない」


「……そうやって、自分に言い聞かせながら生きてきたんですね。来夢さんは」



 来夢の頑なな言葉に動じることなく、結花は言った。

 その発言に、来夢は眉を吊り上げる。



「……それ、どういう意味?」


「世界は冷たいものに決まってるって、誰も信じないぞーって、そう自分に言い聞かせて――ガラスの部屋に閉じこもることを選んだんだなぁって。そう思っただけです」



 ――なんだか見てるこっちが息苦しくなる、そんな空気。


 だけど、こうなったときの結花って、意外と頑固だから。

 絶対に最後まで……来夢と向き合うことから逃げないんだろうなって、そう思う。



「……自分に言い聞かせた、ですって? まるで、本当はそう思ってないと言っているように、聞こえるけど?」


「はい。来夢さんはきっと、本当は誰かを信じたいって……ずっと思っていたはずです」


「勝手に決めつけないで。私は私のことしか、信じてなんて――」



「――本当に誰も信じていないんだったら。どうして遊くんのことを、好きになったんですか?」



 淀みない調子で、結花が来夢に問い掛けた。


 思わず俺は、来夢の方へと視線を向ける。



 そこに立っていたのは――『来夢』でも、紫ノ宮らんむでも、なかった。



 大きく見開いた目を、ゆらゆら揺らして。

 一文字に結んだ口を、苦しそうに歪ませて。



 一人寂しく佇んでいる……野々花来夢が、そこにいた。



「……やっぱり、結花さんってすごいわね。普段はへにゃへにゃしてるのに、こういうとき――痛いところを突いてくる」


「あれ? 今、馬鹿にしました?」


「してないわ。事実を言っただけよ、へにゃへにゃだって」


「失礼ですね、もぉ……来夢さんってば」



 むーっと頬を膨らませる結花を見て、来夢は少しだけ笑って。

 ふっと、顔を上げ……夕焼け空を、仰ぎ見た。



「遊一を好きになったのは――遊一が私に、とても似ていたからよ」

「……似てる? 俺と、来夢が?」



 正直、まるでピンとこない理由だった。


 中学生の頃の俺は、色んな奴らと絡んだり騒いだりして、今よりはみんなとコミュニケーションを取って過ごしていた。


 とはいえ、誰とでもそつなく話ができて、どんな場にも馴染んでいける来夢とは……似たタイプって感じでは、なかったと思うんだけど。



「……あははっ。ピンとこないか、遊一は」



 そんな俺の顔を見て、来夢が泣きそうな顔で笑った。


 そして――ポンッと。

 来夢は右手を、自分の胸に当てた。



「……中一で、初めて会った頃の遊一ってさ。『俺ってイケてるぜ!』みたいな感じだったでしょ? 男子とか女子とか関係なく、いっぱい話し掛けてて。テンションも高い方だったよね」


「えっと……大事な話なのかもしれないけど。できるだけ、控えめにしてくれない? ……黒歴史すぎて、死にたくなるから」


「私にとっては、黒歴史じゃないもの。そうやって、明るく振る舞ってる遊一なのに――ときどき、瞳の奥が泣いてるような。そんな瞬間が、何度もあったんだ。それが……私が遊一を、好きになった理由だよ」

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