第4話 いつも生意気な妹が、なぜかしおらしくて怖いんだけど 2/2

 RINEをビデオ&スピーカー設定に変更すると、目つきの悪い一人の少女が映し出された。


 佐方さかた那由なゆ。中学二年生。


 Tシャツ&ジージャンに、ショートパンツ。髪の毛が短いもんだから、相変わらずボーイッシュな雰囲気してるなって思う。



 ああ、そういえば……親父の仕事の都合で、那由たちが海外で暮らすようになってから、もう一年半以上経つのか。早いもんだな。


 そんなことを考えてると、那由はけだるげな声色で言った。



『兄さん。今年のクリスマスプレゼントは、土地ね。最低、一万五千坪から』

「……あん?」


 開幕一番から妄言をのたまい出した愚妹に、めまいを覚える。



「一万五千坪って、東京ドームくらいあるよな?」


『ご名答。東京ドームくらいの土地が欲しいわけ。やっぱ妹へのクリスマスプレゼントといえば、土地っしょ』


「どこの世界線に生きてんだよ……ドリームお兄ちゃんじゃないんだぞ、俺は」


『え……買わない気? マジで言ってる? やば、うちの兄さん……ケチすぎ?』


「俺が煽られる意味が分からん」



 どこの世界に、中学生の妹に土地を買う兄がいるんだよ。

 石油王の兄妹じゃないんだから、ったく。



『はぁ……ま、百歩譲って、誕生日とセットでも許すけど? 誕生日+クリスマス=土地、的な。あたしの誕生日、もうすぐだし』


「何その、意味不明な等式……数学者が助走つけて殴るレベルだな」


『ああ言えば、こう言う。言い訳もここまでくると、法に触れてね?』



 ありえない暴論を吐かれた。

 もう電話切ってやろうかな、こいつ……。



「那由ちゃん、誕生日近いの?」



 うんざりしてる俺の隣で、結花ゆうかがキラキラ瞳を輝かせながら、那由に話し掛けた。


 すると……那由はちょっとだけ、トーンを落として答える。



『……十二月八日生まれ、だけど』


「え、もうすぐじゃん! わぁ、クリスマスだけじゃなくって、那由ちゃんの誕生日もあるなんて……十二月は楽しいことがいっぱいだねっ!!」


『……別に、そんなたいしたもんじゃないし』



 結花のテンションと反比例するように、なぜか那由の声が小さくなっていく。


 さっきまで土地よこせとか言ってたくせに。


 なんでテンション下がってんだか、意味が分からない。



「じゃあゆうくん、那由ちゃんのお誕生日パーティーしようよ! 私、那由ちゃんの好きな料理、頑張って作るから」


『いいよ、結花ちゃん……あたしも学校あるから、帰れないし』


「何その殊勝な態度!? お前、悪い病気にでもかかってんの!?」


『兄さん、うっさいんだけど。なんなの、カナブンなの?』


「そっかぁ。確かに、何回も日本に帰ってくるのは難しいよね……あ! じゃあ――クリスマスのとき、誕生日の分まで盛大にお祝いするってのはどう?」



 スマホの画面越しに、那由の肩がピクッと揺れるのが見えた。


 そして、頭頂部が見えるほど俯いて――黙り込む那由。



「……あれ? ごめん、那由ちゃん。私、なんか変なこと言っちゃった?」



 いつもと違いすぎる那由の様子に、結花はおたおたしはじめる。

 だけど……那由は黙ったまま。



「さっきからどうしたんだよ、那由? お前、そんなキャラじゃないだろ」


『……うっさいって、兄さん。なんなの、モスキート音なの?』


「いちいち人を虫で表現すんの、やめてくれない?」


『とにかく、今年はいいよ。誕生日も……クリスマスもさ』



 ――――クリスマスも?



 その言葉には、さすがの俺も驚きを隠せなかった。


 だってクリスマスは、これまで――大切な『家族の行事』だったから。



 俺と那由が、一緒に日本で暮らしてた頃――我が家では毎年、那由の誕生日パーティーとクリスマスパーティーを開いていた。


 ここ一、二年は、親父の仕事が激務になりすぎて、俺と那由だけでパーティーをすることもあったけど。


 去年はさすがに何度も帰国できないからって、クリスマスしか祝えなかったけど。



 それでも俺と那由は、いつだって――家族でクリスマスを過ごしてきたんだ。



 だから、そのクリスマスを渋るってことは――。



「分かったぞ、那由……大掛かりな嫌がらせを仕掛けようって、そういう魂胆だな?」

『……は? 真面目に話してんだけど? なんなの?』



 真面目にキレられた。


 あれ? ってことは、本気で帰ってこないつもりなの? なんで?



『……だって今年は、さすがにないでしょ』


 思考が追いつかない俺に向かって、那由は今にも消え入りそうな声で応える。



『クリスマスは……夫婦の大切な、イベントだし。結花ちゃんと過ごしなって。あたしがそこに混ざるとか……邪魔すぎだって、マジで』


「もぉ――怒るよ、那由ちゃん?」



 そんな那由に向かって。


 結花が「めっ」と、たしなめるように言った。



「那由ちゃん。確かに私は、すーっごく、クリスマスを楽しみにしてます! 遊くんと初めてのクリスマスデート……ふへへっ、そんなの最高じゃんよぉ……って!!」


『じゃあ、やっぱお邪魔虫じゃ――』


「でも! 那由ちゃんと一緒にクリスマスパーティーするのだって、絶対に楽しいから。だから私は……遊くんとのデートも、那由ちゃんとのパーティーも、両方やりたいの」


『……は?』



 結花の発言が思いも寄らなかったんだろう、那由が間の抜けた声を出した。


 インストアライブの最終公演をやって? 俺とのクリスマスデートも満喫して? その上、那由も呼んでクリスマスパーティー?


 相変わらずめちゃくちゃなことを言うな、結花は。



 だけど同時に……結花らしいなって思う。



 めちゃくちゃだけど、本人は至って真面目で。


 しかもそんな無茶を、沖縄のときみたいに――きっと全力で突き通しちゃうんだろうな。結花って子は。



「諦めろ、那由。何を企んでんだか知らんけど、結花がこうやって言い出したら、絶対に折れないから。普通に帰ってこいって、本当に」


「……ちょっとぉ。その言い方だとなんか、私がわがままな子みたいじゃんよぉ」



 隣で不服そうに唇を尖らせてるけど、そんなに間違ってないでしょ。



「……まぁ、二割くらいは、遊くんの言うとおりかもだけど。私って結構、欲張りさんだから……インストアライブも頑張りたいし、遊くんとデートもしたいし、那由ちゃんとのパーティーもしたいんだ。だって、楽しいことは全部やった方が、もーっと楽しいはずだもん! だからね――那由ちゃん、一緒に笑ってクリスマスを過ごそ?」



 何も着飾らない結花の一言。


 そんなまっすぐな義理の姉の言葉に――那由は弱いから。



『……ありがと、お義姉ねえちゃん……考えとく』



 さっき以上に、消え入りそうな声で答えた那由だけど。


 前髪の隙間から、ちらっと覗いたその表情は。




 ――――はにかみがちに笑ってるように、見えたんだ。

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