第6話 我が家のクリスマスについて語らせてくれ 2/2

那由なゆちゃんも……不登校、だったの?」


 言いながら結花ゆうかは、うっすら目尻に涙を滲ませている。



「そんなに長い期間じゃないけどな。俺なんか、もっと短かったし。俺や那由のは、結花の傷つきに比べたらたいしたもんじゃ――」


「心の傷に、大きいとか小さいとか、そんなのないよ!」



 きっぱりとした口調で、結花が言い放った。



「それに、那由ちゃんだけじゃなくって……ゆうくんも、辛かったんじゃない? 那由ちゃんが元気なくなって、おうちが大変だったら――寂しくなっちゃうよ、絶対」


「そんなことな……くは、なかったのかもな」



 強がりたかったけど、できなかった。


 だって結花が、俺の代わりに泣きだしそうな顔……してたから。



          ◆



 ――不登校になって以来、ますます部屋から出てこなくなった那由。



 元気でお喋りだった那由が、静かになって。

 親父と母さんが、ぎくしゃくしてて。



 そうだな……結花の言うとおり、俺自身も寂しかったんだと思う。


 だから、自分なりになんとかしようって。


 中一だった当時の俺は――思いきった行動に出たんだ。



「那由。開けるぞ」


「え? ちょっ……お兄ちゃん、いきなり入ってこないでよ!」



 許可も取らずにガチャッとドアを開けて、俺は那由の部屋に入った。


 パジャマ姿の那由は、慌てて布団の中に飛び込んで、芋虫みたいになる。



「……髪の毛、ぼさぼさだったぞ」


「いいよ、もう……可愛くセットしたって、また馬鹿にされるだけだもん」


「じゃあ、格好良い感じにしてみたらどうだよ? 意外と似合うかもしれないし」


「……どんな格好したって、どうせ駄目だよ。きっと」



 顔も見せないまま、那由はぽつりぽつりと応える。


 そして――涙声になったかと思うと。



「わたし、嫌われてるもん。どんな『那由』になったって……誰もわたしのことなんか、好きになってくれないもん!」

「――そんなわけ、ないだろ!」



 那由の言葉に、カチンときた俺は。


 那由がかぶってる布団を――一気にまくり上げた。



 そこにいたのは、涙で顔をぐしゃぐしゃにして、震えてる那由。



「ば……ばか! やめてよ、見ないでよ!! こんなとこ……見ないでよ」


「誰も好きにならないって、なんだよ? 俺はどうなるんだよ……どんなお前になったって、俺がお前を嫌いになるなんて、あるわけないだろ!」



 視界がぼやけるのを堪えながら、俺は絞り出すようにして言った。



「那由は、那由だよ。今の那由も、これからの那由も……俺にとってはいつだって、大事な妹だから。変わんないよ、それだけは……絶対に」


「……お兄、ちゃん」



 それから俺は、那由の頭にポンッと手を置いて。


 ちっちゃい頃みたいに、優しく撫でながら、言ったんだ。



「そういや、もうすぐクリスマスだな。すっげぇ盛り上げてやるから、期待しとけよ? 今年も来年も、その先もずっと……クリスマスくらい家族で一緒に楽しもうぜ、絶対に」




 ――――それから年が明けて、新学期がはじまった。



「……じゃ、兄さん。行ってくる」


 休んでいる間に、長かった髪をばっさり切った那由は。



 サバサバした口調でそう言うと――再び学校に、通うようになったんだ。



          ◆



「あの頃からだな。那由が毒舌になって、ボーイッシュな格好をするようになったのは」



 昔は「お兄ちゃんと結婚するの!」なんて、可愛いことも言ってたのになぁ。


 極端から極端に変わったもんだ、あいつも。



 どんな那由でも別にいいんだけど……対応に困るいたずらだけは、慎んでほしい。



「まぁ、そんな感じで約束したからさ。『家族の行事』として、クリスマスは毎年一緒に過ごしてきたんだよ。あの後すぐに、親父と母さんが離婚しちゃったのもあって、なおさら……クリスマスくらいは、大事にしたくって。俺も……那由もね」



 それだってのに、那由の奴……クリスマスに帰らないだとか、柄にもないことを言い出して。どういうつもりなんだか。


 ――――なんて考えていると。


 唐突に、結花が俺の布団に潜り込んで……むぎゅーっと抱きしめてきた。



「ちょっ!? 結花、どうし――」


「遊くんも、那由ちゃんも……いっぱい、辛かったんだね……頑張ったんだね……っ!」



 ぼろぼろと大粒の涙を零しながら、俺のことを胸の中に包み込む結花。


 そして中一の頃、俺が那由にしたみたいに――優しく頭を、撫でてくれた。



「遊くんと那由ちゃんが、今年も笑顔で、クリスマスを過ごせますように……」



 気恥ずかしいから、最初は結花から離れようって思ったんだけど。



 柔らかくて、温かくて、懐かしい匂いがして。

 なんだか……離れがたくなっちゃって。



 俺はおとなしく、結花に身を任せたまま。


 いつもより穏やかな気持ちで――眠りについたんだ。

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