第20話 【急展開】和泉ゆうなの『弟』VS紫ノ宮らんむ 結果…… 2/2

「まったく……鉢川はちかわさんまで、三文芝居に付き合わせて。こんなもので私を誤魔化せるとでも、思っていたの? ゆうな」


「……はい。申し訳ありません」


「とはいえ――顔はよく似ているわ。赤の他人、というわけではなさそうね。実の妹さん、なのかしら?」


「……はい。そのとおりです。こんな子ですが、私の妹です」


「だけど、貴方がいつも語っている『弟』とは別人。そうよね、ゆうな?」


「……はい。おっしゃるとおりです」



 凄まじい推理力を発揮する紫ノ宮しのみやらんむに、ぐぅの音も出なくなってる結花ゆうか


 なんなの。実力派声優は全員、こんな名探偵みたいなノリなの?



「どうして、僕が男じゃないって分かったんですか? こんな完璧なイケメン男子に扮しているのに。こんなに格好いいのに!」


「……なんで自分で、そーいうこと言うかなぁ勇海いさみは? 恥ずかしいから、やめなさいって! あと、そういう空気じゃないからっ!!」


「逆にどうして、私が貴方を男性だと思うと、そう錯覚していたの? 体つき、喉の震え方、細かな所作――どこを取っても、女性的だとしか感じなかったけれど」


「……そんな馬鹿な。この僕が、女性的? こんなに完璧なイケメンを演じていて、女性ファンからも結婚を迫られている――この僕が!?」



 変なところでプライドが傷ついてる奴がいるけど、いったん置いといて。


 体つきとか喉の震え方で、男女の違いが一瞬で分かるのか。

 声優ってすげーな。


 ……絶対それ、一般的な声優さんの能力じゃない気がするけど。



「らんむ……ゆうなを責めないであげて。『弟』の件について、らんむに伝えない判断をしたのは――マネージャーである、わたしだから。責められるなら、わたしよ」


「違いますよ、久留実くるみさん! 勇海を連れてくるって決めたのは、私ですし……らんむ先輩に誤魔化しをした責任は、私にあります。だから、らんむ先輩! 怒るなら久留実さんじゃなくって、私を――」


「……勘違いしないでほしいわ」



 ふぅ――と深く息を吐き出して。


 紫ノ宮らんむが、初めて肩の力を抜いたのを感じた。



「別に私は、ゆうな――貴方を責めたいわけじゃない。『弟』について言いたくないのであれば、それも貴方の選択よ。ただ……私に誤魔化しは利かないから。『弟』について黙秘するなら黙秘すると、そう説明してほしかった。ただ、それだけのこと」


「……はい。誤魔化そうとしたことは、本当にすみませんでした。『弟』については、今は――まだ、どう説明したらいいのか分からなくって。でも、らんむ先輩にそうはっきり言うのが怖くって……逃げちゃってました。ごめんなさい」


「……私って、そんなに怖い先輩かしら?」



 いや、普通に怖いよ?


 マサみたいなM気質の人々には、ご褒美かもしれないけど。



「はい、怖いです!」


「ちょっ!? 結――お姉さま!? はっきり言い過ぎだと思うよ!? すみません、うちの姉が失礼を! 僕に免じて、業界から干さないでください!! なんでもしますから!」


「……逆に貴方の方が失礼だと思うわよ、妹さん?」



 紫ノ宮らんむが、ため息交じりに漏らす。


 結花を心配しすぎるあまり、また過保護を発揮してんな勇海。


 借金取りとか闇稼業の人じゃないんだから、確かに失礼極まりない。



「勇海は黙っててよ、もぉ……らんむ先輩は、確かに怖いです。でも、それは――らんむ先輩が仕事に対して真剣で、ひよっこな自分が迷惑ばかり掛けてるのが申し訳なくなるからです。怖いのも本当ですけど――尊敬してるのも、大好きなのも、本当です!!」



 この言葉に、偽りはない。


 結花はいつだって、紫ノ宮らんむのことを……怖がりつつも、尊敬してた。



 よく名前を出しては、「あんな風になりたいんだー」なんて言ってるもんな。



「そう……ありがとう、ゆうな」



 結花の言葉が嘘じゃないってことは、紫ノ宮らんむにも伝わったんだろう。


 少しトーンを落として……ぽつりと鉢川さんに向かって、問い掛ける。



「――私って、そんなに怖いですか? この間も、新人の子に泣かれちゃったし。掘田ほったさんにもしょっちゅう、『本気で怖いから!』っていじられるんですけど……」


「……意外と無自覚だよね、らんむ。マネージャーの私が言うのもなんだけど……怖がられるところは、あると思うよ」


「……そう、ですか。気を付けます」



 あ。なんかちょっと、しゅんってなった。


 ストイックだけど、仕事以外ではポンコツ――そんならんむちゃんのギャップと、どこかダブって見える紫ノ宮らんむ。



「ごめんなさい、ゆうな――言い方が、きつかったのかもしれない」


「い、いいえ! 私の方こそ、失礼なことをして……本当にごめんなさいっ!!」


「いえ、私も――自分の考えが強すぎて、相手の考えに反論しちゃうところがあるから。『アリラジ』でもつい、言い過ぎちゃってるときがあるのも分かってるのよ……貴方が選択した生き方を、私が否定するのはお門違いなのにね」



 そう告げて、紫ノ宮らんむは語りはじめる。


 ――彼女のルーツと、その信念を。



「『60Pプロダクション』の創立メンバーの一人――真伽まとぎケイは、知ってるかしら?」


「あ、はい! 昔トップモデルをしていた方で、今はファッションデザインとか、イベントプランとか、そういったことを手掛けていらっしゃる方……でしたよね?」


「そう。そんな真伽ケイが、かつてインタビューで語った信条が――『トップに立つということは、自分のすべてを捨てる覚悟を持ち、人生のすべてを捧げること』。私はそんな彼女の考えに感銘を受けて、この業界に入った。『60Pプロダクション』への所属を決めたのも、彼女がいるからなの」



 そんな話をする、紫ノ宮らんむの声色は、少しだけトーンが明るくて。


 我が道を進んでいるように見えた彼女にも、憧れの人がいたんだなって……ちょっとだけ親近感が湧く。


 もっとも俺は、二次元ジャンル以外には疎いから、元トップモデルって言われてもピンとこないけどな。



「だから私は、すべてを賭す覚悟で声優をやっている……さらなる高みに行くために、真伽ケイのようになるために。他人に強要することでは、ないのだけれど」


「……やっぱり凄いですね、らんむ先輩は」



 結花が頬を緩めて、にっこりと笑う。


 静かな情熱を秘めた紫ノ宮らんむと、天真爛漫で無邪気な和泉いずみゆうな。


 本当に、この二人は――『月』と『太陽』みたいだなって思う。



「ゆうな。『弟』さんのことを説明しないなら、それでかまわない。修学旅行にも参加するというなら、それもかまわない。けれど――貴方のやり方で、私と同じステージに立つのであれば。一緒にライブを成功させてみせるという……覚悟だけは、持ってくれるかしら?」


「――はいっ! 私なりの全力で、らんむ先輩と同じステージを……成功させます!!」




 …………と、まぁ。


 一応の収拾を見せた、二人の新ユニットに関する打ち合わせだけど。


 結花にとって、結構なプレッシャーなんじゃないかな? って気はするから。



 少しだけ心配な気持ちにもなってしまう、俺だった。

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