第17話 【北海道】俺と許嫁、北へ【Part1】 1/2

 ダウンジャケットのポケットに手を突っ込んで、俺は雪深い街並みを見ていた。


 吐き出した息が、尋常じゃなく白い。

 あと、めちゃくちゃ寒い。



「……もっと厚着した方がよかったかも」



 風が冷たすぎて、いっそ痛いようにすら感じる。

 やっぱり関東とは寒さのレベルが違うな……。



 そう――ここは、十二月中旬の北海道。


 外の気温が氷点下になるくらいの、極寒の場所だ。



「あ、ゆうくんだ! 遊くーんっ!!」


 寒さのあまり身体を震わせてると、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


 顔を上げた先には――やたらと一生懸命に手を振ってる、女の子の姿が。



「ゆーうーくーんー!!」


「ちょっと結花ゆうか!? そんな大きな声、出さないの! 外だよ、外!!」


「いいじゃんよー。なんてったって、北海道! 知り合いに見つかる心配なんか、ないもんねーだっ」



 声を弾ませて、小犬のように駆け寄ってきたのは――俺の許嫁・綿苗わたなえ結花。

 黒髪をおろして眼鏡を外した、家モードの結花だ。


 ピンクのブラウスの上に、白い厚手のコートを羽織った結花は、ふにゃっと笑いながら俺の腕に抱きついてきた。



「ふへへー♪ 遊くんと、北海道デートー♪」


「だから、そんなにくっつかないの。目立っちゃうってば」


「いーやーでーす! 普段と違って、知り合いの目を気にしなくていい絶好のチャンスなんだよ? こんなの――くっつかないと、バチが当たるよ!!」


「嫌だな、くっつかないと天罰を下す神様!」


「……あのさぁ。二人とも、完全にわたしがいることを忘れてるわよね?」



 示し合わせたように、俺と結花はパッと身を離した。


 そんな様子をジト目で見ながら。

 和泉いずみゆうなのマネージャー・鉢川はちかわさんは、深すぎるため息を吐いた。



「……いや、いいんだよ? 大人だからね、気にしないけどね? ……初々しい高校生のいちゃつきを見せつけられると、心が凍死しそうだわ」



 鉢川さん。目が死んでる、死んでる。


 っていうかそれ、マネージャーとしてじゃなく、鉢川久留実くるみのコメントですよね?




 ――『ゆらゆら★革命』のインストアライブin北海道。


 四度目になるライブのために、結花は再び一泊二日で出掛けることになった。


 だけど……名古屋のときとは違い、今回は鉢川さんからこんな提案を受けたんだ。



遊一ゆういちくん。もしよかったら、なんだけど……ホテルを二部屋、手配するから。遊一くんも北海道に来ないかな?」


「え? で、でもそれって、経費じゃ落ちないですよね?」


「……わたしから二人への、クリスマスプレゼントってことで」


「なんで!? 申し訳なさすぎるから、それは遠慮しますって!!」


「いや、いいのよ……お金よりも、遊一くんが来てくれることの方が、大切だから」



 押し問答の結果――最終的には鉢川さんが飛行機やホテルの予約をして、俺が後から支払うって形に落ち着いた。


 あ。ちなみに今回のインストアライブだけど。

 俺は当然――参加しない。


 だって俺が抽選で当たってるのは、最後の東京公演だけだからね。


 沖縄公演のときは紫ノ宮らんむの言葉に甘えて、参加させてもらったけど……そんなVIP待遇、何度も受けるわけにはいかない。



 だって俺は、結花の許嫁である前に――『恋する死神』だから。


 全宇宙のゆうなちゃんファンの一人として、正々堂々と……ゆうなちゃんのことを、推し続けたいから。




 ――とまぁ、そんなこんなで。


 俺はこうして、インストアライブ終わりの二人と、待ち合わせることになったわけだ。


 財布的には痛手だけど……名古屋公演後の凄まじい甘えっ子モード結花の再来を思えば、ついてきた方が断然いい。

 あのときはマジで、トイレすら落ち着いて行けなかったからな。


 それに……クリスマス間近の北海道なんてシチュエーション、なかなか味わえるものじゃないし。



 一緒に過ごせたら結花が喜ぶかなって――そんな考えがよぎったのもある。



「それじゃあ二人とも、ゆっくり楽しんできてね。らんむは違うホテルに泊まってるし、鉢合わせする心配もないから。のんびりできるといいわね」


「はい、楽しんできます! 久留実さん……色々とお気遣いしてくださって、本当に本当に、ありがとうございますっ!!」



 優しい言葉を掛けてくれた鉢川さんに、結花は深くおじぎをした。

 そんな結花に対して、鉢川さんは苦笑交じりに応える。



「いいの、そんなこと気にしないで。わたしはいつだって、マネージャーとしてじゃなく鉢川久留実として――ゆうなに幸せになってほしいって、思ってるもの。だからこれくらいのお膳立て、たいしたことじゃないわよ」


「俺からもお礼を言わせてください。ライブの準備だけでも大変なはずなのに……本当にありがとうございました」


「……もぉ、遊一くんまで。そんなにかしこまらないでってば」



 鉢川さんはそう言うと。

 ふぅっと……かなり大きめのため息を漏らした。



「大丈夫だってば――名古屋のときみたいになるくらいなら、こっちの方が楽だもの」



 …………ん?

 名古屋のときみたい、とは?


 疑問符が頭に浮かぶ中、鉢川さんはぼやくように続ける。



「行きの新幹線では、ずーんって落ち込んでるし。らんむがいないときは『遊くんがしゅき……いないと死んじゃう……』って、相談なのか惚気なのか分かんないことを何度も言うし。かと思えば、帰りの新幹線はやたらハイテンションで絡んでくるし――今回の方が、全然マシだから。本当に」


「うにゃあぁぁぁ……久留実さん、ごめんなさいぃぃぃぃ……」



 遠い目をしてる鉢川さんと、反省の悲鳴を上げる結花。


 なるほど。俺と結花の応援をしたいってだけじゃなく……名古屋のときの結花がひどすぎたっていうのも、理由だったんですね?




 えっと……マジでいつもごめんなさい。鉢川さん。

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