第13話 最近、許嫁の様子がおかしい件について 1/2

 ――なんだか、昨日から結花ゆうかの様子がおかしい。



 昨日の夜、紫ノ宮しのみやらんむとの電話が終わった直後は「あー、緊張したよぉ……」とは漏らしてたけど、いつもどおりな感じだったはず。


 なのに、お風呂から出て、リビングに戻ってきた結花は――学校仕様の結花をも凌ぐほどの無表情と化していた。



 びっくりして「どうしたの!?」って聞いたんだけど、「なんでもないわ。なんでも……ね」と思わせぶりな発言をするだけ。


 そして結花は……数か月ぶりに、俺と一緒の部屋で寝なかった。



 今朝は今朝で、食欲がないのかご飯も食べずに登校。このときも、数か月ぶりに俺と別々に家を出た。


 授業が終わった後は、そそくさと教室を出ていって――俺より一時間くらい後に帰ってきた。しかも、なんか全身汗だくで。



 もちろん「どうしたの!?」って聞いたんだけど、「なんでもないの。本当に……なんでも、ないの」と、やっぱり思わせぶりな発言。


 そして現在、結花は入浴中だ。




「……どう思う、那由なゆ?」


『知らね』


「その瞬間は落ち込んでる感じじゃなかったんだけど、やっぱり先輩声優との電話のダメージが、後から来たのかな?」


『だから、知らないっつーの』



 真剣に悩みを打ち明けてる兄に対して、冷たい奴だな。


 海外にいる妹に電話で相談するくらい、こっちは悩んでるってのに。



 そして那由は、電話口でも分かるくらいの大音量で、ため息を吐いた。



『はぁ……情けな。あたしに聞かずに、結花ちゃんに直で聞けし』


「いや、立ち入っていい話なのか、全然分かんないから……客観的な意見が聞きたかったんだっての」


『あたしは、占い師かなんかか。分かんないって、そんなん。いいから夕飯でも食べて、自分の脳を活性化させて考えてみろし』


「……夕飯、か。そういや夕飯も、なんか変だったな……」



 今日の食卓に並んでいたのは、ししゃもと煮干しだけだった。

 白米すらない。紛うことなき、ししゃもと煮干しだけ。

 そういや今朝も、ししゃもと煮干しだけだったわ。


 ししゃもと煮干しの地獄。



「なんだろう――魚の霊にでも取り憑かれたとか?」

『馬鹿?』



 短い暴言の方が人は傷つくんだぞ、那由?


 確かに今の発言が愚かだったってのは、認めるけど。



『……ん? お風呂入って、不機嫌になって? ししゃもと煮干し? ……ふむ。謎はすべて、解けたし』


「は? マジで? 一体、結花に何があったってんだよ、那由?」


『ネークスト、那由ずヒーント。ぱぷー、ぱぷー……脱衣所』


「なに今の茶番。ってか、脱衣所ってなんだよ?」


『とりま、結花ちゃんがお風呂出たタイミングで、脱衣所に行くべし』


「犯罪じゃない、それ? さてはお前、口車に乗せて俺を犯罪者に仕立てあげようとしてるだろ?」


『はぁ? マジで答えてやってんのに、それに対する返しが誹謗中傷? 最悪……兄さんの、ベルゼブブ。けっ』



 なんかハエの悪魔の名前で罵倒されたかと思うと、プツッとRINE電話がぶった切られた。


 いや、だって風呂上がりの女子がいる、脱衣所に行くとか。


 捕まるよ、マジで?



 ……でも、なんかいつになく真面目にキレてたな、那由。


 ひょっとして、ふざけているようで――ちゃんとしたヒントだった?



 でもなぁ。普段が普段だからなぁ。信憑性は、五分五分くらいだな。


 だけど――やってみなくちゃ分からないし、分からなかったらやってみるしかないか。




 ってなわけで。


 俺は……引き戸で締め切られた脱衣所の前に、移動した。


 引き戸の向こうには、既に風呂上がりの結花がいるらしく、ごしごしとタオルで身体を拭いてる音が聞こえてくる。



 ……なんも見えないけど、凄まじい背徳感がするな、これ。



 そして――突然の無音。


 しばらくして、「ひぃぃぃぃ……」という小さな悲鳴とともに、ドシンッと尻餅でもついたような音が聞こえてきた。



 それは……五分五分だと思ってた那由のヒントが、正解だったと確信した瞬間だった。



「結花! どうしたんだ、変な声がしたけど!?」


「ひゃっ!? ゆ、ゆうくん、なんでそこに!? あっち行って! ぜったい、ぜーったいドア開けちゃ、だめ!! だって、こんなの……大事件だもん。絶対に――見せらんないよ」



 ――――大事件、だと?


 奇しくも、那由が物真似してた某名探偵と、話が繋がった。



 これは間違いない。


 結花は、何か大変な事件に巻き込まれていて……俺に迷惑を掛けないよう、距離を取ろうとしてるんだ!



 真実はいつもひとつ。事件は脱衣所で起こってる。



 だけど、許嫁の危機に――黙って引っ込んでられないから。


 俺はガタッと……引き戸に手を掛けた。



「結花、開けるよ!」

「なんで!? ばかなの!? 絶対だめって、言ってるじゃんよ!!」



 そして俺は思いきって、引き戸を開け放った。



 ――――そこに立っていたのは。


 バスタオルを身体に巻いた、湯上がりで肩も頬も真っ赤に染まってる結花。


 そしてその、足の下に置かれているのは――体重計。



 …………体重計?



「あ。ひょっとして、それが昨日から、結花が不機嫌な原い――」


「…………遊くんのぉぉぉぉぉ、ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」




 結花が大絶叫する中、その辺に置いてあったドライヤーが飛んできて。


 俺は凄まじい鈍痛とともに――目の前が真っ暗になった!

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