第20話 俺の黒歴史が、二年振りに目を覚ましたんだ 2/2

 四人掛けのテーブル席。


 窓際に俺が、その隣に結花ゆうかが座って。

 俺の向かい側にはマサ、結花の向かい側には二原にはらさんが、それぞれ腰掛けて。


 いわゆるお誕生日席の位置に、木製の椅子を追加で置いて――来夢らいむが座っている。



「あははー。桃乃ももの、全然変わってないね? 懐かしいなー」


「人のこと言えないっしょ。来夢こそガチで……なんも変わってなくね?」


「そうだねぇ。あたしって、あんま難しいこととか考えないもんなー。中学の頃から全然、成長してないだけかも」


「飄々とした顔でいたずらみたいなの仕掛けんのも、変わんねぇな。来夢」



 コーヒーを啜りながら、しみじみと言うマサ。

 そんなマサを見ながら、来夢は「あははー」と楽しそうに笑った。



「確かにー。さっき結花さんにやったみたいな感じで、よくみんなにドッキリ仕掛けてたっけ。懐かしいなぁ……あたし、本気で成長してないね?」


「本当にびっくりしましたよ……来夢さん、ぜんっぜん顔に出さないんですもん」



 両手でコーヒーカップを持ったまま、結花がむぅっと唇を尖らせる。

 一方の来夢は、ニコニコとした笑顔のまま、ウインクをした。



「あたし、昔から『演技』だけは得意なの。一応これでも、中学は演劇部だったしね」


「え、そうなんですか!? わぁ……なんだか親近感が湧きますっ!」


「へぇ。結花さんも演劇やるの?」


「……あ。いや、そーではないんですけどね……」



 しどろもどろすぎて、怪しいよ結花……。


 テンションが上がると、すぐ喋りすぎちゃうんだから。

 さすがに、初対面の相手に向かって、自分が声優って暴露しそうになるのは、気を付けてほしい。



「結花はえっと……やったことないけど、演技とかに興味あるんだよ。ね、結花?」

「そ、そうなんですっ! うまく演技ができる人って、尊敬しますっ!!」



 俺が慌てて助け船を出すと、結花はわたわたしながら、なんかガッツポーズを決めた。

 挙動不審ではあったけど、来夢は特段気にした様子もない。



「あははー。そこまで言われるほどかってなると、自信ないなー」


「そんなことねぇよ。演劇やってるときの来夢って、なんていうか……普段とは全然違ったっていうか」


「うまいとかじゃなくって、もはやホラーレベルだったっしょ。うち、文化祭でやってた来夢の魔女役、ガチの魔女かと思ったもん」


「あー。あれは結構、頑張ったからねー、あたし」



 えっへんと胸を張ったかと思うと。

 来夢はふっと――すべてを凍らせるような、冷たい目つきに変わった。



「――愚かな人間ども。もはや貴様らの未来に、光などありはせぬ。絶望しろ……そして泣け! 叫べ!! 貴様らの顔が恐怖で歪むその姿を、わらわは何千年も待ち続けたのだからなぁぁぁぁぁぁぁ!! あはははははははははははははははッ!!」



 シンッ――と。


 静まり返る、喫茶『ライムライト』の店内。



 張り詰めた空気の中、来夢はパチッと切り替わるように、もとの笑顔に戻ると……ぺろっと舌を出した。



「あ、やりすぎちゃったね……ごめんごめん」

「――来夢! あんた、お客さんが引くようなことしないの!!」



 カウンターの奥の方から、来夢のお母さんのお説教が聞こえてきた。

 来夢が「はーい、ごめんなさいー」と声を張ると、カウンター席にいる常連さんたちは慣れたことなのか、和やかに笑った。



「こんな感じで。あたしは相変わらず、ふわふわーっと生きてまーす」



 いつも楽しそうに、ケラケラと笑って。

 冗談を言ってみんなを笑わせたり、反対にみんなからツッコまれたり。


 そうやって、どんなときも周りの『空気』に溶け込んでいく、不思議な存在。



 ……何も変わってないんだな。



 陽キャぶってた、痛々しい黒歴史時代の俺が好きになった――あの頃の野々花ののはな来夢と、何ひとつ。



遊一ゆういちは、なんか変わったね」

「…………え?」


 そんな俺の心でも見透かしたみたいに、来夢が何気なく言った。



「桃乃も雅春まさはるも、昔とあんまり変わんないなーって思ったけど。なんだか遊一だけは、変わったなって。昔の遊一だったら、さっきみたいにあたしがやりすぎたら、ツッコミ入れてくれてたもの」


