第5話 初詣に行くとき、一番ご利益がある振る舞い方を教えてくれ 1/2

 年越しを楽しく過ごした後、遅めの睡眠を取って。

 元日の昼過ぎになってから、俺と結花ゆうかは――新幹線に乗った。



「えへへー、ゆうくーん! 明けましておめでとー!!」


「うん。明けましておめでとう、結花」


「……ふへへー。明けましておめでとう、明けましておめでとう!」


「はいはい。おめでとう、結花」


「わーたーしーはー、宇宙人だー。あーけーまーしーて、おーめーでーとーうー」


「……えっと。そんなに新年の挨拶のおかわりされても、困るんだけど」



 新しい年に盛り上がってるのか、二人で新幹線に乗ってることに盛り上がってるのか、分かんないけど。


 今日の結花はこの上なく、テンションが跳ね上がってる。


 五分と静かにできないし、ひたすら俺に話し掛けては「にへー」って笑ってるし。

 旅行のときの子どもですら、ここまで大はしゃぎしないんじゃない?



 年が替わっても、結花は相変わらず無邪気全開だな。


 なんて……ぼんやり考えていると。


 結花が俺の頬をぷにゅっと、人差し指でつついてきた。



「遊くん、なんだかお顔が硬いですねー」


「多分、肌質の問題じゃない? 触ってみて硬いんだったら」


「そうじゃないってば。いつもより表情が、カチコチしてるって言いたいの! なんていうか……学校のときの、私みたいに」



 結花に言われて、軽く自分の顔に手を当ててみる。


 ……ああ、確かに。

 無意識だったけど、言われてみると、いつもより頬が引きつってたかもしれない。



「緊張してる……んだよね? 遊くん」


「いや……許嫁の両親に会うんだから、そりゃあさすがにね。どこぞのイケメン男装義妹と比べても、ハードルは全然高いし」



 特に交際相手の父親との対面とか、緊張レベルが半端ないからな。


「貴様に娘は嫁にやらん!」とか、「娘が欲しいなら、一発殴らせろ!」とか言われるんでしょ? マンガで読んだことあるから、知ってる。



 とはいえ……俺と結花の婚約に関しては、親父の得意先に当たる結花のお父さんから、持ち掛けられたものだし。そんな大変な事態にはならないだろうけど。



「――だいじょーぶ。私がちゃんと、そばにいるよ」



 優しい声でそう囁くと。


 結花はギュッと、俺の手を握って――満開の笑顔で、言ったんだ。



「だーかーら……一緒に笑って、挨拶しよ? ね、遊くんっ!」



          ◆



 数時間に及ぶ新幹線の旅が終わると、今度はローカルな電車に乗り換えた。

 そして数駅ほどのところでおりると、二人で並んで歩き出す。


 都会に比べて緑の多い、閑静な街並み。

 結花が生まれ育った場所って、こんな感じだったんだなぁ。



 ――そうこうしてるうちに、俺と結花は綿苗わたなえの実家に到着した。



 巨大な門扉の奥に構える、荘厳な雰囲気を醸し出す二階建ての屋敷。

 屋敷の横には、広々とした庭まであって。


 まさに田舎の旧家といった言葉がぴったり合うような――結花の実家。



「…………でか」



 素朴な感想が、口をついて出てしまう。

 想像の遥か上をいく、立派な実家すぎる。


 こう言っちゃなんだけど――こんな古風で立派な実家から、アイドル声優と男装コスプレイヤーが生まれたとか、なんの冗談だろうって思っちゃう。



「やぁ。お帰りなさい、結花。それと――ようこそ我が家へ、遊にいさん」


 ぼんやりと綿苗家を眺めていたら、巨大な門扉がゆっくりと開いて、耳馴染みのある声が聞こえてきた。


 家の前に立っていたのは、先日までうちに遊びに来てた義理の妹――綿苗勇海いさみだった。



 白いワイシャツの上に黒い礼装を纏った、執事みたいな格好。

 首の後ろで一本に結われた、長い黒髪。

 カラーコンタクトを入れた青々とした瞳は、海みたいに澄んだ輝きを放っている。



「勇海って、実家でも男装スタイルなんだな」


「あはは。いつもってわけじゃないですよ、遊にいさん。ただ今日は――遊にいさんが初めて家に来るので、きちんとした格好で出迎えようと思って」


 きちんとした格好が男装って発想、考え直した方がよくない?



