第10話 許嫁が不在なので、悪友と遊ぶことにした 2/2

「うぉぉぉぉ! 遊一ゆういちぃ! らんむ様のURが出たぞぉぉぉ!!」



『アリステ』のガチャを回してたら、目の前でマサが絶叫しながら立ち上がった。


 獣のようにはしゃぐ悪友――倉井くらい雅春まさはる


 ちょっと人前に晒せないほどの騒ぎようだけど、まぁこいつの部屋だし、いっか。



 そう。俺は今、マサの家に遊びに来ている。


 ――結花ゆうかのいない家は静かすぎて、なんか落ち着かなかったから。


 マサがいるとうるさすぎて、こっちはこっちで落ち着かないけどな。



「遊一……今日の俺、ガチャ運がやべぇよ。こんなのもう、早めのクリスマスプレゼントじゃねぇかよ……」


 なんか震えてるし。



「お前のところに来るサンタは、当たりガチャを持ってくんのか」


「馬鹿言え。俺のサンタクロースは――らんむ様だよ。俺に夢と希望を、運んできてくれる……うっ!? 見えた、見えてきたぞ……宇宙で一番サンタコスが似合ってる、らんむ様の姿が!!」


「お前、マジで言ってんの?」



 どうかしてる発言の連発に、俺はため息を吐く。


 ちょっと冷静になれって。



「あのなマサ、言わせてもらうけど……サンタコスが宇宙一似合うのは、ゆうなちゃんだからな? 冷静に考えて」


「お前の中ではそうなんだろう……お前の中ではな」



 ふっと、不敵に笑ってきやがった。

 なんて不敵な顔が似合わないんだ、こいつ。



「しっかし……らんむ様のURのおかげで、空気がうまいぜ。『ゆら革』の名古屋公演に行けなかった悲しみが、嘘みたいに晴れていきやがる」


「一人で賢者モードになるなよ、腹立つから。あー……なんで全然ゆうなちゃんが出ないんだよ……でるちゃんはもう、三回もかぶってんのに。俺のガチャだけバグってないか、これ?」