「そう……だったかもな」



 覚えてる。


 マンガやアニメが好きなのは、今と同じだけど。

 今と違って、あの頃の俺は……クラスの大半の連中と盛り上がれてたし、女子に対してだって気軽に話し掛けてた。


 オタクで陽キャ。イケてるクラスの人気者。選ばれた存在。


 そんな風に――自分を高く見積もっていたんだ。



 ――――中三の冬までは。



「なぁ、来夢。なんで遊一が変わったか……勘のいいお前が、分かんないわけねぇだろ」


 二の句が継げない俺に代わるように、マサが少し強いトーンで言った。

 けれど、来夢は表情を崩さず答える。


「うん。でも、それをあたしから切り出していいのかなって」



 そして来夢は、二原さんの方に視線を向けた。



「なんとなくは、桃乃からRINEで聞いてるよ? 二年振りくらいのRINEだったから、少しびっくりはしたけどね。だけど、もし桃乃から連絡が来るとしたら――中三のときのことだろうなとは思ってた」

「…………」



 二原さんは自分の膝に手を置いたまま、無言で来夢を見つめている。

 唇をキュッと噛み締めて、肩を僅かに震わせながら。


 中身はともかく、いつも陽キャなギャルって感じで振る舞ってる二原さんが……こんな顔をするなんて。



「――ももちゃん。だいじょーぶだよっ!」



 そんな、張り詰めた空気になっていたときだった。

 結花が……満開の笑顔で言ったのは。



「桃ちゃん、ゆうくんと私のために、いっぱい悩んでくれたんだよね? ありがとう……そういう優しい桃ちゃんが、私は大好き」


「……うちは、別に……優しくなんてないよ……」


「優しいよ桃ちゃんは。もちろん、倉井くらいくんも! 今日だって一緒に来てくれて、本当にありがとうっ!! あ、でも、ごめんなさい……私には遊くんっていう、心に決めた世界で一番好きな男の子がいるから……いい人だなとは思ってるけど、桃ちゃんに好きって言うみたいなことは、絶対にできないです……」


「なんで俺、フラれたみたいになってんの!? いいよ別に言わなくて!! いっそ傷つくわ、そんな真面目に説明された方が!」


「……ぷっ! あはは、倉井ウケるー!! ゆうちゃんって、ほんっと最高だね?」



 ――――場の空気が、一転して明るいものに変わる。


 まるで春が来て、花が芽吹いていくときみたいに。


 そして結花は、いつもどおりの笑顔のまま、俺の膝にポンッと手を乗せた。



「何があったって、私はずーっと、そばにいるから。だから……遊くん」

「……ああ。ありがとう結花」



 ちゃんと伝わったよ、結花の気持ち。


 古傷になってる過去と向き合うために。未来に向かって進むために。


 みんなに支えられて、俺はここに来たんだ。



 だから――結花と一緒に笑うために。


 俺は勇気を振り絞って、言った。



「なぁ来夢。教えてくれ……中三の冬のときのことを。俺の告白を断った後、どうして来夢は――噂を広めたりしたんだ?」



 ――――言葉にした瞬間、あの日の教室が頭の中に蘇ってくる。



 息苦しくって。弱い自分が、答えを聞きたくないって思ってるけど。

 それでも俺は、来夢から――目を逸らさなかった。


 一方の来夢も、まっすぐな瞳で、じっと俺のことを見つめている。



 それからしばらくして、来夢は……ふっと目を閉じた。



「桃乃。まずは、今まで『秘密』を守ってくれて、ありがとうね」


「……約束を破んのは、うちの信条に反するから、しょーがないっしょ。けど、マジな話……鬼のようにきつかったわ」


「うん、そうだよね。分かったよ。今日で『秘密』は――終わりにしよっか」



 そう宣言すると、来夢は目を開けて、胸の前で両手をポンッと合わせた。


 そして、小首を傾げ――穏やかに微笑んで。




「それじゃあ、話すね? 遊一があたしに告白してくれたときのこと――中三の冬の、すべてのことを」

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