第4話 新年の挨拶のパターン、無限にある説 2/2

 三時間にも及ぶ『今年最後のアニソンランキング』の放送が終わって。

 今年も残すところ、あと五分を切った。



「じー……」



 時計を睨むように、じーっと見つめてる結花ゆうか


 お互いに無言なもんだから、カチッカチッと、秒針が進んでいく音だけがリビングに響いている。


 そして――カチッと長針が、十二の位置に動いて。

 新しい年が、はじまりを告げた。



「明けまして大好きっ! 今年もよろしく大好きです、ゆうくんっ!!」



 秒単位もズレない勢いで、結花が新年の挨拶をしてきた。


 新年の挨拶って呼んでいいのか分かんない、かなり斬新な文言だったけど。



「明けましておめでとう、結花。去年みたいに、色んなことがあるんだろうなって思うけど。今年もよろしくね」


「うんっ! よろしくですっ!! ふへへ……今年の初会話は、遊くんだぁ。こんなのもう、絶対最高の一年になるじゃんよぉ」


「初夢じゃないんだから……って結花、スマホが振動してるけど」


「あ、ほんとだ――わっ! ももちゃんから電話だー!!」



 結花は嬉しそうにそう言うと、RINE電話をスピーカー設定にした。


 相手は結花の一番の友達――見た目は陽キャなギャル、中身は特撮ガチ勢でおなじみの、二原にはら桃乃もものだ。



『あけおめことよろ、ゆうちゃん! あと佐方さかたも!!』


「うん、桃ちゃん! 明けましておめでとう!! 今年も仲良しでいてね?」


『なーに当たり前のこと言ってんのさ。うちが結ちゃんと仲良しじゃなくなるとか、悪の組織に世界征服されても、ありえないっての』


「えへへー。桃ちゃん、大好きっ!」


『うちもー!! あ、ちなみに佐方。今年も第二夫人として頑張るんで、よろしくね?』


「完全に余計な一言だな!? そういうよろしくはいいから!」



 二原さんとの電話が終わると、間髪をいれずに次のRINE電話がかかってきた。


 相手は『60Pプロダクション』で働く、和泉ゆうなのマネージャー・鉢川はちかわ久留実くるみさん。



「久留実さん、明けましておめでとうございますっ!」


『ゆうな、ハッピーニューイヤー!! ねぇねぇ、どんなイチャイチャで年越しをしたのさぁぁ。ゆーいちくんとぉぉぉ……』


「新年早々、なに結花にウザ絡みしてんですか!? っていうか絶対、お酒呑んでるでしょ久留実さん!!」


『よってないですー、お酒つよいですー。いいじゃん、おしえてよぉぉ。ひとり身のわたしに、いちゃらぶエピソードをさぁぁ……』



 結花に許可を取る前に、俺が問答無用で電話をぶった切った。


 仕事中はしっかり者な感じなのに、オフのときは女子大生みたいなノリになるんだから久留実さんは。


 酔いが醒めたらきっと、一人で絶望するんだろうな……。



「――わっ!? ゆ、遊くん! 今度はらんむ先輩から、かかってきた!!」



 スマホを片手にわたわたとしてから。

 結花はおそるおそる、電話に出た。



「あ、明けましておめでとうございます! らんむ先輩!!」


『明けましておめでとう、ゆうな。新たな年を飛躍の一年にするために――私はさらなる研鑽をするつもりよ。ゆうなは今年を、どんな一年にするつもりなのかしら?』



 年の初めから、圧が強いな!?


 悪気はないんだろうし、キャラどおりではあるんだけど……新年一発目の電話としては、パンチが効きすぎてる。


 さすがは紫ノ宮しのみやらんむ。

『アリステ』人気投票六位――『六番目のアリス』らんむちゃんを演じる、めちゃくちゃ尖った実力派声優なだけはある。



 ――と。結花が紫ノ宮らんむと、新年初問答を繰り返してるタイミングで。

 俺の方にも、RINE電話がかかってきた。


 相手は俺の悪友――マサこと倉井くらい雅春まさはる

 同じく『アリステ』を愛する同志だ。



『よぉ、遊一ゆういち……ガチャの調子はどうだよ? 新年初URは引けたか……?』



 普通「明けましておめでとう」から入んない?

 さすがというか、年が明けても相変わらずだな、マサは。



「新年早々、なんつー疲れきった声してんだよマサ。悪いけど俺、今年は『アリステ』年越し、してないんだよ」


『なん……だと……?』



 なんかめちゃくちゃ緊迫した声を出してきやがった。

 そこまでの事態じゃねーだろ。大げさにもほどが――。



『分かったぞ、遊一。前に一緒にいた、三次元の彼女と年越ししてんだろ?』


「…………うん?」


『さすがに誤魔化せねーぞ。クリスマスに美少女と並んで歩いといて、彼女じゃねぇとか、言わせないからな?』



 ――ああ。そうだった。


 クリスマス当日、家を飛び出した那由なゆを捜しに、俺と結花が街を駆け回ってたとき。

 本当に偶然、マサと鉢合わせしたんだよな。


 あのときはドタバタしてて、なんとなくやり過ごしたけど……忘れるわけないよな、そりゃあ。クリスマスに悪友が女子と二人っきり、なんて現場を見たら。



『ま、今日のところは、これ以上は追及しねぇよ。だけどな? 水くさいことしねーで、そのうちちゃんと説明しろよ?』


「――ああ。そう、だよな……分かった、約束するよ」



 そんな言葉を交わしてから、電話を終える。



 水くさい……か。確かにマサの言うとおりだな。


 これまでずっと、マサに結花とのいきさつを伝えるのを、後回しにしてきたけど。



 さすがにそろそろ――潮時なのかもな。



          ◆



「明けましておめでとう、那由」

『時差を考えろし。まだこっちは新年じゃないっての。フライングニューイヤーもいいとこだわ、マジで』



 せっかく電話をかけたら、この言いざま。さすがは我が愚妹。

 親父に至っては、年越し前に寝落ちてるらしく、電話も繋がりゃしなかった。


 まったくもって、相変わらずな佐方家。

 そんな中で、唯一変わったのは――。



『……でも。電話ありがと。今年もよろしく、兄さん』


 ちょっとだけ那由が、素直になったこと――かな。



「明けましておめでと、勇海いさみ! ……うん、そうそう。遊くんにもOKもらってるから、明日の昼に、こっちを出発予定だよー」


 那由との通話を終えると、結花が勇海と話してる声が聞こえてきた。



「はーい。じゃあ、お父さんとお母さんにも伝えといてね。ばいばーい!」



 笑顔のままそう言って、結花の方も電話を切った。

 そして、俺の方にくるっと振り返って。


「それじゃあ遊くん……明日はどうぞ、よろしくね?」



 そう――クリスマスの後に、結花と決めたんだよな。


 今年の正月は、結花と二人で……綿苗わたなえ家に挨拶に行くって。



 緊張しないのかって言われたら、そりゃあまぁ、めちゃくちゃ緊張してるよ?


 許嫁の両親に会うってのに、緊張しない男がいるなら、そっちの方がどうかしてる。



 だけど……まぁ。うちの場合は、親同士が勝手に結婚を決めてきたわけだし。


 反対されることがないってところだけは、ありがたいんだけどね。




 時計を見ると、いつの間にか時刻は一時近く。


 寝不足で許嫁の実家に行くわけにもいかないし――そろそろ寝るとするか。

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