第8話 【でるラジ】『ゆらゆら★革命』、先輩の番組でも暴れすぎ問題 2/2

 というわけで……気を取り直して。

 俺とマサと二原にはらさんは、高まる気持ちを抑えつつ、TVの前で正座待機していた。


 すると、画面が切り替わり――生配信が開始する。



「『掘田ほったでるラジオ 掘ったりほっといたり!』――はいはーい。皆さん、でるにちはー。パーソナリティの掘田でるでーす。いやぁ、最近なんか寒すぎない? おかげで、コタツから出られない生活をしてるんだけどさぁ――」



 画面に映ったのは、うちの許嫁がご迷惑ばかりお掛けしている声優・掘田でる。


 そしてこれは、彼女の冠番組『掘田でるラジオ 掘ったりほっといたり!』――通称『でるラジ』だ。


 月一回の生配信、しかも動画付き。

 小動物的な可愛さに定評のある掘田でるが、痛快な切り口でトークを繰り広げていくスタイルの番組で、掘田でるファンからは神番組と評されている……らしい。


 俺は初見なので、あくまでもSNS情報だけど。



「既にご存じかもですが。『でる』役として出演してる『ラブアイドルドリーム! アリスステージ☆』内で――わたし、掘田でるは! 『ゆらゆら★革命 with ゆー』というユニットに、参加が決定しましたぁ!! いえーい」



 自分の冠番組だからか、『アリラジ』のときよりもリラックスしてる感じだなぁ、掘田でる。

 だけど、まぁ……ここからが本当の地獄、なんだろうけど。



「今日はそんなユニットのメンバーが、ゲストに来てくれてまーす! じゃ、二人とも。入ってきてー」

「ええ――皆さん、でるにちは。紫ノ宮しのみやらんむです」

「み、皆さん!! こんにちアリ――」



 言い終わるより先に、紫ノ宮らんむがパッと、和泉いずみゆうなの口元を塞いだ。



「ゆうな。それは他ラジオの挨拶よ」


「ご、ごめんなさいっ! 私ってば、緊張しすぎて、間違えそうになっちゃって……」


「油断しすぎよ。もしも貴方が、最後まで言いきっていたとしたら――どんな事態が起きていたと思う?」


「え? えーと……掘田さんに、お仕置きされてた……?」


「……それも正解ね。苛烈なお仕置きが、待っていたことでしょう」


「おい!? 人聞きが悪いでしょーが!! 人の番組に遊びに来て、いわれのない風評被害を広めんじゃないわよ!」


「改めまして、でるにちは! 和泉ゆうなですっ!!」


「人の話、聞いてる!?」



 ……どうしよう。思ったより超高速で、『でるラジ』が和泉ゆうな&紫ノ宮らんむワールドに侵食されていく……。



「はい、じゃあ話を戻すけど――三人でユニットを組むことになったわけじゃん? わたし、こんなに練習量が半端ないユニット、初めて見たわけよ。それだけいいものに仕上がるだろうって、自負もしてるけど……まーじーで、きつい!」


「そうですか? 私としてはまだ、準備体操レベルでしかないと認識していましたが」


「恐ろしいこと言うわね、らんむ……ゆうなちゃんは、どうよ?」


「えっと……最近ちょっと、やる気がアップするような出来事があったんですっ! だから私は、めちゃくちゃ頑張りたいです! 増やしましょう、練習!!」


「良い意気込みね、ゆうな。それじゃあ明日から――三倍多い練習で、どうかしら?」


「ぎゃー!? あんたら実は、めっちゃ仲良しでしょ!? わたしだけ心身がすり減らされていくの、おかしいでしょーよ!」



 掘田でるには今度、何かおいしいお菓子でも送らせてもらおう。マジで。


 まぁ……こんな感じで。



 和泉ゆうなが天然なトークを展開して。

 紫ノ宮らんむが別ベクトルの妙な話をぶっ込んで。

 掘田でるが全力でツッコミを入れるという――いつもどおりなバランスで、『でるラジ』は愉快に進行していく。



「じゃあ、次のコーナーに行きまーす……『掘ったら出るのは、なーに?』!」



 掘田でるがコーナー名を読み上げたところで、俺はちらっと横を見る。


 二原さんはTVに向かって前のめりになりながら、真剣な表情で結花ゆうかを見守っていた。

 さすがは結花の一番の友達。なんだか見ていて、微笑ましい気持ちになる。



 一方のマサは――「ふぅ、らんむ様……最高だぜぇ……」なんて、ぶつぶつ呟きながらニヤニヤ笑ってる。

 さすがは俺の一番の友達。なんだか見ていて、どうしようもない気持ちになる。



「掘田さん。この箱って、なんですか?」


「この箱の中にはね、お題の書かれた紙が入ってんの。わたしが一枚引いたら、そのテーマについて三人で掘り下げていって、どんな零れ話が出てくるかな? ……っていうのをお届けしていくコーナーになりまーす」


「なるほど、大体分かったわ。まぁ、どんなテーマが出てこようと――私はいつだって、全力で応えていくだけよ」


「重すぎるって、エピソードトークへの意気込みが……まー、いっか。んじゃ引きまーす――『初恋』! はい、わたしの番組、おわったー!!」



 掘田でるのリアクション速度が、もはや芸人の域に達してる。声優なのに。


 とはいえ――嘆きたくなる気持ちは分かる。


 だってゲストが、和泉ゆうなと紫ノ宮らんむなんだぜ?

