第11話 なぜか許嫁が、絶対に俺をキッチンに入れてくれないんだが 1/2

 二月十三日、日曜日。

 時刻はもうすぐ、二十一時になろうとしている。


 いよいよ明日は、バレンタインデー&結花ゆうかの誕生日。


 結花へのサプライズプレゼント準備計画は……まぁ、散々な結果に終わったけど。

 なんたって、結花の誕生日を初めてお祝いするんだから――喜んでもらえるように頑張らなきゃな。


 よーし。明日に備えて、今日は早めに寝よう。



 ――というわけで。

 俺は最後に水を一杯飲もうと、キッチンの方へと向かった。



「きゃー!! ゆうくんのえっちー!!」



 ……ただ、それだけだったのに。


 キッチンに入る直前のところで、俺はいわれのない罪をかぶせられた。



 そんな、とんでも濡れ衣を着せてきたのは、もちろん結花。

 その上、なぜか俺をキッチンから押し戻そうと、肩のあたりを押してくるし。



「……さすがに冤罪がすぎると思うんだけど。結花はどう思う?」

「えっちですっ! おとなしく立ち退きましょうっ!!」

「水が飲みたいんですが……」

「じゃあ、私が廊下まで持っていくから! 遊くんはー、どうかー、廊下にー、ご移動くださいー」



 俺の肩をぐいぐいっと押しながら、結花は強硬にそう主張し続ける。


 ……今日はやたら強引だな。


 まったくわけが分からないけど、まぁ結花のことだ。

 なにかしらの方法で、甘えてこようとしてるんだろう。きっと。


 ひとまず流れに身を任せることにして、俺はおとなしく廊下に出た。



「じゃあ、お水取ってくるから。ここで待っててね、遊くんっ!」



 俺が廊下に出たことで満足したのか、結花は声を弾ませながら、一人キッチンの方へ戻っていった。


 さて……今日の結花は、何を企んでるんだろうなぁ。

 そんなことを思いながら、結花の後ろ姿をぼんやり眺めていると――。


 ――ようやく俺は、結花がエプロンをしていることに気付いた。



「エプロン……だと……?」



 思わず独り言ちる。

 それと同時に、覚醒した俺の頭脳が、ひとつの結論を導き出した。



 バレンタインデーの前日。

 女子がキッチンで何かを作ってる。

 男子には秘密。



「こんなん、もう……手作りチョコしかないじゃんよ……」


 興奮しすぎたのか、結花の口調がうつってしまった。


 俺はいったん深呼吸をして、心を落ち着かせる。



 ――――つまりは、こういうことだ。



 結花は俺に内緒で、手作りチョコを作っていた。

 その現場に、何も知らない俺が入ろうとしたもんだから、結花は焦った。


 このまま俺がキッチンに入ってしまうと、チョコを作ってることがバレちゃう。

「これじゃあまずい!」――そう考えた結花は、慌てて俺のことを、キッチンから追い出したんだ。


 謎はすべて解けた。


 そして…………やっべぇ、めちゃくちゃ嬉しい!!



 これまでも、結花にドキドキさせられた出来事は、山ほどあった。

 だけど、バレンタインデーは――やっぱり男子にとって、特別だから。


 女子から本命チョコをもらって、嬉しくない男子なんていない。それが手作りチョコだったら、なおさらだ。



 ――モテない男子にとっては苦痛でしかない?

 ――企業の策略によって生み出された悪魔のイベント?



 うん。前にそんなこと言ったような気がするね。

 残念。ただの負け惜しみでした。


 自慢じゃないけど、俺はこれまでの人生で、本命チョコをもらったことなんてない。

 だから、とにかく――ドキドキして仕方ないんだ。



「ゆーうくーんっ! お水持ってきたよー!!」


 悶々とそんなことを考えていると、エプロン姿の結花が、コップを片手に戻ってきた。

 そしてニコニコしながら、俺にコップを差し出してくる。



 …………あれ?

 そこで俺は、あることに気が付いた。



「ねぇ、結花」

「はーいっ! 呼ばれました、結花でーすっ!! なぁに、遊くん?」

「いや、鼻先になんか付いてるよって……」

「うにゃあ!?」



 俺が指摘した途端、結花は両手でバッと、自分の鼻先を隠した。



「……んっとね、遊くん? これはね、えっと、ちがくって。キッチンで、何かが飛び跳ねて、お鼻についちゃっただけなの……」



 目を潤ませながら、おたおたと弁明する結花。


 あ……しまった。

 教えてあげなきゃと思って伝えちゃったけど、女子的には結構、センシティブな話題だったのかもしれない。


 ここはちゃんと、フォローしないとだな。


 分かってるよ、結花。

 チョコを手作りしてたら、それが鼻先についちゃっただけなんだもんね?



「大丈夫だよ、結花。分かってるから、今のがチョ――」

「――ちょ、ちょーこわーい!! ちょこー!! い、一体なにが飛び跳ねたんだろー!? なんだか嫌な予感がするなぁー!!」



 …………おや?

 結花のレスポンスの様子が……?



「えっと、ちょっと想定外の流れなんだけど……何を言ってんの、結花は?」

「え、えっと……あ、そうだ! 遊くん、これは――祟りだよっ!! 私の鼻先に何かが飛び跳ねたのは、祟りが原因なんだよ!」

「マジでなに言ってんの!?」



 ――許嫁がチョコを手作りしていると思ったら、祟られてました。


 なんだそれ。

 クソ脚本にもほどがあるだろ、そんなの。



「……まさか……」


 そこで俺は、ある考えに行き着いた。



 ひょっとして結花……まだ俺に、チョコ作りがバレてないと思ってて。

 明日のサプライズのために、どうにか誤魔化し通そうとしてるんじゃないか……?



「遊くん、祟りだよっ! このおうち……ううん。ちょうどキッチンのあたりに――凶悪なお化けが憑いてるんだよっ!!」




 ちょっと……いや、相当。


 明後日の方向な誤魔化し方だけど。

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