第33話 【沖縄】推しキャラの声優は、いつも頑張り屋だから【4日目】 1/2

「ど、どうしようゆうくん……久留実くるみさんの車が、パンクしちゃって、ライブに間に合わなくって……っ!」


「……結花ゆうか、いったん落ち着こう。慌てすぎると、焦って何も考えられなくなるから」



 その言葉は、半ばパニックになってる結花をなだめるためだけじゃなくて……俺自身に言い聞かせるためのものでもあった。


 修学旅行とインストアライブを両立させるために、一番頑張っていたのは――間違いなく結花だ。そんな結花なら、不測の事態が起こったら、うろたえてしまうのも当然だ。



 だからこそ、俺は――冷静でいないと。



「ここからバスで……いや、駄目か。次のバスの時間を待ってたら間に合わなくなる。タクシーを拾うしかないな……大通りに出よう、結花!」


 涙目になってる結花の手を引いて、俺は大通りの方へと向かう。



 結花や鉢川はちかわさんが頑張っているとき、俺は見てるばかりで――何も手助けできなかった。


 新しい挑戦に対して、プレッシャーを感じてる結花に。


 最初で最後の修学旅行と、初めてのユニットでのライブ。どちらも大事だから……両立させるために、気を張りながら頑張ってる結花に。


 声を掛けたり、見送ったり……その程度のことしか、できなかったんだ。



 何が未来の『夫』だ。何が『恋する死神』だ。


 自分の不甲斐なさが、情けなくなる。



「タクシー……なんでだよ。全然いないじゃないか……っ!」



 大通りに来て車道を見渡しても、タクシーが一台もいない。


 タイミングの問題なのか。それとも、この通りはもともとタクシーが少ないのか。



「遊くん……ありがとうね。私の無茶に、付き合わせちゃって……ごめん」


 そう言って俯いた結花の肩は、少しだけ震えていて。



 ――高校で楽しい想い出を、いっぱい作っていくぞーって決めたから……一緒に楽しんでほしいなって。


 ――私なりの全力で、らんむ先輩と同じステージを……成功させます!!



 結花は本当に、いつだって全力だった。


 いつだって真剣で、いつだって笑顔を絶やさなくって。本当に、本当に頑張ってたんだ。



 その努力が、こんな形で実らないとか……そんなこと、あっていいわけないだろ。


 なぁ、神様? 修学旅行の初日に、お願いしたじゃねぇか。



 …………ふざけんなよ。

 俺は絶対――諦めないからな。


 不甲斐なくって、頼りない俺だけど。



 神様がたとえ手を伸ばしてくれなくたって、俺は最後まで――結花の手を離さない。



「――すみませーん! 誰か、車に乗せてくれる方、いらっしゃいませんかー!!」



 普段はあまり自己主張をしない、できるだけ空気みたいに生きていたいと思ってる……そんな俺にあるまじき行動。


 でも今は、なりふりなんて、かまっていられないから。



「ゆ、遊くん!? 何して……」


「すみません! お願いします、止まってください!! すみません!!」



 結花が目を丸くしてるけど……そうだよな、こんなの柄じゃないよな。


 だけど、それでも……俺は喉が潰れるくらい全力で、車道に向かって叫び続けた。



「すみませーん! お願いします……お願いします、止まってください!!」



 ――――そのときだった。


 一台の車が、目の前に停車したのは。



 そして、ゆっくりと開いたサイドガラスから――顔を出したのは。



「あ! このまえの、おねえちゃんだー!!」



 ……修学旅行の初日に、迷子になっていた女の子だった。



          ◆



「すみません、ありがとうございます……本当に助かりました」


「いいえ。御礼もできていなかったので……お役に立てたなら、何よりですよ」


「そうですよ。レンタカーを返したら、今日には沖縄を発つ予定だったので――最後に恩返しができて、本当によかったです」



 運転しているお父さんと、助手席に移ったお母さんが、朗らかに笑いながら言った。


 レンタカーの後部座席には、俺と結花、そして真ん中に女の子が座っている。



「くーちゃんも、あえてよかった!」


「……うん。お姉ちゃんも、また会えて嬉しいよ?」


「あれ? おねえちゃん――なんか、げんきない?」



 にこにこしていた女の子が、首を横に捻りながら尋ねる。


 ふっと横を見ると……トラブルが重なったせいか、不安とか緊張とか、そんな感情がない交ぜになったような顔をしてる結花がいた。



「……よーしよし」



 そんな結花の頭に、手を伸ばすと――女の子は声を出しながら、結花の頭を撫でた。


 迷子になっていたとき……結花がそうしてあげたように。



「げんきだして、おねえちゃん!」

「……うん、ありがとう。すっごく、元気が出たよ!」



 そう言って結花は――パシンと、自分の両頬を軽く叩いた。


 そして再び、瞳に気合いの炎を灯らせる結花。



「あ……らんむ先輩から、RINEだ」


 そう呟いてスマホの画面を見ると、結花は小さく微笑んで。


 そこに表示されている、紫ノ宮しのみやらんむからのメッセージを、俺の方に見せてきた。



『鉢川さんから聞いたわ。大変なようね。けれど……貴方は言ったことを、曲げる子じゃないでしょう? 会場で待ってるわよ、ゆうな』



 それは、凄い圧を感じる言葉であるのと同時に。


 和泉いずみゆうなという後輩を信頼して待っている――先輩からのエールでもあった。



「……本当にありがとう。遊くんのおかげで、私は自分を曲げずにいられた。だから諦めずに――この後も、絶対に頑張るね」



 静かだけど、芯の通った声色でそう言ってから。


 結花は俺の顔をじっと見つめると……満開の花みたいな笑みを浮かべた。



「『恋する死神』さんは、やっぱり『神様』だったね? いつだって私を、明るい世界に連れていってくれる」


「……俺はそんな、たいそうな存在じゃないって。結花はいつだって、自分で輝いてて。そんな結花のおかげで、今の俺はいるんだから」


「それだったら……今の私がいるのだって、遊くんのおかげじゃんよ」



 ――ありがとう、大好きな遊くん。



 そんな結花の呟きが、俺の耳に心地よく響き渡った。


 俺が結花にしてあげられてることなんて……本当にたいしたことじゃないと思うけど。



 結花が笑顔でいられるんだったら――なんでもいっか。

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