第32話 【沖縄】夜の旅館で起きたハプニングについて話そう【3日目】 2/2

 ……そんな感じで。


 俺は結花ゆうかと一緒に、男子部屋を出たんだけど。



「それで、どうしたの結花?」


ゆうくん、こっち! こっちの部屋……今、誰もいないから!!」


「……誰も、いない?」


「うん、だから……しようと、思って」



 え。誰もいない部屋で、二人っきりで……何するの?


 ――えっと、まさか。



 そういうこと、すんの?



「……ももちゃんが、教えてくれたんだ。体調悪くなった人用に、予備部屋があるよって」


「ああ……そういえば、マサが昨日使ったって言ってたな」



 そんなやり取りの合間も、俺は内心――ドキドキが止まらない。


 だって、修学旅行の夜に、許嫁と誰もいない部屋に二人っきりって。


 ……よかった。さっきお風呂に入っておいて。



 ――――遊くん。二人だけの想い出作り……しよ?



 つまり、そういうことだよね?


 修学旅行で、大人の階段をのぼるのか……高校二年生って、なんか凄いな……。



「じゃあ……いくよ、遊くん?」



 もう俺の頭は、まともに機能しなくなってる。


 そして、大胆にも結花は。


 二人っきりの部屋で――ダンスしはじめた。



 …………ん?



「あれ? えっと、あれかな……求愛の儀式的な?」


「求愛の儀式!? うー……まだ下手っぴってこと? じゃあ、もう一回やるから見てて――明日の本番までに、完璧に仕上げなきゃだから!」


「明日が本番なの!? じゃあ、今日は何するの!?」


「え、練習だよ!? だって本番は――インストアライブの本番は、明日だもん」



 ……インストアライブ?


 ああ、そういう本番ね。ようやく俺の頭の中で、色んなことの合点がいった。



 つまり結花が、俺をここに呼んだのは……明日に向けた振り付けの練習をするところを、客観的に見てほしいって。そういうことだったのか。


 えっと……最初からそう言ってくれないかな、結花? 無駄にドキドキするから。



 ――――気を取り直して。



 結花が、『ゆらゆら★革命』の歌に合わせたダンスを踊る。


 公式動画サイトに、ショートバージョンが上がってたのは見たけど……そのときより、ずっとキレが良くなってる気がする。



 結花……相当頑張ってたもんな。


 大阪公演のときは疲れきって、帰りの新幹線で爆睡して、鉢川はちかわさんの家で少し寝かせてもらったくらいだし。



「……修学旅行と両立するって、私が言い出したからね」


 一曲踊り終わったところで、結花が呼吸を整えつつ、言った。



「ファンのことも、らんむ先輩のことも、がっかりさせないよう――しっかりやらなくっちゃ。だから。ごめんね、せっかくゆっくりしてたのに……付き合わせちゃって」


「……ううん。いつだって付き合うよ。だって俺は、結花の未来の『夫』で……『恋する死神』だから」


「うん! ありがとう、遊くん……『恋する死神』さんっ!! ――ゆうなが頑張れるのは、あなたがそばにいてくれるから。だから、ありがとうって思ってるんだよ?」



 ――――そのセリフは。


『ゆらゆら★革命』の告知用ショートアニメの、ゆうなちゃんのもの。


 だけど、それは……驚くくらいに、結花とリンクしていて。




「ゆうなも、結花も……頑張るねっ! だーかーら……一緒に笑お?」



          ◆



 ――そして、ついに本番の日がやってきた。



 四泊五日の修学旅行の四日目で、『ゆらゆら★革命』が沖縄でのインストアライブを開催する日。


 その日の沖縄は、雲ひとつない晴れやかな空で。


 なんだか、決意を固めた結花の心みたいだなって……ぼんやりと思った。



 今日のおおまかな流れは、こんな感じだ。


  ①結花が待ち合わせ場所まで移動する 俺もそれに同行する


  ②鉢川さんが車で結花を拾い、インストアライブに向かう


  ③俺は修学旅行に戻り、俺と二原にはらさんでマサを誤魔化しつつ、一日を過ごす


  ④ライブ終了後、鉢川さんが車で結花を送ってくるので、うまく合流する



「んじゃ、取りあえずはうちが、バレないよう誤魔化しとくから。佐方さかた、ちゃんと結ちゃんを送っといでね。ゆうちゃんは……頑張って! 応援してっからさ!!」


「うん! 行ってきます、桃ちゃん!!」



 二原さんにエールを送られて、結花は嬉しそうにガッツポーズを決めた。



「二原さん、ありがとう。協力してくれて」


「や。友達が頑張ってんのに手伝わないとか、うちの中のヒーローが許さないからさ。つか、倉井くらいは勝手にやらかして怒られてっから、誤魔化すのもそんなに困んなそうだし」



 マサは有言実行、チケットもないのにインストアライブの会場に行こうと企んだ。


 そして俺たちより先に、修学旅行を抜け出そうとして――敢えなく郷崎ごうさき先生に見つかり、ただいま絶賛お説教を食らってる。



「早く行きなって。見つかっちゃうと面倒だし。こっちは――桃乃ももの様に任せといてよ!」



 そんな頼もしい友人に見送られて……俺と結花は、修学旅行を抜け出した。


 事前に鉢川さんと決めておいた待ち合わせ場所まで、二人とも駆け足で向かう。



「遊くんも、桃ちゃんも……ありがとう。それから、ごめんね……私のわがままで」


「わがままじゃないって。俺たちだって、結花と修学旅行に行きたかったし――ライブも楽しみにしてるんだから」



 結花の手を引きながら……俺はふっと、ゆうなちゃんのことを考える。


 俺が人生のどん底だったとき、俺を救ってくれたアリスアイドル――ゆうなちゃん。



『アリステ』の中では、それほど高い人気じゃない彼女が、まさかこんな風にフィーチャーされるなんて……夢にも思わなかった。


 そして、そんなゆうなちゃんの大事なライブのために――自分が手助けをする未来が訪れるなんて、妄想したことすらなかったな。



「結花。俺は残念だけど、現場には行けない。だけど……いつだって全力で、応援してるから。ゆうなちゃんのことも、和泉いずみゆうなちゃんのことも――綿苗わたなえ結花のことも」


「うん、知ってる! いつもありがとう、遊くんも――『恋する死神』さんも!!」




 そして俺と結花は、待ち合わせ場所に到着した。

 時間もちょうどぴったり。


 これで鉢川さんが車で拾ってくれれば、インストアライブの開演には十分に間に合う。


 修学旅行とインストアライブの両立……どうにかなりそうだな。



 ――――そう、思ってたんだけど。



「……鉢川さん、遅くない? もう十分以上、待ってるけど」


「どうしたんだろ? 大丈夫かな久留実くるみさん……あ。ちょっと待ってね、遊くん」



 ちょうど着信があったらしく、結花が電話に出る。



「もしもし、久留実さん? どうしたんで――え? パンクしちゃって、車が立ち往生してる? ……時間に、間に合いそうにないんですか?」




 電話をしているうちに、結花の顔が曇っていくのが分かった。


 車が立ち往生? 時間までに、間に合わない?



 これは、かなりの――大ピンチなんじゃないか?

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