第5話 我が家のクリスマスについて語らせてくれ 1/2

「なんか今日の那由なゆちゃん、いつもと違う感じがしたなぁ」


 隣に敷いてある布団に潜り込んで、結花ゆうかがぽつりと呟いた。



「いつもだったら、いたずら仕掛けてくるのに。今日の那由ちゃんってば、ずっと遠慮してるんだもん。びっくりしちゃったよ」


「だよなぁ。前科が無期懲役レベルの奴だし。遠慮するふりをしてまで仕掛けるってことは、もはや犯罪でも企ててるんじゃない? ……って、疑いたくなるよな」


「そんなこと言ってないよ!? ゆうくんは那由ちゃんのことをなんだと思ってんの!?」



 いやいや、俺の認識で間違ってないと思うよ?


 子作りしろとか言いながら、変なシチュエーションに持ち込もうとしたりとか。


 結花に妙なことを吹き込んで、俺の脳を壊そうとしてきたりとか。



 ……思い返すと、マジでろくでもないことしかしてないな。あいつ。



 親の顔が見てみたい。絶対その親、出世のためにお得意さんの娘と自分の息子を結婚させそうな顔、してると思うから。



「もー、遊くんってば。確かに那由ちゃんは、ちょっと困ったいたずらをするけど……お兄ちゃんのことが大好きな、可愛いツンデレさんじゃんよ」


「…………? ああ。ひょっとして、二次創作の那由の話してる?」


「してないよ! オリジナル那由ちゃんの話!! 遊くんに色んなちょっかい掛けてくるのだって、那由ちゃんが遊くんを大好きだからでしょ!」


「それって、結花の感想だよね?」


「分からず屋だなぁ、もぉ!!」



 なんか怒られた。


 だって、ツンデレさんだとか……結花がめちゃくちゃなこと言うから。



 俺に対する那由のデレ成分なんか、皆無でしょ。

 永遠にゼロ。百パーセント濃縮還元のツン。



 そんなことをぼんやり考えてると……結花はむーっと難しい顔をして。


 頭まですっぽりと、布団の中に潜り込んだ。



 そしてすぐに、ひょこっと目元まで出てきたかと思うと。



「……私は、神です」


「急になんのコントしてんの?」


「コントではありません。神があなたに、問い掛けています……那由ちゃんと電話してたときの結花ちゃんを、わがまますぎたと思っていませんか?」


「はい? 那由との電話……ああ。ライブも、俺とのデートも、那由を呼んだクリスマスパーティーも、全部やるって言ったときのこと?」


「そうです……わがままな結花ちゃんに、嫌気が差していませんか? ……神は、気にしています」


「変な設定にせず普通に聞きなよ!? そんなこと思ってないから!」


「ふへへ……神は、帰ります」



 神こと結花は、再び頭まで布団の中に潜り込んだ。

 そして今度は、首元までひょいっと出てきて。



「あれ? なんだか、神様の声が聞こえたような……」


「まだその設定続けてるの!? もぉ……結花に嫌気なんか差してないから、安心しなよ」


「はーい。ごめんなさーい」



 俺の言葉に安心したのか、結花は小さく舌を出して、いたずらっ子みたいに笑った。



 そうして、神様コントが終了したかと思うと。



「那由ちゃんも、なんだかいつもと違うなーって思ったんだけどね……なんとなーく遊くんも、いつもと違うような気がしたんだ」



 ふいに核心を突くようなことを言ってきた結花に――俺は一瞬、言葉を失う。



「そ、そう?」


「うん。那由ちゃんが帰ってこないかもってなったとき、ちょびっとだけど……寂しそうな顔、してた気がしたから。勘違いだったら、ごめんだけど」


「……いや。うん……してたかも、しれない」



 結花の純粋な瞳に。


 俺はなんだか、無性に話したくなるのを感じた。


 佐方さかた家にとっての、クリスマスのことを。



「クリスマスは、特別な日だからね。那由にとっても……俺にとっても」



          ◆



 ――小四までの那由は、今とはまったく違うキャラをしていた。



「ね、お兄ちゃん! 見て見て!! わたし、恋恋こいこいダンス、踊れるようになったんだよ!」

「あー。なんかクラスの女子も、廊下でよくやってるわ。恋恋ダンス」



 ちなみに、その頃の俺は中一で。


 黒歴史も甚だしいけど……めちゃくちゃ調子に乗りはじめてた時期だった。


 マンガやアニメは好きだけど、男女問わず気軽に話せる……オタクだけど陽キャな『イケてる人間』だと、自分を高く見積もってたんだ。死にたい。



「他の女子とか、やーだー! わたしの方が可愛いでしょ、おーにーいーちゃーん!!」


「服を引っ張んな那由、伸びる伸びる! あのな、俺はもう中学生なんだよ。中学の女子には、そう……大人の色気ってのが、溢れてんだよ」


「ふーんだ。若さには敵わないもんね! ほら、わたしの方がお肌すべすべでしょ!?」



 …………思い返してみても、「誰これ?」って感じだな。



 お喋りで。かまってちゃんで。ボディタッチが多くて。


「わたし、可愛いでしょ?」感を、家族にも友達にもアピールする――そんな子だった。



 髪の毛は確か、今の結花くらいの長さだったな。

 前髪と、その両サイドの髪をぱっつんにした、いわゆる姫カット。


 服装も今と違って、フリルだらけのピンクの服とか、そういうのばっか着てたっけ。



 そんな感じだった那由は、小学校低学年の頃までは、めちゃくちゃモテてた。


 だけど……小学校も高学年に近づいてくると。


 那由のそんなキャラは、段々と――『痛い』と思われるようになってきたみたいで。



 声の大きい男子から、「ぶりっ子」とからかわれたり。

 一部の女子グループから、「男子に媚びてる」なんて言い掛かりをつけられたり。



 そういうことが――増えていった。



「おーい、那由。飯だってよ」


 那由の部屋をノックながら、俺は声を掛ける。



「……ママ、帰ってきたの?」


「今日も仕事で遅いってさ。だから、インスタントラーメン」


「……いらない。ダイエット中だもん」



 それっきり、那由からの返事はなくなってしまった。


 諦めて階段を降りようとしたら、下で電話してるらしい親父の声が、聞こえてくる。



「……え、帰れない? 忙しいのは分かるけど……いや、そうじゃなくって……」



 ああ――また、夫婦で揉めてんのか。


 急に冷めた気持ちになった俺は、夕飯いらないやと思い、二階に引き返す。


 そして……那由の部屋の前で、足を止めて。



「なぁ、那由。出てこいよ……恋恋ダンス? あれ、見せてくれよ。お前、めっちゃうまくなってたじゃん」

「……踊らないよ、もう」



 今にも泣き出しそうな声で、那由が呟いたのが聞こえた。


 学校でからかわれることが増えて、自分の部屋に閉じこもりがちになった那由。


 ちょうどその頃、親父と母さんの関係もごたごたしてたから。



 那由にとっては、家も学校も……安心できる場所なんかじゃ、なかったんだと思う。




 そして那由は、冬休みに入る直前――学校に行かなくなった。

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