第3話 いつも生意気な妹が、なぜかしおらしくて怖いんだけど 1/2

ゆうくん! ついにあと、一か月を切りました!!」


 じゃーん、という効果音でも聞こえてきそうな勢いで近づいてくると。


 リビングのソファでマンガを読んでた俺に向かって、結花ゆうかは腕組みしながら「えっへん」と言った。


 いや、「えっへん」って声に出されても。



「あと一か月……そうだね。それくらいで、冬休みか」


「ぶぶー! 違いますー。確かに冬休みになるけど、冬休みじゃありませんー」



 禅問答かな?


 ちなみに結花は、両腕で作ったバッテンを俺の方に突き出したまま、次の答えをほしそうにこちらを見ている。


 ああ……答えるまで帰れません的なクイズか、これ。



「お正月」


「ぶぶー! お正月の前に、もうひとつイベントが!!」


「大晦日」


「……分かってて間違えてるよね!? 遊くんのばーか!」



 バレたか。

 だって、そんな正解待ちの顔されたら、からかいたくもなるでしょ。



「……はい、僕は遊くん! クリスマスだと思います!! ……はい、私は結花です! ぴんぽーん、遊くん大正解ー!!」



 痺れを切らしたらしい結花が、一人二役でクイズを終わらせた。


 なんという茶番。


 そして結花は再び「えっへん」って声に出すと、ほっぺたが落ちそうなくらい、にへーっと笑った。



「というわけで、もうすぐクリスマス! 楽しみだねっ! 楽しみでしょ? 楽しいしかないはず!!」


「何その、楽しいの三段活用? 問い掛ける風に言ってるけど、自分が楽しみなだけだよね絶対」


「当たり前じゃんよ! 慌てんぼうのサンタクロースくらい、私はクリスマスがウルトラ楽しみだもん!!」



 慌てんぼうのサンタクロースは、別にクリスマスが楽しみすぎて早く来たわけじゃなくない?


 なんて思ったけど……結花があまりにも瞳をキラキラさせてるから、野暮なツッコミはやめにした。



「ふへ……大好きな人と過ごす、メリーメリークリスマス……そんなの、とろけちゃうじゃんよ……」


「結花、溶けてる。クリスマス前に、もう顔がとろけちゃってるから」


「はぁ……お天気キャスターさん、クリスマスの日に雪を降らせてくれないかな? 大好きな遊くんと過ごす初めてのクリスマスが、ホワイトクリスマスだったら最高なんだけどなぁ」


「お天気キャスターは、魔法使いじゃないからね?」



 クリスマスが楽しみすぎて、結花のIQがいつもより格段に低下してる。


 そんな俺の心配もよそに、結花は両手を組んでお祈りみたいな格好をしながら、独り言のように続ける。



「デートは遊園地がいいなー。クリスマスに、二人っきりのラブラブ遊園地! イルミネーションも見れたら、もっと最高だよねー……」


「えっと……一か月後の話だよね?」


「もちろん! だってまだ、クリスマスじゃないもん!!」



 いまいち話が噛み合ってない。


 駄目だこの子……既にクリスマスに、脳が侵食されてる。



「あ、そーだ。遊くん、プレゼント交換をー……したいんですけどー?」


「結花、最近そうやって上目遣いでおねだりすること、増えたよね? そうやったら、俺が駄目って言えないと思ってるでしょ?」


「したいんですけどー? 駄目なんですかー? 泣いちゃうぞー? いいのかなー、泣いちゃいますよー? うえー」


「うえー、じゃないよ! もぉ……分かったよ、プレゼント交換しようね」


「……えへへっ。わーい!」


「まったく、どんどん小悪魔化していくんだから、結花は」


「ごめんなさーい。でも、ゆうなもこういう甘え方、するときあるでしょ? だから、遊くん好みかなーって!」



 ぐぬぬ……よく分かっていらっしゃる。

 さすが、もう半年以上も同棲してる許嫁だ。


 そんな俺の顔を見て、結花はいたずらげに笑う。



「デートも楽しみだし、雪が降ったらロマンチックで最高なんだけどね? 今年のクリスマスの目玉は――プレゼント交換だよっ! 最高のタイミングで、最高のプレゼント渡しちゃうから……覚悟しててねっ!!」


「凄まじいハードルの上げっぷりだな……分かった、楽しみにしてるね。俺も、結花に喜んでもらえるものを考えとくよ」


「遊くんからのプレゼントなら、どんなものでも世界一嬉しいけどねっ!」



 ……無邪気にそういうキラーフレーズを放ってくるの、本当にやめてほしい。


 反応に困るし、気恥ずかしくなっちゃうから。



 しかし――クリスマス、か。

 もう、そんな季節になるんだな……。



「あれ? 遊くん、どうかしたの? ボーッとしちゃって」


「ん? ああ、なんでもないよ……あれ? そういえばクリスマスの日って、インストアライブの最終日じゃなかったっけ?」



 大手企業が手掛けるソーシャルゲーム『ラブアイドルドリーム! アリスステージ☆』――通称『アリステ』。


 百人近くのアリスアイドルが登場するこのゲームに、燦然と輝くひとつの星がある。



 それこそが、俺の心を照らし続ける愛の星――ゆうなちゃん、君なんだよ?



 そんな彼女の声を演じてるのが、綿苗わたなえ結花こと和泉いずみゆうなで。


 人気投票六位の『六番目のアリス』らんむちゃんを演じている、先輩声優・紫ノ宮しのみやらんむと、和泉ゆうなが結成したユニットが。



 そう――『ゆらゆら★革命』だ。



「そうだよー。大阪と沖縄に続いて、名古屋と北海道公演があって……ラストはクリスマスのお昼に、東京公演!」


「だよね? だったらクリスマスにデートはできないんじゃ――」


「お昼! お昼の公演だよっ!? 夜じゃないよ、夜があるよ!! 夜にデートだよ!」



 食い気味に、すっごい捲し立てられた。

 なんかちょっと睨んでるし。落ち着きなよ、もう。



「いや、デートをキャンセルしたいとかじゃなくってね? ただ、体調とかスケジュール的に、大変じゃな――」

「大変じゃないです、デートをしたら元気が出ます、むしろデートできないと体調を崩して死んでしまいます!!」



 マシンガンのごとく、俺のセリフにかぶせて喋りまくる結花。


 絶対にクリスマスデートを死守しようという、凄まじい気迫を感じる……。



「……大阪公演のとき、かなり疲れてたでしょ? そうならないように、体調を第一に考えること。約束できる、結花?」


「はい! 私、結花はいっぱい寝て、ちゃんとご飯も食べて、万全の体調で昼公演を頑張ってからデートに行くと、誓いますっ!!」



 体育祭の宣誓みたいなテンションで、結花は高らかに右手を挙げて言った。


 そんな相変わらずな結花を見てたら、なんだか自然と笑ってしまう。



 ――――ブルブルッ♪



 そんな感じで、クリスマスの流れがなんとなくまとまったタイミングで。

 マナーモードのままテーブルに置いてた俺のスマホが、振動しはじめた。


 誰からだろう、と思いつつスマホを手に取ると。



 ディスプレイには……我が愚妹のRINE電話を知らせる画面が、表示されていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る