「ただいま、勇海。明けましておめでと!」


 思わずツッコみそうになってた俺の隣で、結花が元気いっぱいに言った。


 そんな結花に、勇海は爽やかな笑顔を向けると。


「明けましておめでとう。結花は今年も、可愛い子猫ちゃんだね。だけど今年の終わりには――優雅なペルシャ猫のように、素敵なレディになっているのかな?」


「……おめでとう取り消し! 新年早々、ばかにしてー!! 勇海のばーか!」



 新年初、綿苗姉妹のお約束の掛け合い。


 勇海が結花を子ども扱いして、結花が勇海に怒るっていうこの様式美は、今年も変わらずらしい。



「もー……いいけどさ。ところで勇海、お父さんとお母さんは?」


「母さんなら中で待ってるよ。父さんは今朝方、仕事の電話がかかってきてね。お正月だっていうのに、急きょ出勤だってさ。帰りは夜になるんじゃないかな?」


「お父さんってば、相変わらず忙しいんだから。お正月くらい休まないと、身体壊しちゃうよ、もぉ……」



 お義父とうさんは不在なのか。


 めちゃくちゃ構えてきてたから、ちょっとだけ肩の力が抜ける俺。


 まぁ先延ばしになっただけで、どのみち対面して気を張ることには、変わりないんだけどね。



 そして、勇海を先頭に――俺は結花と一緒に、実家に足を踏み入れた。


 昔ながらの木製の廊下が、歩くたびにちょっとだけ軋む音が聞こえる。


 外観もかなりのものだったけど、家の中も立派な造りになっていて……なんか歩いてるだけで、ちょっと緊張してくる。



「――結花! お帰りなさい!!」


 そんなことを考えていたら……引き戸が開いて、広間らしきところから一人の女性が顔を出してきた。


 肩のあたりで揺れる、さらさらの黒髪。

 ぱっちりとした目元。


 年齢的には多分、うちの親父と同じくらいだと思うんだけど。

 そう感じさせないほどに、若々しい見た目をしている。



 そんな、どこか結花に似た面影の、この人は――。



「ただいま、お母さん! それと、明けましておめでとうっ!!」


 やっぱりそうだよな。


 この人が、結花のお母さん……なのか。



「明けましておめでとう、結花……よかった。無事、だったのね……っ!」


「無事だよ!? なんでそんな、紛争地帯から帰ってきたみたいな言い方するの!?」


「母さん、母さん。結花もいるけど、ほら。遊にいさんも、いらっしゃってるから」


「は、初めまして……佐方さかた遊一ゆういちです。結花さんにはいつも、お世話になっています。今日はお招きいただいて――」


「…………ひぃぃぃぃ」



 めっちゃ練習してきた挨拶を、必死に思い出しつつ喋っていたところに。

 お義母かあさんが、なんか悲鳴みたいな声を上げた。



「お母さん!? どういう反応なの!?」


「ひぃぃ……綿苗美空みそら、結花の母です。いつも結花がお世話に……ひぃぃ……なっております。なっておりますので、どうか結花に怖いことをしないよう、よしなに……っ!」


「怖いことって何よ!? お母さんってば、遊くんをなんだと思ってんの!?」


「だ、だって男は狼って言うでしょう? だから結花も、あんなことやこんなことをされてるんじゃないかって……」


「どんなことよ! お母さん、考えすぎ!! 遊くんにごめんなさいしてよ、もぉ!」


「あー……遊にいさん、すみません。うちの母、悪い人じゃないんですけど、相当な心配性なんですよ。本当に申し訳ないです」



 ぷんぷんしてる結花と、頭を下げてくる勇海。


 なるほど。結花の天然と、勇海の過剰な心配性は、お義母さん譲りだったのか。なんか納得したわ。



 まぁ、それはそれとして……お義母さんの脳内にいるヤバい俺を、払拭しないとな。



「お義母さん、おれ――僕は、結花さんのことを大切にしています。結花さんを怖がらせるようなことは、してないですから。信じてください!」


「ほ、本当に……? 夜な夜な鞭で、結花を叩いたりしてない?」


「失礼だよ、お母さん!? 遊くんはそんなこと、しないよ!!」


「そ、そうよね……ごめんなさい、わたしってば妄想しすぎて……そ、それじゃあ! スクール水着を着せて、お風呂で身体を洗わせたりもしてないわよね?」


「…………」


「……し、しつれーだよお母さん? そんなこと、スルワケナイヨー?」


「ぎゃあああああ! 結花が破廉恥な目に遭ってるぅぅぅぅぅ!!」




 ――と、まぁ。こんな感じで。


 とんでもない空気感の中で、結花のお母さんとの初挨拶を終えた、俺だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る