第19話 俺の黒歴史が、二年振りに目を覚ましたんだ 1/2

 結花ゆうかに思いっきり手を振られながら、俺は二原にはらさんとマサと一緒に、喫茶『ライムライト』に入店した。


 土曜日にもかかわらず、常連っぽいお客さんが二人、カウンター席に座ってるくらいで、チェーン系にありがちなガヤガヤした感じはない。


 俺たちは窓際のテーブル席に座ると、取りあえずメニュー表を広げた。

 そこに年配の女性店員さんが、人数分の水を運んできてくれる。



「いらっしゃいませ……あら? 桃乃もものちゃんじゃない」



 途中から素に戻ったように、店員さんは声を上げた。

 二原さんはちょっと気まずそうに、笑顔を作って。



「ご無沙汰してます、来夢らいむのお母さん」


「本当に久しぶりねー。中学のときは、ときどき遊びに来てくれてたけど……そっか、もう二年も前なのね。綺麗になっちゃって」


「あははっ、ありがとうございます」



 夏休み前、一度だけこの店に来たとき、俺と結花も会ったことがある。向こうはたった一回来ただけの客なんて、覚えてないだろうけど。



 そう、この人は――喫茶『ライムライト』の店長、野々花ののはなさん。


 野々花来夢のお母さんだ。



「んっと……来夢って、奥にいます?」

「来夢? 桃乃ちゃん、ひょっとして来夢と約束してるの? もー、あの子ったら……そういうこと、全然教えてくれないんだから」



 呆れたようにため息を漏らしつつ、来夢のお母さんはぼやいた。



「さっき、ふらっと出掛けていったのよね。約束してるんだったら、おとなしく待ってればいいのに」


「ただいまー」



 そんな、本当に他愛ない会話をしていたところに。

 カランカランという、入店を知らせる鈴の音が鳴り響く。



 視界に飛び込んできたのは――栗毛色のショートボブの少女だった。



 くりっとした大きい瞳。少し太めの眉。

 だぼだぼの黄緑色のスウェットは膝あたりまであり、そこからほっそりとした生脚が露わになっている。


 多分ショートパンツでも穿いてるんだろうけど、スウェットに隠れてしまっていて、パッと見では分からない。


 そんなラフな格好をした、ほわっと和やかな雰囲気を纏った彼女は。



 あの頃とまるで変わらない――野々花来夢、その人だった。



「ごめん桃乃ー。お店の前で話し込んでたら、遅れちゃった」


 あっけらかんとした態度でそう言うと。


 来夢はくいっと手を引いて――もう一人、店内に招き入れた。



「――――!? 結花!?」



 思いがけない光景に、俺はつい大きな声を出してしまう。


 だって、来夢が招き入れた彼女は。


 紛れもない、俺の許嫁――綿苗わたなえ結花だったんだから。



「わっ!? え、えーっと……ワタシは結花ではないデース。人違いデース」


「変な語尾つけても無理だよ!? どういう状況なの、結花!?」


「……来夢。あんた、なんでゆうちゃんと一緒に入ってきてんのさ?」


「んー? なんで、かぁ……そうだねぇ」



 にこやかな表情を崩すことなく。

 来夢はポンッと両手を合わせて、なんでもないことのように言った。



「せっかくの機会だし、どうせなら遊一ゆういちの彼女さんも一緒に話せた方がいいかなーって思ったから……かな?」



 ――――遊一の彼女さん。


 二年振りに会った来夢が、当たり前のようにそう言ったことに、俺は驚く。


 そして、来夢の隣に立ってる結花は……。



「え? え? ら、来夢さん? あなたが……来夢さんなんですか!?」


「あははー。ごめんね、びっくりさせちゃった? そうなんだー、あたしが野々花来夢なんだよ」


「……二原。来夢に綿苗さんのこと、教えてたのか?」


「や。結ちゃんのことは、特に……」



 マサと二原さんが、小声でひそひそ話しているのを見て、来夢はなんだか楽しそうに笑った。



「そうそう。桃乃とは、今日会うって約束をしただけ。遊一に彼女さんがいるなんて話、全然聞いてなかったよー。だけどほら、昔からあたし、勘が鋭いってよく言われてたじゃない? 遊一たちと話してるところを見て、ひょっとして……って勘が働いて、カマかけたんだよー」



 それから、来夢は。

 両手を合わせたまま、小首を傾げるようにして――微笑んだんだ。




「挨拶が遅くなっちゃったね。初めまして、遊一の彼女さん。それから……本当、久しぶり。元気だった? 桃乃も雅春まさはるも……遊一も」

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