第29話 【この結婚の】父、語る【裏側で】 1/2

 結花ゆうかのお父さんから聞いたとおりだと思うけど……なんて軽い前振りから。

 ありえない爆弾発言をしやがった親父に、俺は呆気に取られてしまった。



「……今、なんて言った? 親父」


「この結婚は、僕がお願いしたことがはじまりなんだよ、息子! ……かな?」


「そこじゃねぇよ! その後だ、その後!!」


「――ああ。結花さんが『和泉いずみゆうな』さんだってことは、最初から知ってたよ?」



 なんだこいつ。

 さらっととんでもないこと言ってんの、分かってる?



「ちょい、父さん。結花ちゃんと兄さんを引き合わせるとき、あたしもそんなん、聞かされてなかったんだけど?」


「言ってなかったからね!」


「何こいつ、うざ……兄さん、一緒に埋めよう」



 OK、那由なゆ。久しぶりの兄妹協力プレイだな!

 なんて、俺たちが血気盛んになってるそばで――結花が戸惑いがちに言った。



「――お義父とうさま、聞いてもいいですか? 私が和泉ゆうなだって知ってた、ってことは……和泉ゆうなだから、お義父さまはこの結婚話を持ち掛けたってことなんですか?」


「いい勘をしてるね、結花さん。そのとおりだよ」


「そ、そうだったんですか……!!」


「まさか、そんな裏側があったなんて……僕も思わなかったです」



 結花と勇海いさみは素直に受け取って、びっくりした顔してるけど。

 俺と那由は、欠片も納得しちゃいない。



「いやいや。その理屈はおかしいだろ。親父の出世に響くからって理由で、政略的に結婚話になったって、そう言ってたじゃねーか」


「さすがにこれは、兄さんに同意だわ。ちゃんと説明しろし」


「え? そんなこと言ってないよ?」



 この期に及んで、まさかの言い逃れをはじめやがった。


 いやいや、絶対言ってたから。

 あまりにも衝撃的すぎて、最初に親父から言われた電話の内容――今でもちゃんと覚えてんだからな?



―――――――――――――――――――――――――



『父さんはな、大事な時期なんだよ。海外の新しい支所の重要なポジションを任されて、このまま出世ルートを歩むか、失墜して窓際に追いやられるか』


「うん。それで?」


『そんな中、父さんは得意先のお偉いさんと親しくなった。先方の娘さんは、高校から上京して一人暮らしをしているそうでな。男親としては、防犯とか悪い虫とか、色んな心配があるらしい』


「……なんとなく先が読めた。そのお偉いさんの娘が、俺の結婚相手なわけか」


『お前の結婚に、佐方さかた家の命運が懸かってるといっても過言ではない』



―――――――――――――――――――――――――



「――ほら。言ってないでしょ?」


 俺が当時の話を突きつけても、親父は何食わぬ顔でそんなことを言いやがった。



「言ってるじゃねーかよ……出世ルートを歩くかの大事な時期だって」


「うん。大事な時期だったからね、残業時間もとんでもないことになってたよ」


「そんな中、得意先のお偉いさんだった結花のお父さんと、親しくなったんだろ?」


「そうそう。仕事の打ち合わせの後の呑み会でね」


「で、結花のお父さんが、結花の一人暮らしを心配してて……俺の結婚に、佐方家の命運が懸かってるって……」



 ――――あれ?



 ここにきて俺は、なんだかうまく説明できなくなって、言葉に詰まってしまった。

 そんな俺を見ながら、親父は飄々とした態度で話をまとめはじめる。



「あの頃の僕は、出世の懸かった大事な時期だった。そして同じ時期に、綿苗わたなえさんと知り合って、結花さんの一人暮らしを心配してる話を聞いた。その二つは事実だけど――その二つが関係してるなんて、僕は言ってないでしょ?」



 …………マジかよ。

 親父のその言葉に、俺は愕然として二の句も継げない。



「兄さん、このペテン師に騙されんなっての。確かに、その二つが関係してるとは言ってないけど……『佐方家の命運が懸かってる』とか言ってんじゃん。それはどう説明するわけ、ペテン師?」


「えっと……取りあえず父さんのことをペテン師って呼ぶの、やめてほしいな?」



 親父は眉をひそめつつ、そう零してから。

 俺たちに向かって――言ったんだ。



「それじゃあ順を追って話すよ。この結婚が決まった、そのいきさつをね?」



          ◆



 ――――親父の話を聞きながら、俺は頭の中で整理していった。



 仕事の関係で東京に来ていた親父は、そこで初めて結花のお父さんと出会った。


 その後に開かれた宴席で、近くの席になった二人は……お互いに高校生の子どもがいるってことで、話に花が咲いたらしい。



 結花のお父さんは――声優デビューが決まって、高一から上京した娘の話を。

 親父は――父母の離婚と、中三での手痛い失恋から、三次元に興味をなくして『アリステ』にのめり込んだ息子の話を。



 …………なんか俺の心証最悪じゃない?


