第12話 なぜか許嫁が、絶対に俺をキッチンに入れてくれないんだが 2/2

 結花ゆうかはスマホをテーブルに置くと、スピーカー設定へと切り替えた。


『……もしもし兄さん。妖気を感じるし』



 意味不明すぎる第一声。俺は思わず、頭を抱えたくなった。


 声の主は、我が愚妹――佐方さかた那由なゆ

 普段はツンツン、ウィッグをかぶるとデレるという、ツンデレの奇行種だ。



「那由……お前、いつから妖怪になったんだよ?」


『はぁ? 失礼じゃね? 兄さんの方が、よっぽど妖怪っしょ。童の姿をした、女子の前でだけ萎縮する――妖怪DT』


「童貞を妖怪にカウントすんな! 世界中の童貞に怒られるぞ、お前!!」


『けっ』



 ――ちなみに俺と結花は、廊下に座ってるなう。

 普通に、めちゃくちゃ寒い。


 だけど結花がね……『お化け』を理由に、キッチンどころかリビングにも入れてくれないんだよね。


 もはや手作りチョコより、この状況の方がサプライズだわ。



『とにかく、やべー妖気の妖怪がいるわ。海外にいても感じるくらいだし、マジで』


「そんなレベルなら、除霊してもらわないとまずくない?」


『とりま、今日を凌げば、消えてなくなるんじゃね? 知らんけど』


「設定ガバガバだな!? 正直に答えろって、那由。結花から口裏合わせてとかなんとか、頼まれたんだろ?」


『……ちっ、うざ…………やばっ、うざ……』



 えっと、聞こえてるよ?

 やめてくんない? 小声でガチトーンの悪態吐くの。



「な、那由ちゃんっ!! これって、あれだよね? 今日はぜーったい、リビングに入んない方がいいんだよね!? ゆうくんだけっ!」


「なんで俺だけ!? 海外まで届くほど、強力な妖気を持った妖怪がいるんだろ!? 結花も入っちゃまずいでしょ、それなら!!」


「わ、私は平気なんだよっ! なんでかは分かんないけど、きっとそう!! ねぇ那由ちゃん、そうだよねっ!?」


『………………そうなんじゃね?』



 めちゃくちゃ間が空いたあと、那由がだるそうに言った。

 そろそろこいつ、面倒になってきてんな。



『……おっけ、分かった。一人だけ、除霊できる奴の心当たりがあるから。そいつに、折り返しさせるし』


「え!? 那由ちゃん、除霊は駄目だよ! 明日の朝までは、遊くんがキッチンに入ったら駄目だもんっ!! 遊くん、今のなしね? 除霊しない方向でお話ししよう!」



 結花、結花。

 那由のアドリブに動揺したとしても、それを言っちゃあおしまいだよ?



『ま、悪いようにはしないから。安心して待ってて、結花ちゃん。じゃ、兄さん……糖分過多で致死量に至れし』



 結花をいなしつつ、すごく遠回りな暴言を俺にぶつけて。


 那由はプツッと――通話を切った。



「どうしよう遊くん……このままじゃ、遊くんがキッチンに入れるようになっちゃう!」


「……えっと。妖怪以外に、何か入っちゃいけない理由があるの?」


「――――っ!! な、ないよ!? ぜーんっぜん、ないけど……入んない方がいいと思うなー? 入ると、大変なことになるんじゃないかなー?」



 下手くそかな?

 ここまで必死になってるのに、ずっとエプロンつけたままだし。


 結花があまりにも、隠し事に向いてなすぎて……一周回って、面白くなってきたよ。



 こうなったら仕方ないな。

 取りあえず――結花の気が済むまで、付き合うとするか。



「……あ。勇海いさみから電話だ」



 スマホの着信に気付いた結花が、再びスピーカー設定に切り替えた。

 聞こえてくるのは、男装コスプレイヤー義妹いもうと――綿苗わたなえ勇海の声。



『ふふっ……お困りのようだね、結花? 迷える子羊になった結花……そんな可愛い子羊ちゃんを、この僕が導いてあげるね?』

「はいはい。それじゃあ勇海、またねー」

『待って結花!? 前置きが気に入らなかったなら謝るから、ひとまず話を聞いて!』



 ……何がしたいんだ、こいつは。

 初手で結花をからかって、怒らせちゃう――今日も勇海は、通常運行だ。



「はぁ……で? 勇海は一体、なんの用なの?」


『那由ちゃんから、話は聞かせてもらったよ。キッチンに凶悪な妖怪がいるらしいね? ふふっ、任せて。僕がそいつを――除霊するから』


「お前かよ、那由の言ってた除霊できる奴って!?」



 那由の奴、一番押しつけやすい相手にぶん投げやがったな。


 だけどそこは、さすがの勇海。


 普段から結花に茶番を仕掛けるだけあって……やたら饒舌に、話を続けてくる。



『僕の力で、佐方家のキッチンに憑いた妖怪を――祓ってみせるよ。けれど、ここまで強大な相手だと、丸一日は掛かるかな。なので、遊にいさん? 今日は決して、キッチンに入らないでくださいね?』


「結花は?」


『……大丈夫です。だってこの妖怪――遊にいさんにしか、害を及ぼさないですから!!』


「なんだよ、その限定的な能力の妖怪は!?」



 まったくもって、めちゃくちゃな後付け設定だと思うけど。


 結花は「そう、それだねっ!」なんて喜んでるし。


 取りあえず、今日のところは――その流れに乗る形でいいよ。まったくもぉ。



          ◆



 ――俺にサプライズでチョコを手作りしたいという、結花の気持ちを汲んで。


 俺は「我が家のキッチンに、俺にだけ害をなすタイプの妖怪がいる」という、とんでも設定で手を打った。


 それで満足したらしく、結花はキッチンの方へと戻っていって。

 廊下に一人残った俺は、閉じられたリビングのドアを、ぼんやりと眺めている。



「まぁ実際、俺だって……結花の手作りチョコ、めちゃくちゃ嬉しいしな」



 ありがとう結花。

 明日を楽しみにしてるね。


 当日への期待を膨らませつつ、俺は二階に戻ろうと、踵を返した。



 ――――すると。


 結花の鼻唄が、キッチンの方から――聞こえてきたんだ。



「ふふーん♪ 遊くんへのー、手作りチョコー♪ 愛情たっぷり、チョコー♪」




 …………えっと。


 本当に隠す気、あるんだよね?

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