第15話 女子のデリケートな話題で、地雷を踏まないのって無理ゲーすぎない? 1/2

 土曜日。


 明日は確か、鉢川はちかわさんと紫ノ宮しのみやらんむとの、新ユニットについての打ち合わせが入ってるはずなんだけど。


 そんなことすら、忘れてるんじゃないかってほど――今の結花ゆうかは、違うことに気合いが入りまくっている。



「秋だけど、朝早くは結構寒いねー、ゆうくん」


「まだ、五時だしね。早朝も早朝だから、そりゃ寒いよ……」


「だって遊くんが、知り合いのいない時間帯にしようって言ったからじゃんよー」



 そんな雑談を交わし合ってる俺と結花は――お互いにジャージに着替えていた。


 長めの前髪が掛からないように、タオルをはちまきみたいに巻いて、ジャージを着ている俺。


 そして眼鏡は掛けてないけど、髪の毛はポニーテールに縛ってる、家と学校の中間みたいなジャージ&ショートパンツスタイルの結花。



 普段がインドアな生活をしてるもんだから、なんだか馴染まないな。この感じ。



 そんなことを考えつつ、俺は結花と一緒に――家の前で屈伸をしたり、アキレス腱を伸ばしたりと、準備運動をする。



 そう……そして、この準備運動が終わったら。


 俺は結花のダイエット作戦に付き合って――一緒にジョギングをするんだ。



「……もう一回だけ、確認だけど。結花、本当に――ジョギングするつもりなんだね?」


「もっちろん! 増えちゃった体重を落とすには……有酸素運動!! ライブに出るに堪えるプロポーションになるために、遊くん好みな魅惑のスタイルになるために――私、頑張るんだから!!」


「きっと届かないと思うけど、最後にもう一度伝えるよ? 俺はこれっぽっちも、結花が太ったなんて思ってないからね?」


「ありがとう。でもね……数字はいつだって、残酷なんだよ。遊くん」



 僅かな願いを掛けて放った言葉は、やはり届くことなく。


 ダイエットという悪魔に取り憑かれた結花は……ジョギングを開始した。




「はぁ……はぁ……」


 冷たい空気が喉に吹き込んできて、俺は思わず咳き込みそうになる。

 それ以前に、息が上がってきて、ただただしんどい。



 自慢じゃないけど――俺は運動することが、まったく好きじゃない。



 スポーツの秋より、読書(マンガ、ラノベ)の秋。


 休みの日は家に籠もって、アニメを観たり『アリステ』をしたりして過ごしたい派。



「遊くん、大丈夫? もうちょっと、ペース落とそっか?」

「い、いや……まだ、いける……」



 一方の結花は、汗びっしょりではあるけれど、まだ余力のありそうな顔をしてる。


 さすがは声優。


 普段の生活は俺と同じくインドアな結花だけど、やっぱりレッスンとかちゃんと受けているからか――基礎体力が違う。



 今どきの声優さんって、声を当てる以外にも、歌とかダンスとか、色んなことを求められがちだもんな。


 結花だって、これまでライブの機会なんて、ほとんどなかったけど……ユニット企画が決まった途端、いきなりインストアライブを五地域だもんな。


 いつなんどき、そうなっても大丈夫なように、基礎レッスンを頑張ってきたんだろう。



 ――とはいえ。


 未来の『夫』として、結花より先にバテるってのは……さすがにできない。



 二次元命な俺だけど、それくらいのちっぽけなプライドはあるんだよ。男として。



「……よし、結花。ペース上げよう」


「え、上げるの!? 遊くん、倒れちゃわない?」


「大丈夫。ゆうなちゃんの声で応援されたら――体力が全快する仕様だから」


「どんな体質!? でも、そういうことだったら……こほん。ほらほらぁ、頑張って! ゆうなはそんな風に、一生懸命なあなたのこと――大好きだよっ!!」



 ――佐方さかた遊一ゆういちの体力ゲージが、全回復した。



 ぼんやりしてきていた脳内が、クリアになる。

 なんだか視界が開けて、手足が軽くなる。


 今なら空を飛ぶことだって――できるんじゃないかって、思うほどに。



 さすがは、ゆうなちゃん……癒やしの女神だわ。



「ちょっ、遊くん!? すごっ、ほんとにペースアップした……っ!」


「ゆうなちゃんの声があれば――俺はいつだって、全力になれるから! だから結花のダイエット……ひとっ走り、付き合うよ!!」


「……ありがとう、遊くん。よぉ~っし! 絶対に素敵なぼでぃになって、ファンも遊くんも、魅了しちゃうんだからっ!!」



 そんなこんなで。


 俺と結花は一時間以上、早朝の町中でジョギングをしたのだった。




 そのときは、まさか――あんな結末が訪れるなんて、思ってもなかったけど。

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