第11話 【悲報】入浴中に許嫁と通話してたら、大変なことになった 1/2

遊一ゆういち。次、風呂入ってこいよ」


「……おう……分かった……」


「んだよ、お前!? 俺が風呂に入ってる間に、なんでそんな消耗してんだ!?」



 大きな声を出すマサの方に、ちらっと顔を向ける。

 まだ濡れてるせいで、いつものツンツンヘアがへにょってなってやがる。


 ははは――笑う気にもなれねぇわ。



「……風呂、行ってくる」


 強く握り締めてたスマホをポケットに仕舞うと、俺はゆっくりと立ち上がった。

 きっと今の俺、瀕死の顔してんだろうな。



「どういうテンションだよ? 久しぶりに人んちに泊まったかと思えば……ゆうな姫にフラれたとか、それくらいやべぇ顔色してんぞ、遊一?」



 ――ゆうなちゃんにフラれた。


 鈍器でぶん殴られたときくらいの衝撃が、脳に走る。


 目の前が真っ暗になる。


 おお、遊一よ。死んでしまうとは情けない。




 ――結花ゆうかと暮らすようになって、かれこれ八か月近く経つ。


 そんな中、初めて結花のいない夜を迎えた俺は……なんか堪えられなくって、久々にマサの家に泊めてもらうことにした。

 一人暮らしをしてた高一の頃は、一人の夜なんて慣れっこだったのにな。


 まぁ、とはいえ……かまってちゃんで甘えっ子な、あの結花のことだ。

 ライブが終わったらRINEなり電話なりしてくるだろうって、そう思っていた。


 マサに見られるのは恥ずかしいから、タイミング図るのが難しいなー。いやー、どうしよっかなー。



 …………なんて調子に乗っていたのが、一時間くらい前まで。



 もう二十二時を回ったってのに――結花からは一向に、連絡のくる気配がない。




「……おかしいな。スマホの調子が悪いのか?」


 マサの家の湯船に浸かったまま、俺はジップロックに入れたスマホを操作する。


 あまりに連絡がないから、こっちから何回かRINEは送った。

 だけど、返信がないどころか――既読すら付かない。



「普段の結花なら、行きの新幹線の時点で、RINEしてくるはずなんだよな……百歩譲って、そこは紫ノ宮しのみやらんむが一緒にいたからかもしれない。でも……こんな時間まで一人になるタイミングがないなんて、ありえるか?」



 気持ちが落ち着かなすぎて、ひたすら独り言を呟きまくる俺。

 そんなことしたって、RINEが返ってくるわけないんだけど。



「まさか、大阪公演のときみたいにダウンしてないよな……?」



 いや……それはないか。

 そうならないために、泊まり掛けでスケジュールを組んだわけだし。

 万が一そんな事態になってたとしたら、さすがに鉢川はちかわさんから連絡がくるもんな。


 じゃあ、他に考えられる理由って……なんだ?


 気を紛らわせるためにスマホで適当なサイトを見ながら、俺はぐるぐると脳細胞をフル回転させる。



【画像あり】あの有名声優同士の熱愛デート、まさかの流出!?



「ぎゃああああああああ!?」


 画面に表示された恐怖のゴシップ記事に、俺は思わず絶叫した。


 くそっ! 人の恋愛を勝手にスクープして、はやし立てんなよ!! いいだろうが、声優だって人間なんだから、誰とデートしたって!!



 …………ああ、もう。


 なんかめちゃくちゃ、嫌なこと考えちゃったじゃないか。


 結花はいつだって無邪気で、天然で、一途で。

 そんなこと、あるわけないって分かってるんだけど。


 分かってても……連絡がないと、つい不安になってしまう。



「結花……もう強がんないからさ。俺も結花がいないと寂しいって、今度からちゃんと言うから。だから……連絡くれよ」


 そんなことを独り言ちながら、俺は縋るように、RINEのトーク画面をひたすらスクロールさせる。



 ――――ブルッ♪



「ん!?」

『わっ!? ……出るの早いですね、ゆうにいさん』



 取り憑かれたようにスマホを操作してたもんだから、突然かかってきたRINE電話を、俺は意図せず取ってしまった。


 相手は、結花……じゃなくって、勇海いさみ


 ため息を吐きそうになるのを堪えて、俺はスピーカー設定にして、勇海に話し掛ける。



「もしもし? どうかしたのか、勇海?」


『…………』


「ん? おーい、勇海? 何をごそごそやって――」


『……ゆーくーん』



 ――――!?


 び、びっくりした……心臓が飛び出るかと思ったわ。


 だって、今の勇海の声――驚くほど結花に似てたんだもの。


 結花を渇望してる今の俺には、ちょっと刺激が強すぎる。



「あのな、勇海。どういう趣旨の悪ふざけか知らないけど、いきなり結花の声真似は勘弁してくれよ。姉妹だからマジで似てて……ドキッとするから」

『ド、ドキッとした……んですか!? ゆーにーさん!』



 だから、結花の声を真似すんのやめろってば。

 俺は深くため息を吐いて、応える。



「あのな、勇海……正直に言うけど。俺は今、結花から連絡がなくてやきもきしてるの。ライブで忙しいのかもしれないけど、RINEも電話もなくって……だからちょっと、今はそういうネタで笑える気分じゃ――」


『や、やきもき!? ひょ、ひょっとして遊く……ゆーにーさんは、寂しいのかにゃ?』


「にゃ!? いつものイケメンキャラはどうしたんだよ!? っていうか、マジでなんの用なんだよ勇海!?」


『い、いいから、質問に答えろし!』


「なんで今度は那由なゆの真似!? しかも声は結花のままじゃねぇか、せめて那由の声に似せろよ!」



 義妹とはいえ、さすがに悪ふざけがすぎる。

 だから俺は、ちょっと語気を強めて――ぶっきらぼうに言った。



「……はいはい、寂しいよ。結花がそばにいるのが当たり前になってたから、ガチでテンションが低いの。だから、用事がないんなら切りたいんだけど?」


『……ふへっ。ふへへへへへへっ♪ ふへー、ふへー♪』



 スマホがぶっ壊れたんじゃないかって思うくらい、ふへふへ音がスピーカーから聞こえてきた。


 何これ? いくら実の妹とはいえ、ここまで結花を完全再現できるもんなの?



 …………いや。まさかとは思うけど。


 嫌な予感がした俺は、声を潜めて――尋ねた。



「えっと……ひょっとして勇海じゃなくて、結花?」


『ふへー♪』


『結花、それじゃあ何も伝わらないって……あ。遊にいさん、どうもお久しぶりです。僕もここにいますけど、さっきまで遊にいさんが話してたのは――紛れもなく、本物の結花ですよ?』



 ……OK。分かった。


 取りあえず風呂に潜って、死ぬことにしよう。

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