第7話 【やばい】声優のマネージャーと特撮ガチ勢が遭遇したところ…… 1/2

「あれ、鉢川はちかわさん?」

「こんにちは。遊一ゆういちくん」



 玄関を開けると、そこには白いシャツに黒いジャケットを羽織った、しっかり者の社会人って感じの見た目をした女性が立っていた。


 明るい茶色のショートボブ。

 唇にはピンクのルージュ。


 スレンダーで、タイトスカートから覗く脚はすらっと長くて……実はモデルですって言われても、しっくりくる。



 彼女は、鉢川久留実くるみさん。


 声優事務所『60Pプロダクション』で働いてる、和泉いずみゆうなのマネージャーさんだ。



「あ、久留実さん! おはようございます!!」


 リビングから出てきた結花ゆうかが、てこてこと早足で俺の隣にやってくる。

 そして、笑顔のまま首をかしげて。



「でも、どうしたんですか? 急にうちに来るなんて……」

「ゆうな! 本当に、ごめんなさい!!」



 結花の言葉を遮る勢いで、そう言って。

 鉢川さんは九十度くらいの角度まで、深く頭を下げた。


 突然のことに、俺と結花は顔を見合わせる。



「く、久留実さん、顔を上げてくださいよ!? そんな謝られるようなことなんて、なんにもないですし!!」


「わたし、鉢川久留実はこのたび、沖縄のインストアライブの際に、車のパンクという不慮の事態とはいえ、担当声優である和泉ゆうなのスケジュールを大幅に乱してしまいました。インストアライブの開催が危ぶまれるような状況にまで発展したことは、担当マネージャーとして大変遺憾――」


「やめてくださいよ、俺たちの家の前で謝罪会見みたいなのはじめるの!? ご近所さんから、やばい家だって思われちゃうから!!」


「そうしたご意見を真摯に受け止めて、今後はこのようなことがないよう……」


「だから、取りあえず家に入ってくださいって! 鉢川さん!!」


「いいえ。わたしのような者が室内に入るなんて、おこがましいので」


「入んない方が迷惑だって言ってんの!!」



 埒が明かなすぎて、思わず声を張る俺。


 反省もいきすぎると、むしろ反省しない方がマシな感じになるんだな……。



 とにかく、無理やりにでもいったん家の中に入ってもらおうと、俺と結花で説得していたら――。



「ん? 何やってんの、ゆうちゃんたち?」



 そんなタイミングで。

 鉢川さんの後ろから、ひょこっと二原にはらさんが現れた。


 腰元をキュッと絞った白いチュニックに、デニムのショートパンツ。

 首に掛けたネックレスには、百合の花みたいなアクセサリーがついている。



「……あれ? なんか見たことある気がする、その格好」


「お、いいとこに気付いたねぇ佐方さかた! ふっふっふ……花言葉は、純潔! 白く咲き誇る百合の花――マンカイリリー!!」


「あ、分かった! ももちゃんが着てるの、マンカイリリーの私服姿だよ、ゆうくん!!」



 あー、そうだ。


 毎週日曜日に放送してる特撮番組『花見軍団マンカイジャー』――そこに登場する、マンカイリリーの変身前の服装だわ、まさに。


 この間はマンカイヒマワリの変身前の服装を真似してた二原さんだけど、これも一種のコスプレだよな。


 俺の関係者、コスプレする人が多すぎない?



「ま、それはいいとして……玄関先で、なに揉めてんすか? お姉さん、セールスの人だったり?」


「え、えっと。セールスではなくてですね、ゆう……結花さんにお世話になっている者、と言いますか……」



 唐突に絡んできたギャルに、鉢川さんは言葉を選びながら答えた。


 ああ……そういえばこの二人、初対面だっけ。



 鉢川さん的には、結花が声優だなんて個人情報を、勝手に漏らすわけにはいかないもんな。めちゃくちゃ濁して説明してる。


 そのせいで、二原さんはいまいちピンとこないんだろう――首をかしげながら、さらに鉢川さんに尋ねた。



「お世話になってる? スーツのお姉さんが、結ちゃんに? んーと……親戚の人とか、そういう系です?」


「い、いえ。血縁者ではないのですが、結花さんには色々と頑張っていただいてまして。遊一くんにも、色々とお手間を取らせたり……」


「結ちゃんが頑張って? 佐方に手間が掛かる? なるほど……分かった! あれだ、佐方の第三夫人ってやつっすね!!」


「頭マンカイすぎない、二原さん!?」



 どんな思考回路してたら、そんな結論に落ち着くんだよ。

 なんだ、第三夫人って。



「あれ、違うん? 佐方の正妻は結ちゃんっしょ。んで、おっぱい恋しいときの第二夫人が、うちじゃん? だから、第三夫人かなーって」


「ちょっと黙ろうか、二原さん?」


「おっぱいが恋しいとき!? 遊一くん、どどど、どういうことなの!? これ以上スキャンダルが重なったら、わたしも庇いきれない……うう、お腹が痛い……」


「こんなギャルの妄言を本気にしないで、鉢川さん!? あー、もぉ……結花からも二人に説明を……」


「ぶー」



 ――――はい?


 意味の分かんないタイミングで、頬を膨らませはじめた結花。


 こんな理不尽な四面楚歌、初めて見たわ。



「えっと……結花さん?」


 おそるおそる、結花に声を掛けると。

 結花は唇を尖らせたまま……言った。



「遊くんの、おっぱいばか……」


「馬鹿はどっちなの!? 俺は一言も、そんなこと言ってないでしょ!!」




 と、まぁ――こんな感じで。


 特撮ギャル・二原桃乃もものと、和泉ゆうなのマネージャー・鉢川久留実という、異色の取り合わせは。


 ありえない大騒ぎの中で、初遭遇を果たした。



 ……マジで勘弁してほしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る