「日頃の行いの差が、ガチャ運に出てんじゃねーか?」


「少なくともお前より、まともに毎日を過ごしてるけどな」


「甘いな、遊一。俺はな……授業中だろうと、家で飯食ってようと、ガチャを回し続けてきたんだよ! そんな俺に、ガチャの神様は微笑んだってわけだ!!」



 素行悪すぎだろ。死ぬほど怒られればいいのに。


 調子に乗ってるマサを横目に見ながら、俺はいったんスマホをポケットに仕舞った。



「はぁ……取りあえず、いったん時間置くわ。ガチャ運が戻るまで」

「じゃあ、その間にあれ見ようぜ。『にんげんって許嫁いいなずけ』――今期の覇権アニメ確定だぞ? PVで分かるレベル」



 ――唐突に『許嫁』なんてフレーズを、振られたもんだから。


 俺は思わず、ビクッとなってしまう。


 そんな俺を見ていたマサが、「あん?」と怪訝そうな声を出した。



「んだよ、気乗りしねぇのか? だったら、あっちにするか? 『五分割された許嫁』のイベントブルーレイ、この間買ったんだぜ」


「……なんでそんな、許嫁もの推しなの? お前」


「は? そんなにジャンル絞ってねぇよ。ラブコメ以外がいいんなら、あれにするか? ネットで話題になった、最終回にいきなり主人公が代わる――」



 許嫁トラップを警戒したけど、どうやら違ったらしい。

 紛らわしいな、ったく。



 ――そして最終的に、二人で話し合った結果。


 公式チャンネルで配信中の『アリステ』関係の動画を、再度履修することに決定した。



「……るいちゃん、やっぱダンスのキレが半端ないな。『八人のアリス』に選ばれるだけの実力だわ、これは」


「ああ……でもよ、遊一。俺はやっぱ、らんむ様のキャラソン『乱夢らんむ☆メテオバイオレット』――好きすぎるんだよ」


「分かる。推しとかそういう次元じゃなく、さすがにらんむちゃんの歌唱力は、異次元と言わざるをえない」


「そんならんむ様のクールな歌声と、ゆうな姫の愛らしい歌声が、パーフェクトハーモニーになる……『ゆら革』の『ドリーミング・リボン』って、もはや国歌じゃね?」


「国歌越えて、地球のテーマソングだろ」



 画面から目を逸らすことなく、俺とマサは会話する。


『アリステ』ユーザーは、『アリステ』ユーザーと惹かれあう。


 やっぱマサと遊ぶときは、気を遣わなくていいからリラックスできるな……。



「なぁ、遊一。変なこと言うけどよ……今日のお前見てたら、なんか安心したわ」

「……は?」



 画面の向こうの世界にトリップしていたら、マサが妙なことを呟いてきた。


 何事かと、俺はマサの方に顔を向ける。



「なに言ってんだ、急に? 悪いけど、BL展開だったらよそでやってくんない?」


「ちげぇよ、馬鹿。俺だって、美少女にしか興味ないっつーの。そうじゃなくってよ……この時期に元気な遊一を見んの、久しぶりだなって思ってさ」


「この時期って?」


「クリスマス近くは、いつもよそよそしくなんだろ、お前。中一くらいから、ずっと」



 ――――ああ。



 なんだよ。美少女にしか、興味ないんじゃなかったのかよ。


 よく見てんな……さすが腐れ縁だわ。



「中学ではっちゃけてた頃ですら、お前……クリスマスだけは絶対、さっさと家に帰ってただろ? 来夢らいむたちがクリスマスパーティーしようって誘ったときですら、即答で断ってたもんな」


「……はっちゃけてたって言うな。人の黒歴史を掘るのは、犯罪だぞ?」



 むず痒いから軽口で返したけど。

 マサの言うとおりなんだよな。実際に。


 中一の頃からずっと、クリスマスだけは――家族で過ごすって決めてたから。



「知ってんだろ、マサは……中一のこの時期、うちがめちゃくちゃだったの」


「腐れ縁だからな」


「……那由なゆには随分辛い思いをさせてきたからな。小学校のこととか、親の揉めごととか、色々あったし。その後だって、母親がいなくなったり、中三で俺がフラれて引きこもったり――だからせめてクリスマスくらいは、兄らしいことをしてやりたかったんだよ」


「遊一のそういうとこ……結構ガチで、尊敬してるぜ? 惚れそう」


「うるせぇよ」



 最後はお互い、罵りあう感じになったけど――照れ隠しにはちょうどよかった。


 マサとは、くだらない話をしてるくらいが、一番居心地がいい。



「つーかよ。何があったんだか知らねぇけど……なんか最近のお前、表情が良くなったよな。中学のはっちゃけてた遊一とはまた違う、穏やかな感じによ」


「さっきからなんだよ? 俺の身体が目当てなの、お前?」


「ふざけんじゃねぇ、馬鹿。ま、なんでもいいけどな……元気なら、それに越したことはねぇし」



 ――腐れ縁で。悪友で。『アリステ』仲間で。

 馬鹿なことばっか言ってるけど、根は本当に友達思いなマサ。


 言うのも恥ずかしいけど――『親友』って言葉が、一番しっくりくる関係なんだろうな。



「……なぁ、マサ。実はさ」



 そんな、旧知の仲のマサに対して。


 俺はずっと言えずにいた事実を――告げた。



「少し前からなんだけど、俺……許嫁が、できたんだ」

「知ってる。ゆうな姫だろ?」



 ――――え?


 当たり前みたいに即答するマサに、俺は言葉を失う。



「え? マ、マサお前、知って……」


「当たり前だろーが。どんだけ俺が、お前と一緒にいると思ってんだよ」



 そっか……気付いてたんだな、マサ。


 俺がゆうなちゃんの声優・和泉いずみゆうな――綿苗わたなえ結花と婚約してるって。



 すげぇな、マサ。


 らんむちゃんを推しすぎて、ついにお前、紫ノ宮しのみやらんむ並の洞察力を手に入れ――。



「ちなみに俺は、もう結婚してるけどな! らんむ様と!!」

「…………あん?」



 急転直下の阿呆発言に、俺は変な声が出た。


 そんな俺に目もくれず、マサはなんか力説しはじめる。



「らんむ様ってよ、結婚したら……意外とポンコツなところが、あるんだぜ? イベントとかで、たまにあったろ? 私生活のとき、なんか変なことするらんむ様……あれを間近で見てると、なんかギャップが堪らなくってよ!」


「それってお前の、妄想だよね?」


「なんで急に手のひら返ししてんだよ!? そんなこと言い出したら、遊一のゆうな姫との婚約話だって、同じじゃねーか!!」




 前言撤回。紫ノ宮らんむとは、全然違うわ。


 マサは相変わらず、マサのままだ……安心するくらいに。

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