 って思ったけど、そこは怖いのでツッコまないでおいた。



 そんな感じで、親父が『アリステ』って名前を出したことで……結花のお父さんは、そこに出演している声優・和泉ゆうなが娘だって、教えてくれたらしい。


 そして、和泉ゆうなと聞いた親父は――それが俺の愛してやまない、ゆうなちゃんの声優だとピンときたらしく。

 そこそこ酔いの回ってた親父は、思いきってこう言ったんだとか。



「うちの息子は、ゆうなさんだけを愛して、今を生きてるんです! だから絶対に、娘さんを幸せにできるので――二人の縁談を考えていただけないでしょうか!!」



 ……どう考えても、ガチのヤバい人の発言だよな。


 しかも相手の息子が、ゆうなちゃんだけを愛して今を生きてるって。ヤバさとヤバさが掛け合わさって、天元突破してる。



 当然といえば当然なんだけど――その提案に対して、結花のお父さんは最初、難色を示したらしい。


 だけど親父は諦めず、俺のアピールポイントをたくさん伝えたんだとか。何を伝えたんだかは、怖すぎるから聞かないけど。



 それで、最終的には――。



 なんか、うまくまとまったらしい。




「――ちょっと待て。『なんか、うまくまとまった』って、なんだよ?」


 最後の最後をふわっと終わらすなよ。



「いやぁ。僕も最後の方は、かなりお酒が回ってたからねぇ。正直、ちょっとねぇ」

「……覚えてないってことかよ」



 どう考えても、絶対そこが一番大事なポイントじゃねーか。

 なのに、曖昧にまとめられてしまって……俺は愕然とする。



「まぁそんな感じで、『佐方家の命運』を懸けた遊一と結花さんのお付き合いがはじまった――ってわけだ!」


「待て待て、結局なにが『佐方家の命運』なんだよ!?」


「そりゃあ、遊一ゆういちが三次元に興味がないまま行くと――佐方家の跡継ぎが途絶えちゃうからね。この縁談に、佐方家が存続できるかどうか、その命運が懸かってるでしょ?」


「………ぐぬぬ。まぁ理屈は通ってるけど……」


「はぁ……なるほどね。この件も結局、野々花ののはな来夢らいむのせいだったってわけだ」



 何も言い返せない俺のそばで――那由がぼやいた。



「……いやいや。さすがにこれを来夢のせいにするのは、言い掛かりだろ?」


「言い掛かりじゃねーし。噂をばら撒いたのが、野々花来夢じゃなかったとしても……兄さんを勘違いさせる行動を取って、兄さんをとち狂わせて、佐方の家系を潰そうとしたわけっしょ? そんなん、傾国の悪女じゃん。マジ、クレオパトラ」



 めちゃくちゃな論理を展開してから。

 那由は俯いて――ギュッと唇を噛んで、言った。



「父さんは、確かにイミフだけど。三次元に興味なくなった兄さんを置いて、日本を離れんの……あたしだって心配だったし。だから、そんなん――野々花来夢のせいだし」

「……那由」



 今にも泣き出しそうな顔をしてる妹の頭に、俺はそっと手を乗せた。


 俺たちのやり取りを見守っていた結花も、てこてこと那由に近づいて、その身体をギューッと抱き締める。


 勇海は勇海で、同じ妹として思うところでもあったのか、自身の目元を拭ってる。



 そんな、少しだけ湿っぽい雰囲気になった廊下で――親父はというと。



「ああ、そういえば。ひとつだけ、綿苗さんが言ってたことを思い出したよ! 『私が結婚を認める前に、肉体関係を結ぶような軽薄な男であれば、絶対に許さない』……って」



 ――――再びとんでもない爆弾発言を、ぶっ込んできやがった。


 その瞬間、その場にいた全員の視線が一斉に……一人に向けられる。



「……え? 兄さんも結花ちゃんも、勇海まで。なんであたしのこと睨んでんの!?」


 視線を感じたらしい那由が、焦ったように声を上げた。



 焦るってことは、心当たりがあるんだろ?


 これまで散々、子作りがどうとかっていたずらを仕掛けてきた那由。

 それであやうく、俺たちの結婚がゲームオーバーになるところだったわけだが……どう思う?



「い、いやいや! 父さんたちのそんな内情、あたしが知るわけないっしょ!? いくらなんでも理不尽じゃね!? もぉ……ふざけんなし、マージーでっ!!」

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