第14話 最近、許嫁の様子がおかしい件について 2/2

 しばらく経って。


 俺は額に冷熱シートを貼って、カーペットの上に正座している。


 一方の結花ゆうかは、寝間着用の水色ワンピースを着たまま、ソファに座って俺のことをめちゃくちゃ睨んでる。



「えっと……結花さん?」


「ふーんだ! ぜーったい、許さないもん!! ゆうくんが、乙女の純情を踏みにじった……もうお嫁にいけないじゃんよぉ!」


「こんなこと言うのもなんだけど――俺と結婚、するのでは?」


「あ、そっか。遊くんがもらってくれるから、別にいいのかぁ……って、なるかー! ばかー!!」



 ノリツッコミみたいなテンションで、結花がクッションを投げつけてきた。


 ストレートに顔面にぶつけられると、柔らかいクッションとはいえ、さすがにちょっと痛い。



「うぅ……どうしてこんなひどいことが、現実に……」


「はい。このたびは本当に、配慮に欠ける行動をしたと反省しています。ただ、反省をしていると言いながら反省の色が見えないということであれば、それは自分自身の問題だと反省――」


「……遊くんは、もう許したもん」



 ぽそりと、結花が呟いた。


「え?」


 思わぬ雪解けの言葉に、顔を上げると――結花はぷっくりと頬を膨らませながら、でもかまってほしそうな目でこちらを見ている。



「ひどいのは、現実だもん。遊くんじゃないもん」


「えっと……それってどういう……?」


「あー。話すにしても、なんだか頭の上が寒いなぁー。なんだか、なでなで不足だなぁー。どうしたらいいんだろー」



 わしゃわしゃわしゃ。


 ご機嫌を直してもらうため、俺は全身全霊を込めて、結花の頭を撫で回した。


 結花はくすぐったそうに「うんうん。いいよー、いいよー」なんて言ってる。



「えへへっ、良いなでなで大賞でしたっ!」


「それで? 結花が昨日からテンションが低くなってた原因の――『現実』ってのは、なんのことなの?」


「……うー。んー……でもなぁ、遊くんは二次元好きだもんなぁー……」


「はい? なんの話?」


「……先に言っとくけどね? アニメに出てくるような、くびれがすごくて胸がおっきい三次元女子なんて、まずいないんだからね? 二次元だけじゃなく、現実を見て!」


「なに、その急な罵倒は!? 確かに俺は二次元オタクだけど、二次元と現実を混同してるわけじゃないからね!?」



 ――なんて。


 長々とした前置きをしてから。



 結花は、おっかなびっくりといった様子で……言った。



「……増えてたの。ちょびっと! ほんのちょびっと、なんだけどね?」


「増えてた? まさか……ゆうなちゃんの、出番?」


「ばーかばーか! ぜーったい分かってるでしょ、流れ的に!! うー……体重、だよぅ」



 小粋なジョークで和ませようとしたら、めちゃくちゃ怒られた。


 いや、まぁ……体重計に乗って悲鳴上げてたからね。なんとなくオチは、途中で読めてたけどさ。



「ライブに向けて、スタイルを維持しなきゃって思ってね? 最近はほら、文化祭とか色々あって、運動サボっちゃってたし……それで昨日、久しぶりに体重計に乗ってみたの。そしたら……」


「……そしたら?」


「うにゃー! 聞くなー、ばかー!!」



 結花がソファの上で、プチ暴れをはじめた。


 俺は慌てて結花の頭に手を置いて、わしゃわしゃと髪を撫でる。



「はい、静まりたまえー」

「……ふにゅ」



 落ち着いた。


 センシティブなんだか、単純なんだか、よく分かんないな。うちの許嫁は。



「とにかくね――ちょびっとだけど、太っちゃって。落ち込んでまーす……」


「えっと……こういうとき、なんて言えばいいのか、正解が分かんなくてごめんだけど。結花――どう見たって、いつもどおりだよ? どっちかといえば、もともと痩せ型な方でしょ、結花は」


「人の目は誤魔化せても、体重計の針は誤魔化せないもん」



 なんか睨まれた。


 なるほど。フォローしようとすればするほど、ドツボにはまるやつか。


 ちょっと黙っていよう……。



「はぁー……どうせ体重が増えるなら、胸にお肉ついてくれたらよかったのになぁー……そしたら遊くんを、悩殺できたのにぃ……ついてないよねぇ……」



 もにゅもにゅっと。


 なんかやさぐれ気味になった結花は、服の上から自分の胸をもにゅもにゅしはじめた。



「下から、寄せてあげたら……っ! 胸にお肉が移動しないかな……っ!!」



 そして結花は、お腹の方から胸に向かって、手のひらを使って皮下脂肪を運ぼうと――。



「って、やめてやめて!? そういうのはせめて、自分の部屋でやって!?」


「そうですよねー……貧乳なのに太っちゃった、惨めな私のあがきなんて、見たくないですよねー……」


「凄まじい自虐だな!? そんなこと、一言も言ってないわ!!」



 単純に目の毒っていうか、男子の頭をおかしくしちゃう行動だから、やめてって言ってんだよ!! 無防備すぎるの、家の中の結花は!



「――よしっ。私、決心した!」



 なんかドッと疲れた俺のそばで、結花は急にガッツポーズをしたかと思うと、瞳に炎を宿し……こちらを見てきた。


 そして、強い口調で告げる。



「私、今日から――ダイエット作戦、開始する! ライブに出ても恥ずかしくないようになるためにも、スタイル抜群になって遊くんを……めろめろにするためにも!!」


「いや、だから別に、今のままでも十分……」


「だから、遊くん……私のダイエット作戦に、協力してくださいっ!」


「はい!?」



 またなんか、突拍子もないことを言い出したぞ。うちの天然な許嫁は。


 けれど、当の結花は至って真面目な顔で、俺に力説してくる。



「こういうのって、自分だけでやるとサボっちゃうから、誰かにちゃんと見守ってもらった方がいいって言うじゃん? しかも私にとって、一番怖いのは……太った私に、遊くんが愛想を尽かしちゃうこと。つまり――遊くんが見ていることで、私には二重のプレッシャーが掛かるから、ダイエットの成功率も格段に上がるはず!」


「いやいや!? 正しいこと言ってるようで、がばがば理論だからね、それ!?」


「……へー。協力してくれないんだー。脱衣所に勝手に入ってきて? 乙女の秘密を無断で暴いて? 私をこんなに辱めたのに? へー、ふーん、へー」



 …………ぐぬぬ。


 これも全部、佐方さかた那由なゆって奴の仕業なんだ。



「だから、ごめんだけど……よろしくお願いします、遊くんっ! これから私――変わるから!!」




 とまぁ、そんなこんなで。


 結花のダイエット作戦(with俺)が、はじまったのだった……。

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