☆黄色いゼラニウムが咲いてる☆
それから、パタンッとドアが閉まったところで。
はぁ~~……って、思いっきりため息を吐き出しちゃいました。
「……帰ったら、思いっきり甘えちゃうんだからね。遊くんの、ばーか」
遊くんが悪いなんて、これっぽっちも思ってないけど。
遊くんが前に進めるかもなチャンスをくれて、桃ちゃんにも感謝なんだけど。
どーしても……理不尽な焼きもちさんになっちゃうんだよね。
私ってば、独占欲強いのかもなぁ。
でも、後で甘やかしてくれるなら我慢できるし――これくらいの焼きもちだったら、いいじゃんね?
そんな感じで、自分の中で気持ちを整理して。
「遊くん、頑張ってね!」の念を、うにゃーっと喫茶店に向かって送ってから。
私はファミレスで時間を潰そうって、踵を返しました。
「あれ? お茶して行かないんですか?」
――そこに立ってたのは。
栗毛色のショートボブの、ほわっとした雰囲気の女の子。
私と同い年くらいかな? 目がくりっとして大きくて、すっごく可愛い……。
「あ。いきなり話し掛けちゃってごめんなさいね? でも、ここの喫茶店のコーヒー、とってもおいしいんです。他のお店に行ったら、もったいないですよー?」
「え、えっと……そうなんですね。ど、どうしよっかなー……」
うう、勧められちゃうと弱いんだけど……中では遊くんたちが、
「あれ? なんだか勧めちゃまずい感じでした? さっき入ったお客さんたちに手を振ってたから、てっきりお友達なのかなーって思ったんですけど」
「い、いえ。友達は友達なんですけどね? ちょーっと入りづらいっていうか……」
「っていうか、眼鏡をしてなかった方の男の人、彼氏さんですよね?」
「はい、そうですっ!」
あ……やっちゃった。
コミュニケーションが下手っぴすぎて、つい口が滑っちゃうんだよね……知らない人だからって、よくないぞ私。
「やっぱりー。お似合いな感じだったんで、そうだと思いましたよー」
「お似合いですか、私たち!?」
あ……またやっちゃった。
内心凹んじゃう私だけど、その子は楽しそうに「あははー」って笑ってる。
「よっぽど彼氏さんのことが好きなんですね。どんなところが好きなんですー?」
「え、えーっと……すごく優しい人、なんです。私が辛いときとか、泣きそうなとき、何も言わなくっても頭を撫でてくれたり……そうじゃないときは、一緒に笑ってくれたり」
「うんうん」
「……そんな素敵な人なんですけどね。なんだか心の奥の方に、『寂しい子ども』がいる気がするんです」
「寂しい子ども?」
「はい。これまでいっぱい辛いことを経験して、それでもいっぱい頑張ってきた人だから――もっと甘えたかったよーって。ちっちゃい彼が、泣いてる気がするんです」
――遊くんの心の傷は、来夢さんのことだけじゃない。
クリスマスのとき、私の胸に顔を埋めて寝落ちた遊くん。
あのとき、思ったんだ。
遊くんの中には今でも……いなくなったお母さんに甘えたかった、ちっちゃな遊くんがいるんだって。
「そんな寂しい心を、癒してあげたいって思ってるの?」
さっきまでと同じトーンで、ショートボブの女の子は聞いてくる。
…………なんだか不思議。
初めて会った人のはずなのに。普通の高校生って感じの女の子なのに。
なんで私――こんなに自分の気持ちを、話せるんだろう?
「はい、癒したいです。それで一緒に笑っていられたらいいなって……そう思うんです」
「優しいんだねー。あたしは、自分のことで精一杯だから――素直に格好いいと思う」
そう言って、彼女は朗らかに笑うと、私の手を取った。
そして私は、手を引かれるままにくるんっと回って――喫茶『ライムライト』の方に向き直る感じになっちゃった。
「ねぇ、よかったら一緒にお茶しません? あなたの話、もっと聞きたいなーって」
「えっと、でも……」
「コーヒー奢っちゃいますよー? あと、おいしいケーキもおまけしちゃいます」
「う、うーん……」
ここまで押されちゃうと、弱いんだよなぁ私って。
それに、私もなんだか……この人ともう少し、お話ししてみたいし。
「じゃあ、少しだけ……で、でも! 彼と離れた席じゃないと、ちょっと話しづらいなーって」
「うん、了解ー。それじゃあ、行きましょー」
そうして、お店に入ろうとしたところで。
私はお店の隅にひっそりと、黄色いゼラニウムが咲いてるのを見つけました。
……あれ、なんのマンガだったかな?
黄色いゼラニウムの花言葉が、物語の鍵になるシーンがあったんだよね。
それで覚えたんだよ。そう、確か花言葉は――。
――――『予期せぬ出逢い』。
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