第28話 【この結婚の】父、帰る【主犯格】 2/2

 ――というわけで。


 たまたま勇海いさみと同じタイミングで到着したらしい親父と那由なゆを、我が家に上げてから。

 俺は二階の自室に籠もってしまった結花ゆうかに、声を掛ける。



「結花、出ておいでって」


「…………死にたい」


「大げさだってば。うちの親父の非常識レベルに比べたら、さっきのなんかたいしたことないんだから」


「……勇海を道連れに、私は死ぬの……」


「え、僕も!?」



 振り返ると、そこには勇海と那由の姿があった。

 親父は親父で、少し遅れて階段をのぼってきている。



「ってか、どうすんのこの状況? 取りあえず、勇海は切腹しかなくね?」


「……勇海を介錯して、私も死ぬんだ……」


「ひぃ!? 結花が本気のトーンだ……ど、どどどどうしましょうゆうにいさん!?」



 いや、自分で蒔いた種だよね?

 そんな怯えるくらいなら、最初からからかわなきゃいいのに……相変わらずだな勇海は。



遊一ゆういち、随分と楽しそうに暮らしてるんだな。父さんは安心したぞ?」

「今、絶対そういうこと言う空気じゃないからな? 今度は親父を閉め出すぞ?」



 ふざけたことを言ってくる親父に、辛口のツッコミを入れてたら。

 俺を押しのけて、那由が――結花の部屋のドアの前に立った。



「ったく、しゃーない。ここはあたしが、一肌脱ぐわ。兄さん、あとで金塊千トンね?」


「なんだその、聞き慣れないねだり文句……俺はお前が一肌脱ぐのが、恐ろしく不安なんだけど?」


「はぁ? うざ……マジないし。この中で誰が、一番うまく結花ちゃんを説得できると思ってんの? 勇海の億倍、あたしの方がマシじゃね?」



 いや、現状は勇海じゃどうしようもないけど。

 普段の行動がアレな点は、那由も勇海も、たいして変わんないからね?



「ま、任しといて。クリスマスの恩もあるから――ちゃんとやるし、マジで」


 そしてコンコンと、結花の部屋のドアをノックする那由。



「結花ちゃん、問題。部屋の前には、誰がいるでしょう?」


「那由ちゃんと遊くん、それから……いーさーみー……」


「ぼ、僕だけなんで、そんな呪いの声みたいに呼ぶの!?」


「勇海、うっさい。黙って寝てろし」



 結花ってば、親父が二階に来てるって気付いてないのか。

 そんなことを考えてる俺に、那由が目配せをして、首を横に振る。


 よく分かんないけど那由の奴……それを確認するために、最初の質問をしたっぽいな。



「んじゃ、結花ちゃん。改めて聞くけど……なんでそんな落ち込んでるわけ? うちの父さんなら、あんなん気にするようなまともな人間性、持ち合わせてないけど?」


「――そうは言うけどさ。ちゃんとしたご挨拶、したかったんだもん……遊くんのお嫁さんとして」



 結花が消え入りそうな声で答えた。

 そんな結花に対して、那由は珍しく優しい声音で語り掛ける。



「なるほど。お嫁さんとしてのプライドとか、そういう感じ?」


「プライドじゃないけど……しっかりしたお嫁さんを、見せたかったの。遊くんと離れてても、安心して大丈夫ですよお義父とうさまって……そんな風に、思ってほしかったんだ」


「そっか。兄さんのことが好きだもんね、結花ちゃんは」


「……うん。大好き」



 本当に純粋な気持ちを零す結花。

 そんな結花に向かって、那由は尋ね続ける。



「じゃあ、聞くけど。結花ちゃん、兄さんのどんなとこが好きなわけ?」


「そんなの、いっぱいありすぎて言いきれないけど……えっと、まずは優しいところかな。いつも私のこと大切にしてくれるし、那由ちゃんとか、家族のことも大切にしててー、えへへっ……もう、絵本の中の王子様みたいなんだよねっ」



 結花、結花。


 俺がここにいるって分かってて、発言してるんだよね?

 俺を照れ死させるつもりなの、なんなの?



「格好いいとこも好きっ! 見た目も格好いいけど、内面なんかスーパーイケメンなんだもん!! だけど、ときどき可愛くって……ふへへっ、食べちゃいたくなるの。格好よくて可愛いとか、もはや神話の世界だよねっ!!」



 やめよう、この話。

 もう俺の致死量をとっくに超えてるから。



「それにね、遊くんはね。いっぱい辛いことを経験して、だけどずーっと頑張ってきたでしょ? だから……もっと甘えたかったよーって。そんな風に思ってる気がするんだー。そんなところもね、可愛くって――抱き締めたくなっちゃうの」



 結花の言葉に……俺はクリスマスの夜を思い出す。


 泣きじゃくる那由を優しく撫でていた結花に。

 笑顔で俺を支えてくれた結花に。


 たしかに俺は無意識に――遠い昔の母さんの姿を、重ねちゃったんだよな。



 うん。それは認める。

 認めるけど……これ以上は恥ずかしいから、マジでやめてほしい。


 けれど、一度火のついてしまった結花が、簡単に止まるわけもなく。



「そんな遊くんを、私はいっぱい癒してあげたいし。一緒に楽しい想い出も、作っていきたいんだ。うまくまとめられないけど、とにかく――私はそんな、色んなところがある遊くんのことが、大好きなんだっ!」


「――ありがとう、結花さん。遊一を、そこまで想ってくれて」



 那由と結花の会話を黙って聞いていた親父が――ふいに、言葉を発した。

 それを聞いた結花は……なんかドタンバタンと大きな音を立ててから、ガチャッとドアを開けて飛び出してくる。



「お、おおおお義父さま! た、大変な失礼をいたしました!! 私は綿苗わたなえ結花でして、遊一さんのことが大好きでして、えっとえっと……」

「大丈夫だよ、結花さん。君の気持ちは、よく分かったからね」



 テンパりまくってる結花に、笑顔のままそう言って、親父は俺の方を振り返った。



「いやぁ。二人の生活がうまくいってるみたいで、父さんは嬉しいよ」


「……嬉しいよ、じゃねーよ。俺たちになんか言うことがあるだろ、親父」


「言うこと――そうだね。綿苗さんから聞いたとおりだと思うけどね?」



 飄々とした態度で、軽口を叩いてから。

 親父はわざとらしく、こほんと咳払いをして――この結婚の真実を、語りはじめた。




「綿苗さんから聞いたと思うけども。この結婚の話はね……僕がお願いして、はじまったものなんだ。結花さんが――『和泉いずみゆうな』さんだって、知った上でね?」

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