第30話 【沖縄】水族館も海も、最高しかなくて困る【2日目】 2/2

「……綺麗な海だな。波打ち際を見てると、心が落ち着く」



 意味もなく独り言ちつつ、俺は一人――沖縄のビーチに立ち尽くしていた。


 トランクスタイプの水着を穿いて、さほど引き締まっているわけでもない上半身を晒しながら。


 海の音を聞きつつ……平静を保とうと心掛けていた。



 海に来たからって、俺はハイテンションになったりしない。

 佐方さかた遊一ゆういちは、クールに過ごすぜ。



「おーい、佐方ぁ!」



 ……そうして、精神統一を図っている俺を呼ぶ、ギャルの声。


 大きく深呼吸をしてから、俺は海を背景に振り返る。



 そこには――少し前に自撮りで送ってきた水着を着た、二原にはら桃乃もものの姿があった。


 肩紐がない、どうやって固定してるんだかよく分からないビキニ。フリルがたくさんついていて可愛らしいデザインなんだけど……二原さんの胸元は、全然可愛くない。


 だってこのビキニ、なんか胸の谷間のところが、際立つデザインなんだもの。



 そして、そんな水着を身につけたら当然――豊満な二原さんの胸は、いつも以上の迫力を見せていて。


 可愛いとかじゃなく……もはや男殺しの凶器だ。



「どーよ? ほい、悩殺ポーズだよんっ」


「――ぶっ!? やめてやめて、前屈みになって谷間を強調するのは! 俺をどうしたいの、二原さんは!?」


「んー……佐方を悶々とさせて、遊びたい!」


「さらっと、悪魔みたいなことを言うね……そういう悪い遊びはやめようか? 全男子にとって、色々とよろしくないから。本当に……」



「へぇ……楽しそうですねー。いいですねー、絶景ですねー。はいはい、ゆうくんは、そういう景色がお好きですものねー。け!」



 二原さんにからかわれてる俺に向かって、拗ねたような声が聞こえてくる。


 なんか那由なゆの「けっ!」ってやつを真似しようとして、失敗してたけど。



 おそるおそる、声のした方へと顔を向けると、そこには――水着姿の結花ゆうかがいた。


 俺たち三人しかいないから、眼鏡を外して髪の毛をおろした、素の結花。


 そんな彼女が身につけてるのは……ビキニタイプの水着。



 二原さんと違って、肩からちゃんと細い紐で吊られてるけど。


 極端に露出が多いわけじゃないけど。


 今年の夏に発表された、ゆうなちゃんの水着姿(SR)とそっくりな。



 ――――まさに俺の好みどんぴしゃな、水着姿だった。



「……反応がうすーい。やっぱり、ももちゃんの巨乳ほどのインパクトがないって、言いたいんでしょ」


「言ってないよね!? そんな双方に失礼なこと、思ってないんだけど!?」


「け!」


「できないんなら、那由の真似しなくていいから! そういう悪い子の行動を真似しちゃだめだから!!」



 はぁ――なんか顔が、じわじわ熱くなってきた。


 だって、あどけない顔付きの結花に、可愛い系のその水着はよく似合ってるって……そう思うから。



 気恥ずかしいから、直接は言わないけどね。



 そうして俺が黙っていると、唇を尖らせた結花が、二原さんのことを上目遣いに見た。



「桃ちゃんってば、いじわるー……そんなおっきな胸されたら、私の立つ瀬がないじゃんよぉ」


「や、別にうち、海用に胸を膨らませてるわけじゃないかんね? 普段から、この胸で生きてるんだってば」


「それが、ずるいんだよー。分けてよー。うー……」


「……ぷっ! あはははっ!! 分けてとか、めっちゃ可愛いんだけど! ゆうちゃんはそのままで、最強に可愛いって。ほら、佐方をよく見なって……ちゃんと性的な目で、結ちゃんのこと、見てるっしょ?」