『初恋』なんてテーマ、大ごとになるに決まってるじゃん。


『でるラジ』スタッフは、ギリギリを攻めすぎっていうか……もう少し、掘田でるに優しくしてあげてほしい。



「はいっ! はいはーい!! 私、私が最初に答えたいでーすっ!」


「わたしの初恋は六歳のときでさ、相手が幼稚園の先生だったの。今はそーでもないんだけど、小さい頃はなんか年上好きで」


「はいはいはーいっ! 私の初恋は、結構最近ですねっ!! そして相手は」


「子どもの頃に見たら! 先生ってめっちゃ大人って感じなかった、感じたよね!? 自分が大人になると、大人の中身って意外と子どもだよなーって、思ったけどね!!」


「大人みたいに、すっごく格好いいーって感じるところと! 子どもみたいで、きゃー可愛いー食べちゃいたいーって思うところが!! どっちもあるんです、私の大好きな」


「はい、以上! 『掘ったら出るのは、なーに?』――のコーナーでした!!」


「待ってくださいよ! まだ『弟』の話、できてないんですけどっ!!」



 おそろしいほど巻いて喋ることによって、和泉ゆうなに話す隙を与えない。

 なるほど、これが掘田でる流の危機回避テクニックか。声優ってすげーな。


 ……本当にごめんなさい、うちの許嫁が。



「――私にとっての初恋は。声優になる以前の私の、墓標なのかもしれません」



 そんな、わちゃわちゃしている二人を尻目に。

 紫ノ宮らんむが、ゆっくりと……口を開いた。



「……墓標? らんむ、どういうこと?」


「私は器用ではないので……何かを極めようとするときに、他のすべてを捨てる生き方しかできない。だから、『演技』を極めると誓ったときから――私が恋をしているのも、愛しているのも、『演技』だけになりました」



 和泉ゆうなのとんでも『弟』トークから打って変わった、シリアスすぎる空気に、スタジオが水を打ったように静まり返る。



「だから初恋は……私の墓標です。声優になる以前、無邪気な好意を誰かに抱いて、無垢な幸せに胸を熱くしていた――そんな私が、初恋の場所に眠っている気がするから」


「…………今でもいますよ、きっと」



 重い覚悟の乗った、紫ノ宮らんむの言葉に対して。

 和泉ゆうなは、柔らかな笑みを浮かべながら――言った。



「辛かった思い出とか、後悔してた気持ちとか、そういうのは時間と一緒に……少しずつ消えていくかもだけど。成長して、自分が変わっていくっていうのは――過去の自分が、消えてなくなることじゃないから。だから、きっと……今でも心のどこかに、いると思いますよ? 無邪気で無垢だった頃の、小さならんむ先輩が」



 紫ノ宮らんむは表情を変えることなく……ただ黙って、和泉ゆうなの言葉を聞いていた。


 そんな、二人の顔を交互に見てから。

 掘田でるは、先輩らしい感じで――言ったんだ。



「……ま、二人ともまだまだ若いんだし。色んなことに悩みながら、自分らしく頑張ればいいんじゃない? それで――最後に笑っていられたら、それが正解でしょ。多分ね」



―――――――――――――――――――――――――――――


『即興でるでる三十秒』! 今日の三つのお題は――『石油王 美少女 お風呂』。



 むず……えっと。石油王になりたいよね、みんな!? 石油王になったら、そりゃあとんでもないお金が舞い込んできて、家は建てられる、好きなもの食べられる、働かなくてよし! いいこと尽くめだよね? それじゃあ、どうすれば石油王になれるか……それは、石油の美少女を手に入れること! 石油の美少女ってのは……あれよ、動物が美少女になってレースしたり、刀が美少年になって踊り乱れたり、そういう……擬人化! そう、石油の擬人化!! ある日、石油が美少女になって、あなたの前に現れました。そして彼女がお風呂に入ると、あら不思議――なんと、お風呂が石油でいっぱいに!! そうしてあなたは、石油王になりました。やったね!!



 ……はい! それじゃあゲストの二人に、十点満点で点数を付けてもらいます。


 合計は――九点!? ひっく!!



 ゆうなちゃん八点ね、ありがとう……で? らんむ、一点ってどーいうことよ!!


 ……どうして石油が美少女になったのか、そのディテイールが描かれてないから?


 即興三十秒の喋りで、そこまで盛り込めるかぁ!!



 ――――『掘田でるラジオ 掘ったりほっといたり!』。



          ◆



 そんなこんなで、『でるラジ』の生配信が終了して。

 俺たち三人は、放心したようにマサの部屋に座り込んでいた。



「……てか、今日のゆうちゃん、めっちゃ天使じゃなかった!? やば可愛すぎて、死ぬかと思った!!」


「今日のらんむ様……いつにも増して美しかったぜ。初恋は墓標か……すげぇな、あのストイックさ。俺もらんむ様を、墓標にすっかな……」


 人を墓標にするのは、迷惑だからやめとけ。マジで。



 ――――ブルブルッ♪



 ある意味、お約束なタイミングで……俺のスマホに、結花からの着信が入った。

 俺は通話ボタンを押して、スマホを耳に当てる。



「もしもし、結花? まだ楽屋とかじゃな――」


『きーいーたーなー? ゆうくんのー……ばーかっ!』


「理不尽だな!? いつもと違って、今日は結花が視聴してって頼んできたんでしょ! 先輩の冠番組に出るから、再生数上げて応援してほしいって!!」


『そーうーでーすーよー? 遊くんのー……ばーかっ! ばーか、ばか。えへへっ』



 明らかにかまってちゃん全開な感じで、そんなことを言ってくる結花。


 そうやって、満足するまで俺と通話してから。

 最後に結花は……ぽつりと呟いた。



『……ふへへっ。だってね? この流れが、私たち夫婦の――お約束じゃんよ。お約束は守った方が、絶対楽しいもんねーだっ! 遊くーん……すーきっ☆』

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