第9話 修学旅行の班決めって、どう立ち回るのが正解なの? 1/2

「ゆうく~ん♪ ゆうくん、ゆうくん~♪ ゆゆゆ、ゆーくーんっ♪」



 なんか隣から、奇怪な鼻歌が聞こえてくる。


 俺が顔を向けた先には、鞄を両手持ちして、首をふりふりしながら楽しそうに笑ってる結花ゆうかがいた。



 細いフレームの眼鏡に、ポニーテールに結った髪。

 校則どおりにきちんと着込んだ制服。


 完璧な学校仕様なんだけど――電波鼻歌を披露してる結花の表情は、どう見ても家仕様のもの。



「結花。ここ、外だから。そんなテンションで歩いてるの見られたら……怪しいキノコ食べたって思われるよ?」


「なんでキノコ!? もー、いいじゃんよー。このあたりは人通りが少ないから、誰かに見られたりしないもん。大通りに出たら、ちゃんといつもどおり――クールな私に、チェンジするから!!」



 とかなんとか言ってるうちに、ひとけの多くなる交差点が近づいてきた。


 すると結花は――すっと。


 俺から距離を取って、無表情な顔を向けてくる。



「……なに、佐方さかたくん? じろじろ見ないで」


「いやいやいや!? さっきまで、ゆうくんゆうくんしてた人が、何言ってんの!?」


「……ちょっと何を言ってるのか、分からないわ」



 急転直下の塩対応。


 相変わらずの切り替えっぷりに、怖いとか呆れるとか通り越して、いっそ感心するよ。



 声優ってみんな、こんなにオンオフの切り替わり激しいのかな……それとも結花が特別なのか。


 よく分かんないけど。



 取りあえず、うちの許嫁は――今日も通常運転だ。



          ◆



「よーし。じゃあ今日のホームルームは、来月に控えた修学旅行の班決めをするぞー」


 二年A組の担任――郷崎ごうさき熱子あつこ先生が、教卓に手をついて言った。



 修学旅行。


 そのフレーズに、クラス中がざわざわと色めき立つ。



「おーい、静かにしろー」


 騒々しくなったクラスに注意しながらも――郷崎先生の瞳は、爛々と輝いている。


 口角がめちゃくちゃ上がって、なんていうか……心の底から楽しそう。



 すると、斜め前の席のギャル――二原にはらさんが、けらけらと笑いながら言った。



「そんなこと言ってー。郷崎先生が一番嬉しそうじゃないっすかー」


「こら二原、先生をからかうな……まぁ、楽しみなのは事実だけどな! なんたって修学旅行は――青春の代名詞だから!!」


「あはははっ! めっちゃウケるー!! 先生の青春なわけじゃなくって、うちらの青春っしょ?」


「当たり前だ。生徒たちの青春の一ページ……そんな素晴らしいシチュエーションに立ち会えることが、ただただ嬉しいんだよ!!」



 熱血教師と陽キャなギャルによる、会話のやり取り。


 そんな二原さんにつられたみたいに、教室のあちこちから、くすくすと笑いが漏れ聞こえてくる。



 すげぇ……なんというコミュ力お化け。


 俺には絶対、真似できない芸当だわ。



 そもそも俺は、修学旅行とか言われても――クラスの大多数と違い、あんまりテンションは上がってない。


 むしろちょっと、面倒だとすら思ってる。



 いやね。さすがに俺だって、気の知れた友達との旅行とかだったら、もう少し盛り上がってるよ?


 だけど、修学旅行は……あくまでも学年全体で出掛ける、学校行事だから。


 クラスメートの大半と、深い付き合いをしてない俺にとっては、楽しさよりもストレスの占めるウェイトが大きい。


 班行動だって、メンバーによっては地獄の苦行になるし。



 そんなネガティブ思考な俺にしてみれば、郷崎先生と二原さんのやり取りは――ほとんど、異次元人の会話だった。



 ――――ブルブルッ♪



 そんな微妙な気持ちで座ってると、鞄に入れっぱなしにしていたスマホが振動した。


 郷崎先生にバレないよう、こそこそスマホを取り出す。



 そして机の下に隠しつつ、通知の来ているRINE画面を開いた。



ゆうくんと修学旅行! 今年は沖縄だよっ!! えへへっ……楽しみだねっ』


 ぶっと、思わず噴き出してしまう。



「ん? 佐方、どうした?」

「い、いえ。すみません先生……ちょっとくしゃみが出そうになって」



 取りあえず、その場を誤魔化すと。


 俺は机の下にスマホを隠しつつ、能天気なRINEを送ってきた結花に、返信する。



『結花、そんなに楽しみなの? 修学旅行』


『もちろんだよっ! 遊くんとのめくるめく修学旅行……そんなの楽しみに決まってるじゃんよ』


『……ひょっとして、一緒の班になるつもりなの?』


『え? ならないの?』



 おそるおそる、結花の座ってる席の方に視線を向ける。



 すると――能面のような『無』の表情でこちらを見ている結花と、目が合った。



 ……こわっ!?


 普段から学校では表情に乏しい結花だけど、今はその数段上の無表情って感じ。


 事情を知らない人が見たら、夢に出てくるレベル。



『怖いよ、どういう顔なの!?』


『ふーん。遊くんは、私と一緒の班がいやなんだー。へー』


『違うよ!? 一緒の班が嫌とかじゃなくって、怪しいでしょ!? 学校では接点の少ない俺たちが、急に同じ班になったら!!』


『そうですか。違う班ですか。誰か他の女の子と、らんでぶーですか』


『曲解だな! ランデブーって、日常会話で久々に聞いたわ!!』


『修学旅行なんて、くだらない。こんな下劣な行事で喜ぶなんて、愚かしい』



 なんかへそを曲げたらしく、RINEまで学校仕様になる結花。


 正論しか言ってないはずなのに……何この理不尽。



「よーし。それじゃあみんな、六人ずつでグループを作れー。こういうとき、公平にくじ引きって意見もあるだろうが……先生は敢えて、自由に班決めをしてほしいと思う! みんなが一番楽しめる修学旅行にしてほしいからな!!」



 優しいようで、ぼっちに厳しい提案をする郷崎先生。



 盛り上がるクラス。

 さっきよりもひどい、殺気すら感じさせるオーラを纏った、無表情な結花。




 ――――こうして。


 波乱の修学旅行の班分けが、幕を開けた。

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