 なんか急に、ギャルに指差されて「性的な目で結花を見てる」という罵倒を受けた。


 なんだよ、「ちゃんと性的な目」って。ちゃんとしてる性的な目と、ちゃんとしてない性的な目の違いが分かんねぇ。



「遊くん……ほんと? ちゃんと、私のことを……ドキドキ見てる?」


「えっと……それ、答えなきゃだめなの?」


「うえーん、桃ちゃんー!!」


「よしよし、結ちゃん……あのさぁ、佐方さぁ。男らしく、ちゃんと言いな?」


「……俺はどういう回答を、求められているのか」


「『俺は結花を、性的に魅力があると思って見てました』……っしょ?」


「ばかなの!? そんな言い方する奴、気持ち悪いよな!?」


「うえーん! やっぱり私、魅力ないんだー!!」


「佐方、最低……」



 なんでやねん。



 明らかに因縁を付けられてるとしか思えないけど、このままだと収拾がつかないし。


 俺は勇気を振り絞って、結花の目を見て――はっきりと告げた。



「……結花。その水着、よく似合ってて。うん……すごく、可愛いよ?」

「……ほんと? えへへっ……遊くんに、可愛いって言われちゃったっ!」



 俺の一言を聞いただけで、一気にご機嫌な笑顔になった結花は、二原さんの腕をぐいぐいーっと引っ張ってはしゃぎ出す。


 そんな子どもっぽい結花の頭を、わしゃわしゃっと撫でる二原さん。



「さーて、丸く収まったところで……二人とも、海を楽しもうねぃ?」



 言うが早いか、二原さんはニヤッと――怪しい笑みを浮かべた。


 そしてどこに持っていたのか、化粧品のようなものを取り出して。



「結ちゃん。海で泳ぐ前にさ、日焼け止めクリームを塗った方がよくない? 十一月とはいえ、日に当たるわけだしさ」


「あ、そうだね……ライブもあるし、ちゃんと塗っておかないとだね!!」


「んじゃ、佐方。ちょい日焼け止め、結ちゃんに塗ったげて?」


「急にこっちに振ってきたな!?」



 最初から絶対、そういう筋書きで話を運ぼうとしてたでしょ、二原さん。


 日焼け止めクリームを女子に塗るシチュエーションなんて、マンガとかアニメでしか見たことないんだけど。



「え、ちょ、桃ちゃん!? 遊くんが、私に塗るの!?」


「そりゃそうっしょ。塗られる方もドキドキ、塗る方もドキドキ……青春じゃね? これこそまさに、修学旅行って感じ!」


「そんなことはないな!? 日焼け止めクリームを塗るイベントは、別に修学旅行の定番じゃないからね!?」


「うー……恥ずかしいよー、桃ちゃんー……」


「結ちゃんがやんないなら、うちが佐方に塗ってもらうけど?」


「やります! 私に塗ってください、遊くんっ!! 桃ちゃんじゃなくって!」



 二原さんにうまく乗せられて、自ら志願してきた結花。


 ここで断ると、また「胸が小さいからかー!!」って、さっきのターンに戻るだろうし……受けざるをえない。



 さすが二原桃乃。結花の転がし方を、よく分かってるな……。




 ――そんなこんなで。


 砂浜に敷いたシートに、うつ伏せで寝転がった結花は……背中のホックを外した。


 はらりと水着はシートに落ちて、結花の白くて綺麗な背中が、完全に露出される。


 恥ずかしそうに顔を伏せる結花。

 俺の後ろで、楽しそうに笑ってる二原さん。



 そして俺は――自分の手に日焼け止めクリームをつけて、ごくりと生唾を飲み込んだ。


 マジでやるのか、これ……。



「ゆ、遊くん……私の背中、変じゃない?」



 両腕に顔を伏せながら、結花が呟くように尋ねてくる。


 恥ずかしさなのか、不安なのか、ちょっとだけ結花の身体が震えてる。



「へ、変じゃないよ? じゃあ、結花……塗るよ」

「ひゃっ!?」



 ちょっ、変な声出さないでくれる!?


 俺が背中に手を当てた瞬間、もぞもぞしないで――こっちまで恥ずかしくなるから。



 結花のすべすべとした、柔らかくて温かい背中。


 そこに俺はゆっくりと……日焼け止めクリームを塗っていく。



「んにゃ……ふにゅ……ん……」

「静かにしようか、結花!? 二原さん、もうこれやめにしな――って、いないし!!」



 いつの間にか二原さんが姿を消してる。


 二人をくっつけて、自分は何も言わずに立ち去る……まさにヒーロー。



 いや、日焼け止めクリームを塗るシチュエーションを作るヒーローとか、さすがにねーな。良い子のみんなに見せられないし。



「……きもちいーなぁ。えへへっ、ありがとう遊くんっ……」



 ちらっとだけこちらに顔を向けて、くすぐったそうに笑う結花。


 そんな言葉と一緒に漏れた吐息は、なんだか艶やかで。

 とてもじゃないけど結花を直視できなくって……さっと目を逸らす。



「じゃ、じゃあ。身体の横の方にも、クリームを塗るね……」

「え? あ、ちょっ、ちょっと!? 遊くんっ!?」



 ――――むにゅ。



 なんか両手が、柔らかいものに触れた……ような気がする。



 ……その物体が。


 身体の横からむにゅっと出てる胸だと気付いたのは――結花が絶叫してからだった。



「うにゃああああああああああ!?」




 その後――戻ってきた二原さんから死ぬほどネタにされたのは、言うまでもない。


 二日目も波乱ばかりの修学旅行だったわ……本当に。

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