第12話 【緊張】許嫁の先輩、電話でも圧がすごい 2/2

『一昨日、鉢川はちかわさんと会ったそうね。改めて……ゆうな。二人でのユニット、成功させるわよ』


「は、はい……頑張ります、らんむ先輩!」


『頑張るだけじゃ足りないわ。必ず成功させるという……覚悟を持ちなさい、ゆうな』



 電話の初手から、先輩声優の圧が凄い。


 さすがは『六番目のアリス』こと、『アリステ』人気六位のらんむちゃんを演じる――紫ノ宮しのみやらんむだ。



 彼女については、以前ネットで調べたことがある。


 紫ノ宮らんむが、和泉いずみゆうなと同じ『60Pプロダクション』に所属するようになった時期は……なんと、半年も離れていない。


 声優歴三年目。それなのに、この大御所のような風格。



『アリスアイドル』らんむちゃんは、アイドルの頂点に立つためならどんな努力も惜しまないという、ストイックでクールビューティなところが魅力のキャラクターだ。


 年齢設定は高校生だが、とても高校生とは思えないほどに覚悟が決まっていて、自分にも他人にも厳しい側面がある。


 けれど……アイドルのことばかり考えているせいか、私生活では意外と抜けているところも多いっていう、ギャップ萌えもある。



 そして、そんな彼女を演じる紫ノ宮らんむも――私生活がどうかは知らないけど、キャラそっくりのストイックでクールな声優だ。



『ユニットの打ち合わせを、早めにしておきたいと思っていてね。鉢川さんからも連絡があるでしょうけど、今週末の土日どちらかで調整したいわ。ユニットの方向性や、スケジュール感に合わせた練習……やることは山積みよ』


「は、はい! 大丈夫です、頑張ります!!」


『歌と振り付けは、既に用意されているそうだから……まずはユニット名の相談が必要かしら? ユニット名については、私たちで決めるというコンセプトらしいから』


「は、はい! 素敵な名前にしましょう!!」


『……貴方、コメントの内容が薄くないかしら?』



 初手だけじゃなくって、ずっと先輩声優の圧が凄い。


 ビデオ通話なわけでもないのに、結花ゆうかはなんか正座して話してるし。



 同年代のはずなのに、もう話し方から雰囲気まで含めて、紫ノ宮らんむが何度も修羅場を潜ってきた歴戦の先輩声優感が半端ない。


 まぁ、そんなクールでストイックなところが――彼女のファンの心を鷲掴みにしてるわけだけど。主にマサとか。



 そして結花もまた……そんな先輩・紫ノ宮らんむのことを、すごく尊敬してるってのが伝わってくる。


 だからこそ、今回のユニット企画についても――楽しみ半分、プレッシャー半分って感じなんだろうな。



『……ゆうな。少し前、電話で話したのを覚えているかしら?』


「あ、はい! 私が電話に出られてなくって、まだ久留実くるみさんからユニットの話を聞けてなかったときですよね?」


『あのとき、伝えた言葉……その気持ちは変わっていないわ。貴方にとって、これが飛躍に繋がる機会になると願っていること。そして……私の足を引っ張らないよう、本気で挑んでほしいと思っていること』



 それは、和泉ゆうなへの激励の言葉。


 そして、手を抜くような真似は絶対に許さないという――明確な意思表示。



 声だけでもひしひしと伝わってくる、凄まじいまでのオーラ……これが三年目にして人気声優への階段を駆け上がっている人間の、気迫ってやつか。



 そんな先輩・紫ノ宮らんむに対して。


 結花は――和泉ゆうなは、すぅっと大きく息を吸い込んで、言った。



「――らんむ先輩から見たら、まだまだひよっこな私ですけど。絶対に、らんむ先輩の足を引っ張ったりしません。私がらんむ先輩の隣に立つなんて、まだ信じられないですけど……やる以上は、全力を出します」


『その言葉を聞きたかったわ』



 まるで、スポ根マンガのようなやり取り。


 華やかな声優業界の裏では、こんな熱い会話が繰り広げられてるのか。



 ……いや。紫ノ宮らんむが特別なのか、他の声優さんもそうなのかは、素人の俺には分かんないけどね。



 取りあえず今日の電話は、「今度打ち合わせをしよう」の連絡……って感じなのかな?


 なんか俺まで緊張しちゃったけど、まぁそこまで大ごとな電話じゃなくてよかった。


 さぁ、電話が終わったら、二人でのんびりしよ――。



『ところで、ゆうな。今回の企画は「アリラジ」――ラジオでの共演がきっかけで、オファーがきたものだけれど。聞いたところによると、貴方の「弟」に関する、私と貴方とのやり取りが話題になっているらしいわね』



 ――――油断大敵。


 電話口の向こうから、突如として爆弾がぶっ込まれた。



 結花の表情も、僅かに硬くなる。



「あ、そ、そうみたいですね! 久留実さんも言ってました!! いやー、まさか『弟』の話をしただけで、こんなに取り上げられると思わなかったですよー」


『ええ。それで鉢川さんが――貴方の「弟」さんに、会ったらしいわね?』



 結花の表情が、今度は完全に固まった。

 多分きっと、俺も同じ顔してると思う。



「え、あ、あー……ちょびっとですけど、会いましたね。そ、それが何か……」


『それで私は聞いたの。本当に弟でしたか、って。そうしたら鉢川さんは……「しっかりした弟さんだったよ」と言っていたわ』



 そうか、鉢川さんは――紫ノ宮らんむには、俺が本当の弟じゃなかったって事実は、今のところ伝えてないのか。


 結花にとっても、鉢川さんにとっても……彼女に真実を告げることは、懸念事項だったからな。説明するにしても、今じゃないって判断したんだろう。



 さすがは大手声優事務所のマネージャー。


 完璧な対応をしてくれ……。



『――けれど。正直、私には――ピンとこなかったわ。視線の動き、声の出し方、身振り……どれも違和感があった。鉢川さんは果たして、「真実」を伝えていたのかしら?』



 ……こっわ!?


 え、声優って他人の視線とか声とかで、嘘を吐いてるかどうかとか分かんの?


 そんなことできるの、メンタリストとかギャングとか、一部界隈だけだと思ってたよ。



「ナ……ナンのコト、デショー?」



 そして、こっちの声優はとんでもないポンコツだな!?


 これはさすがに、素人目に見ても嘘を吐いてるって分かるぞ!?



『――まぁ、いいわ。いずれにせよ、ユニットを組むに当たって、そのことは自分の目できちんと確認しておかなければと思っていたから。鉢川さんがどんな態度を取っていたとしても……同じお願いをしたはずよ』


「え、お、お願い……ですか?」



 ――――ぞくっと。


 なんだか背筋を冷たい風が吹き抜けていったような、そんな奇妙な感覚がした。



 そして……その虫の知らせが当たったように。


 紫ノ宮らんむは、淡々とした声色で――恐ろしいことを告げた。




『ゆうな。できれば、今度の打ち合わせのとき――短い時間でかまわないわ。私と「弟」さんを、会わせてくれないかしら?』

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