第18話 【北海道】俺と許嫁、北へ【Part1】 2/2

「ん~っ! このラーメン、おいし~っ!」



 二人で話し合って、取りあえずお腹を満たそうってことになり。


 俺たちは地元で有名らしいラーメン屋に入ると、カウンター席に並んで座った。



「やっぱり本場の北海道ラーメンって、全然違うねー。おいしいねー!!」


「そうだね。外が寒かった分、身体が温まっていく……」


「ねー!!」



 無邪気な声を上げながら――結花ゆうかは髪の毛を、耳の裏に掻き上げた。

 声のトーンと色っぽい仕草のギャップに、思わずドキッとしてしまう俺。


 恐るべし、ラーメンの魔力。



「ふはぁ、おいしかったな~♪」


 そうして満腹になった俺と結花は、お店を出た。

 北海道の歓楽街は夜でも賑わっていて、なんとなく気分が上がってくるな。



「そういえば、二人っきりで旅行って初めてだねっ!」


 隣を歩いてる結花が、キラキラした瞳でこちらを見てくる。


 旅行でテンション上がってる幼児さんみたい。



「確かに。修学旅行は二人っきりなわけじゃないし、普段出掛けるときはここまで遠出しないもんね」


「そう! だからこの旅は――私とゆうくんの、大切な記念日。もー、胸のキュンキュンが止まんないよー!!」



 喋り方までちっちゃい子みたいになった結花は、ぶんぶんと嬉しそうに両腕を振りはじめる。


 思った以上にはしゃいでるなぁ、結花は。


 そんなに楽しそうにされたら――こっちまでつられて笑っちゃうよ。本当に。



久留実くるみさんっ♪ ありがとうっ♪ 私はー、とってもー、楽しいでーすー♪」


「そんなに喜んでもらえるんだったら、ついてきてよかったよ。名古屋のときは、出掛ける前から泣きそうだったもんね」


「そりゃあそうだよー。だって、名古屋には遊くんがいないんだもん。家を出るときに遊くんがいて、名古屋に着いても遊くんがいたら、寂しくならなかったと思うけど」


「俺が二人いることになってない、それ?」


「色んな観光スポットに、ご当地遊くん! 名古屋だったら、しゃちほこ遊くんでしょー。北海道だったら、マリモ遊くんかなー。大阪だったらー……」



 まったく購買意欲をそそられないな、ご当地俺。

 そういうのはハローって挨拶してる猫様に任せとこうよ……。



 あ――でも。


 ご当地ゆうなちゃん、だったとしたら?



 しゃちほこのポーズで笑ってるゆうなちゃん。

 マリモの着ぐるみを頭にかぶったゆうなちゃん。

 たこ焼きを頬張ってる、食い倒れ人形っぽいゆうなちゃん。



 …………あり寄りのあり、だな。


 なんてこった。俺は今、神商品を思いついてしまったのかもしれない……っ!!



「ど、どうしたの遊くん? ぷるぷる震えてるよ?」


「……ゆうなちゃんがいっぱいだ……」


「ゆうながいっぱい!? 寒すぎて幻覚が見えちゃってない、遊くん!?」



 ――そんないつもどおりの、他愛ない掛け合いをしていたら。


 ぴちょんと、鼻先に冷たい粒のようなものが当たったのを感じた。



「あー! 遊くん、見て見て!! 雪! 雪が降ってきちゃった!!」



 叫ぶように言って、結花は俺の服の裾をぐいーっと引っ張ってきた。


 顔を上げると――さっきまでの晴れ模様が嘘みたいに、白い雪が降りはじめている。



「いきなり雪が強くなってきたね。さすが北海道」


「……うん」


「こんなに降ったら、明日にはもっと雪が深く積もってそう――って、なんで怒ってんの結花!?」


「……怒ってないもん。ぷっくりしてるだけだもん」



 頬を膨らませたまま、「ぶー」って声を出す結花。


 巷ではそれを、怒ってるって言うんですけど。


 なんでご機嫌斜めなんだろ……と思ってたら、結花がぽつりと呟いた。



「……雪が降るのは、クリスマスが良かったのになぁ。早く降りすぎ……」



 ――――ホワイトクリスマスだったら最高なんだけどなぁ。



 俺と過ごす初めてのクリスマスへの期待を、そんな風に話してたっけ。



「クリスマス当日に降るかどうかは、別にこの雪と関係なくない?」


「関係あるよー。あんまりたくさん降っちゃったら、クリスマスに日本の雪が足りなくなっちゃうかもでしょー……あぅぅ」


「……分かってて言ってるって信じてるけど。空には雪をストックする機能とか、ないからね?」



 唇を尖らせてる結花に、念のため伝えておく。


 勉強ができないわけじゃないけど、こういうときの結花は、頭がファンタジーになるからなぁ……本気で言ってないとも言いきれないのが、恐ろしいところだ。



「――あっ。見て見て、遊くん! あそこにクリスマスツリーがあるよっ!!」



 すると今度は、さっきまで唇を尖らせていたのが嘘だったように……ぱぁっと明るい表情に変わる結花。


 その視線の先にあるのは――イルミネーションを施された、キラキラ輝く大きなクリスマスツリーだった。



「わぁ……なんだか夢みたいだなぁ……」


 うっとりとした顔で呟く結花。


 結花の長くて艶やかな髪が、少し強くなってきた夜風になびく。

 その白い肌をかすめるように、大粒になってきた雪が吹き抜けていく。



 そんな、雪降る夜に微笑む結花の姿は、驚くほどに幻想的で。


 ――――思わず俺は、目を奪われてしまった。



「……ちらっ」

「わっ!?」



 そんな俺の視線に気付いたのか……結花は自分で「ちらっ」と声に出しながら、俺の方に顔を向けた。



「ねぇ遊くん。ひょっとして今……私に見とれてくれてた?」


「し、知らないな? なんのことだか……」


「嘘だっ! ぜーったいに今、私のこと見てたじゃんよぉ! 正直に教えてよー、聞きたいよー!!」



 俺の腕に絡みついて、ぶんぶんと揺すってくる結花。


 その表情が、まるでゆうなちゃんみたいな――とびっきりの笑顔だったもんだから。


 とても直視していられなくなって、俺は思いっきり顔を背けた。



「あー、ひどいよー。ゆうくーん、もっと私を見てー♪ ずーっと見つめててー♪」


「……って、楽しんでるでしょ!? 変な歌を歌わないの!」


「えへへ……だって、嬉しいんだもん。遊くんと、素敵な夜を過ごせて」



 無自覚にそういう、キラーフレーズみたいなのを言っちゃうんだから。


 厄介な小悪魔だよ――うちの許嫁は。




 雪が一気に勢いを増して、目の前を吹き抜けていく。

 そんな真っ白な雪に包まれて、クリスマスツリーを彩るイルミネーションが七色に輝いている。




 ……なんだか今年の十二月は幸先がいいな、なんて思いつつ。


 俺は結花と顔を見合わせて、笑ったんだ。

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