第31話 【沖縄】夜の旅館で起きたハプニングについて話そう【3日目】 1/2

「昨日は酷い目に遭ったぜ……本当に」


 げっそりした顔をしたマサが、隣でなんかぼやいてる。



 修学旅行三日目――現在俺たちの班が来てるのは、水族館。


 大きな水槽の中では、色とりどりの魚や、巨大なマンタが泳いでいる。



「なぁ、遊一ゆういち……いい加減教えろって。二人はどんな水着だったんだよ? らんむ様が着てたようなセクシー系か? それとも、ゆうな姫みたいなキュート系か?」


「お、マサ。見ろよ、ジュゴンいるぜ」


「なんで昨日からずっとノーリアクションなんだよ! ずるいだろうが、独り占めしやがって!!」



 うるさいな、お前は。


 言わないっつーの。結花ゆうかの水着を妄想されるとか……なんか嫌だし。



「なぁに、騒いでんのさ? 倉井くらい、回復した途端にフルスロットルすぎね?」


「……二原にはら。なぁ、教えてくれよ……どんな水着を着たんだよ?」


「……わーお、直球のセクハラだ。よっしゃ、先生に言っちゃおーっと」


「ちょっ!? 待って、待って二原! 今のはボーッとして、つい口が滑って――」



 スマホを手にして歩き出した二原さんを、慌てて追い掛けるマサ。


 そして、ドタバタと二人がフェードアウトしたところで……。



ゆうくんっ、二人っきりだよっ!」


 お土産を見てた眼鏡結花が、なんか満面の笑みを浮かべて、ぴょんと飛び出してきた。



「えへへっ、すごいねももちゃん! 『二人っきりにしたげるから、いい感じにデートしなよ?』って言って……本当にそうしちゃった!」


「え? さっきの二原さん、まさかマサの気を引きつけるために、わざとやってたの!?」



 すげぇな、コミュ力お化けの特撮系ギャル。

 感心するやら、呆れるやら。


 そんな俺の手をぐいぐいっと引っ張って、結花は歌うような軽やかさで言った。



「ねぇ、一緒にお店見ようよー遊くん! このスノードーム、可愛いよねっ!!」


「おー、イルカとかマンタとか、色々いるんだね」


「こっちのぬいぐるみも、可愛いね。あ、でも……遊くんの方が可愛いよ!」


「いやいや!? ペンギンのぬいぐるみと比較されても、なんとも言えないんだけど!」


「あははっ! ……楽しいなぁ、修学旅行」



 ピンク色のイルカのスノードームを眺めながら――結花は噛み締めるように、呟いた。



 ……結花にとって、最初で最後の修学旅行が、楽しい想い出で溢れてたらいいなって。


 俺は心の底から、そう思うし。


 多分もう、そうなってきてるんじゃないかなって気がする。



 だって、俺もとっくに――過去最高に楽しい修学旅行だって、感じてるんだから。



          ◆



「おい、遊一! 枕投げしようぜ!!」


「正気か、お前? まだ七時だぞ? 枕投げのターン早すぎだろ、マサ」



 布団すら敷いてないのに、枕だけ出してきて、どんだけ枕投げしたいんだこいつは。


 っていうか、一緒の男子部屋になってる奴ら、別に親しくないのにどうする気だよ。


 まさか二人で枕投げすんの? キャッチボールならぬ、キャッチ枕……嫌だな……。



「――ちなみに遊一。明日の『ゆらゆら★革命』のライブ、どうやって抜け出す?」



 ふいに顔を近づけて、マサがこっそり耳打ちしてきた。


 お前、当たり前みたいに脱走計画を話し出すなって。



「抜け出してどうすんだよ。お前、チケット持ってんの?」


「持ってねぇけどよ……同じ沖縄の地に、らんむ様とゆうな姫が降り立つんだぜ? せめて近くに行って、同じ酸素を吸いたいじゃねぇか」


「上級者すぎんだろ」



 その『ゆうな姫』が、自分の修学旅行の班員だって知ったら、腰を抜かすんだろうな。当たり前だけど。



 ……そういえば、明日はいよいよライブ当日なのか。


 結花、大丈夫かな。緊張しすぎてないといいけど――。




「……失礼するわ」



 そのときだった。


 ノックする音がしてすぐに、うちの男子部屋に……一人の女子が、入ってきたのは。



 ポニーテールに結った髪。細いフレームの眼鏡。


 唯一違うのは、いつもの制服姿じゃなくって、浴衣を着ていることくらい。



 それは、綿苗わたなえ結花。


 ちょっとつり目気味で、無表情で感情が読みづらい――学校バージョンの方だ。



「わ、綿苗さん!?」


 マサが予期せぬ来訪者に、目を丸くする。

 他の三人も、まさかの綿苗結花に、ざわざわしてる。


 確かに学校の結花だけしか知らないと……この子が修学旅行で男子部屋に来るとか、夢にも思わないもんな。



佐方さかたくん、ちょっといいかしら?」


「え、どうしたの?」


「……ちょっと、いいかしら?」



 なんの説明も付加せず、語気だけ強くしてくる結花。


 いやいや、怪しいでしょ? 修学旅行だよ?


 普通に考えたら、これって――なんか女子が、好きな男子に告白してきたとか。

 そういうイベントに見られるでしょ、絶対。



「――――遊一」



 そんな心配が頭を巡る俺の肩を、マサがポンッと叩いた。


 そして――シニカルに笑って。



「大変だな、お前も……絶対に説教される感じだぞ、あの顔は」

「……あん?」



 いや。ああ……まぁ、確かに。


 無表情のまま、上目遣いにじっとこっちを見つめる結花の姿は――知らない人から見れば、怒りで睨んでるようにしか感じないか。



 変な誤解をされるよりは好都合なので、ひとまずその空気に乗っかることにする。



「マジか……えっと。どこに行くの、綿苗さん?」


「……ちょっと、表に出て」


「表って。なんの用事なのさ?」


「……いいから。顔を貸して」



 ――――表に出ろや。面貸せや。


 完全にキレてる人のセリフ回しだな。




 考えうる限りの最適解だよ、結花。絶対に本人、何も考えずに喋ってると思うけど。

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