第19話 【北海道】俺と許嫁、ホテルへ……?【Part2】 1/2

 ダウンジャケットのポケットに手を突っ込んで、俺はガタガタと身体を震わせた。


 吐き出した息が、もう見えない。

 あと、寒すぎて死にそう。



ゆうくん……私、もうだめかも……」

結花ゆうか、気をしっかり持って! 寝たら死ぬよ!?」



 白い厚手のコートをギュッと胸元に寄せたまま、結花は俺にくっついてガチガチと歯を鳴らしてる。


 雪山で遭難したときくらい、大ピンチに陥ってる俺たちin北海道。


 ついさっきまで、雪とイルミネーションに彩られたクリスマスツリーを眺めていたなんて、嘘みたいだ。



 今はもう――完全なる猛吹雪。


 数メートル先も見えないほどに、大粒の雪が吹き荒んでいる。



「遊くん、疲れたよね……私も疲れたんだ……」

「だから、死亡フラグを立てないの! あーもぉ、前が見えない!!」



 足もとに積もってる雪が、どんどん深くなってきて、歩きづらい。

 やばい……とてもじゃないけど、ホテルまで戻れる気がしない。


 あまりの寒さに、結花はボーッとしてきてるし……このままじゃ、本気でまずいな。



「……あ」



 そのとき、奇跡が起きたのです。


 命すら危ぶまれた俺たちの前に――小さなホテルが!



「結花、ホテルだよ! 鉢川はちかわさんが予約してくれたのに申し訳ないけど、ひとまずここに泊まろう!!」

「…………ふぇ~」



 駄目だ、結花の思考が回んなくなってきてる!



 というわけで。

 俺と結花は、奇跡的に巡りあったそのホテルに――泊まることにした。




 ……泊まることにした、んだけど。


 バタバタと部屋に入ってから、俺は愕然とした。



 ピンク色の壁。ダブルベッドに置かれたハート型の枕。シャンデリアみたいな形の薄暗い照明。



 思ってたホテルと違う。

 なんか全体的に、いかがわしい感じがする。



 ひょっとして、なんだけど。生まれてこのかた、来たことないけど。


 ここって普通のホテルじゃなくって…………ラブホテル、なのでは?



「ふへぇ、疲れたぁ……」



 血の気が引いていく俺とは対照的に、結花はホッとした顔でベッドにダイブ!


 そしてハート型の枕を抱きしめると、ころころしはじめた。


 ……なぜだろう。見ちゃいけないものを見てる気分になる。



 そんな俺の気も知らず、結花は満面の笑みを浮かべると。



「ありがとね、遊くん。遊くんがこのホテル見つけてくれなかったら、凍死しちゃってたかもだったよー」


「う、うん……と、取りあえず、先にシャワー浴びてきなよ? 風邪引いちゃうから」


「はーい。遊くんも早く入った方がいいから、さっと浴びてくるねっ!」



 呑気にそう言うと――結花はテーブルに置いてあったバスローブを持って、お風呂場に消えていった。


 と、同時に……俺は頭を抱えて、さっきの自分の発言を思い返す。



 ――「先にシャワー浴びてきなよ」って言ったか、俺!?



 なぜ俺は、あんなセリフを……ここはラブホテルだぞ?

 どう考えたって、そんなの――イケないフラグを立ててんじゃん。



「いや、まだ慌てるような時間じゃない……落ち着け、遊一ゆういち、落ち着け……」



 ゴンゴンと壁に頭を打ち付けながら。悶々とする気持ちを物理的に消しながら。

 俺は――脳細胞をトップギアに上げる。



「……さっきの結花、ここがラブホテルだって気付いてない感じだったよな? そうだよ、ひょっとしたら結花……ラブホテルなんて存在、知らないのかも。それならこのまま、普通のホテルに泊まった感じで振る舞って、普通に雪がやんだら帰れば……」


「えっと……遊くん……」


「わっ!?」



 めちゃくちゃ独り言を喋ってたら、いつの間にかシャワーを終えたらしい結花が目の前に立っていた。


 反射的に結花から飛び退く俺。



 ――風呂上がりの結花は、純白のバスローブを纏っていた。


 タオルで拭いてる最中の髪の毛は、濡れそぼって鎖骨あたりに張りついていて。


 思いのほか大きく開いた胸元からは、谷間が覗いてる。



 控えめに言って…………俺の何かが爆発しそうなほど、蠱惑的な格好の結花だった。



「……遊くんも、シャワー浴びてきた方がいいよ……?」



 タオルで口元を隠しながら、結花は上目遣いで言う。


 結花の耳は、シャワーで温まったせいなのかなんなのか……見たことがないほど赤く染まってる。



「う、うん! 風邪引かないように、入ってくるよ! それから、普通に泊まって、普通に寝よう!! いやぁ、普通だなぁ! とっても普通の――」


「……らぶほてる」



 ぽそっと呟いた結花の声が――キーンってなるくらい、頭の中に響き渡った。


 もはやフリーズしちゃって何も言えなくなった俺に……結花は続けて言う。



「……うにゅ。勘違いしないでね? マンガとかで見たことあるだけで……初めて来たんだからね? ……らぶほてる」




 ――――こうして。


 俺と結花の、ラブホテルの夜がはじまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る