第9話 ギャルと二人で出掛けたところ、許嫁がとんでもない行動に…… 1/2

 二月十二日、土曜日。


 十四日のバレンタインデー&結花ゆうかの誕生日まで、残すところあと二日という、このタイミングで。

 俺は一人――ショッピングモールの入り口付近に立っていた。



 土曜日のショッピングモールなので当然、人混みは結構なもの。


 子ども連れの家族やら、カップルらしき人たちやら、色んなお客さんがそばを通り過ぎていくのを横目に……俺は壁に背中を預けたまま、ぽちぽちスマホを操作する。



『ってか兄さん、ちゃんと結花ちゃんの誕生日プレゼント買ったわけ?』

『ちょうど今、それを買いに来てんだよ』

『あっそ。で? 何買う気?』

『検討中。ちなみに那由なゆは、何がいいと思う?』

『お金。ただし、一生遊んで暮らせるレベルに限る』

『……他には?』

『は? じゃあ犬とか。従順な犬……もちろん、兄さんが犬になるんだけど』



 まるで参考にならなかった。


 まぁいいけど……最初から、那由がまっとうなアドバイスをくれるなんて、微塵も思ってなかったし。



 結花と同棲をはじめて、かれこれ十か月。

 これまでだってプレゼントを渡す機会は何度もあったし、そのたびに自分なりのチョイスをしてきた。


 だけど――結花のお父さんに、面と向かって結婚の話を切り出して。

 これまで以上に、結花との距離が深まったタイミングでの誕生日だ。


 そんな大事な局面でのプレゼントを……女性経験に乏しい俺が、果たして外さずに選べるだろうか?


 いーや、怪しいね。



 というわけで、今日は――アドバイザーに同行をお願いしている。

 そろそろ来る頃だと思うけど……。



「――やっほぉ! さっかたぁ!!」



 名前を呼ばれて、俺はパッと顔を上げた。

 ブンブンと両手を振りながら、こっちに走ってくるのは――陽キャなギャルこと、二原にはら桃乃ももの


 こんな寒さにもかかわらず、膝上のミニスカートを穿いて。

 それとは対称的に、上にはファー付きの厚手のコートを羽織ってる。

 上下の寒暖差がえげつないな。


 なんて思いつつ、駆け寄ってくる二原さんを見ていたら……黒いショルダーバッグにでかでかと、『dB』ってロゴが入ってることに気が付いた。



「お待たせー。ってか、めっちゃじろじろ見るじゃんー。なにさ、桃乃様のおしゃれJKファッションに、目を奪われちゃったん?」


「どっちかって言うとdBファッションでしょ……そのバッグ、『仮面ランナーボイスdBデシベル』のロゴ入ってるし」


「おっ、佐方さかたやるねぇー。そーそー、このバッグはコラボカフェに行ったときに買ったグッズ! んで、この服装はねぇ、新キャラ――仮面ランナーコンサートに変身するJKをイメージしてんの! まだ名前も不明な、あの謎の新キャラね!!」



 あー……なるほど。確かに、女子高生で仮面ランナーなんて、二原さんが絶対に真似したくなるタイプの新キャラだしな。


 相変わらずこのギャル、特撮ガチ勢が過ぎる。



「ま、それは置いといてぇ……今日は第二夫人のうちとぉ、ラブラブデートにぃ、行くんだよねー?」


「違うな!? そんな主旨で呼んだつもりはないよ!!」


「えー、つれないなぁ……ほら。いいおっぱい、ありますよん?」



 そう言って二原さんは、自分の胸を掴んで寄せてみせる。

 むにゅうぅぅ……っと、とんでもないことが起きる胸。


 きっと何本か、脳のシナプスが弾け飛んだぜ――なんて恐ろしい攻撃なんだ!



「……って、マジでやめて? 誰かに見られたら、人生が詰む系のいたずらは……」

「あはははっ! 佐方ってばウケるなぁ。ごめんごめん、ちゃんとするってぇ……ゆうちゃんの誕生日プレゼント選びを、アドバイスすりゃあいいんでしょ?」



 正直、二原さんを呼んだら、こんな感じになるとは思ってた。


 だけど――他に頼りになりそうな人が、俺の周りにいないんだもの。



  那由   → 論外

  勇海いさみ   → 論外

  鉢川はちかわさん → 百パーセント、妬みで怒る

  マサ   → 女子の欲しいものが分からない



 ……やっぱり消去法で、二原さんしかないんだよな。あくまでも消去法だけど。



「取りあえずさ。一定のソーシャルディスタンスを保って、まるで今日初めて出会った赤の他人くらいのテンションで、プレゼントをアドバイスしてくれないかな?」


「無理っしょ!? 怖いじゃん、突然アドバイスしてくる赤の他人とか!」


「じゃあ、少し離れた距離から、電話で俺にアドバイスを……」


「もー、佐方ってばさぁ。要はあれっしょ? うちと佐方が、二人っきりで秘密のデートをしてたって、結ちゃんに誤解されたくない的な」


「……まぁ、そうだね。マンガのベタな展開だと、ばったり彼女に見つかるとか、たまたま見てた第三者が勘違い情報を伝えちゃうとか、あるでしょ? そういうので、結花に嫌な思いをさせたくないから……」


「んじゃ、最初から結ちゃんに事情を伝えりゃよかったんじゃん?」



 …………確かに。


 プレゼントといえばサプライズという思いが先行しすぎて、そこまで頭が回らなかったよ正直。


 自分の気の利かなさに、ちょっとだけ落ち込む。



「――ふっふっふっふっ。お困りのようだね、そこの人?」


 そんな俺を見て、何を思ったのか……二原さんはドヤ顔になった。



「えっと……急に笑い出して、なに?」

「まぁね、こんなこともあろうかと思ってね? スーパーヒーロー桃乃様は……あらかじめ、手を回しておいたのさ!」



 二原さんは、得意げにそう言うと――後ろの木陰の方に向かって、手を広げた。


 そこには。


 ニット帽にサングラス。そして、膝あたりまであるロングコートを羽織った……結花がいた。



 ………ん? 結花!?



「結ちゃんが後から焼きもちを焼かずに済むように……今日の流れは、うちから説明済み! だから、ふつーに一緒に買い物しても、だいじょーぶっ! なんたって結ちゃんは、後ろからずっと見てっからね!!」


「いやいや! 主旨と違うよね、それ!? もうサプライズでもなんでもないな!?」



 そのタイミングでブルブルッと、俺のスマホが振動した。

 スマホを手に取ると、そこには結花からのRINEメッセージが。


『結花ちゃんは、なんにも知りませーん。あれー、今日はゆうくん、どこ行っちゃったんだろー? ショッピングモールかなぁ、違うかなぁ。分かんないなー?』




 ――――こうして。


 俺・結花・二原さんによる、サプライズという名の……普通の買い物がはじまった。



 なんという茶番。

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