第8話 【急募】声優のマネージャーさんと話すとき、気を付けること 2/2

 綿苗わたなえ結花ゆうかこと、和泉いずみゆうなが所属する声優事務所――『60Pプロダクション』は、有名声優を多数抱える大手事務所だ。



 中三の頃、学校で色々あって引きこもっていた結花は、思いきってオーディションに参加して……ゆうなちゃんの役を射止めた。


 当時の結花は、声優でもなんでもない、ただの素人。


 そんな彼女が合格したオーディションは――『アリステ』の公開追加オーディションというもの。当時の俺はまだ、『アリステ』と出逢ってなかったから、ネット情報だけど。



 そのとき既に、『ラブアイドルドリーム! アリスステージ☆』は知名度のある数十人の声優を起用し、プレリリースをしていた。


 そこに、プロアマ問わない公開追加オーディションで選ばれた声優による新キャラを追加して、正式リリースという――見たことのないプロモーションを展開していた。


 オーディションに合格したアマチュアの声優については、『60Pプロダクション』を含む数社の声優事務所が引き受けることまで、あらかじめ予定されていたとか。


 さすがは、数多あるアイドル系スマホゲーム業界に風穴を開けようとする、ビッグプロジェクト。企画の規模が、半端じゃない。



 そういう流れで、和泉ゆうなは――『60Pプロダクション』所属となった。


 ちなみに、和泉ゆうなより先に同事務所に入っていた新人声優・紫ノ宮しのみやらんむも、その公開追加オーディションで選出されたメンバーだ。



 だから……っていうのも、あるのかもな。


 紫ノ宮らんむが、和泉ゆうなを――特別に意識してるのは。




「――と、そんな感じで! 私は、ゆうくんを……佐方さかた遊一ゆういちくんを、とっても大切に思ってるんです!!」


 そんな『アリステ』の歴史を、ぼんやり振り返ってる俺のそばで、結花がようやく話を終えた。



 この数十分の間、結花はいかに俺が素晴らしい人間か、いかに結花が俺のことを愛しているか、滔々と鉢川はちかわさんに語っていた。


 端的に言うと、公開羞恥プレイってやつ。


 天然な結花は、なんか話してるうちにテンションが上がってたけど、聞いてるこっちは堪えられたもんじゃなかった。


 それはもう、ちょっと意識でも飛ばさないと、おかしくなっちゃうくらいに。



 こんなのろけ話を延々と聞かされたんだ。鉢川さんだって、困惑してるに違いな――。



「うっ……うぅ……良かったねぇ、ゆうな……素敵な人に巡り会えて、幸せになれて、本当に……良かった」



 ……マジかよ。


 結花以上にぼろ泣きしながら感動してる鉢川マネージャーに、さすがに俺も困惑を隠しきれない。



「遊一さん……ありがとうね。ゆうなのことを、大切にしてくれて……っ!」


「あ……いや、あの……取りあえず、『さん』付けじゃなくて、いいですよ? なんだか肩身が狭いですし、こっちの方が年下ですし……」


「そうですか、分かりました……じゃあ、お言葉に甘えて――遊一くん! ゆうなを幸せにしてくれて、どうもありがとう!!」



 ……親戚の人か何かかな?


 そんな「感動した!」みたいな感じで納得していいの?


 当事者が言うのもアレだけど――結構とんでもなスキャンダルだよ、これ?



「うちの所属になった最初の頃――ゆうなはいつもビクビクしてて、ちょっと失敗しただけで凹んで、よく泣いてたんだよ」


 そんな中、鉢川さんは……物思いに耽るように上を向いて、語りはじめる。



「だけど、段々と……ゆうなは失敗しても、へこたれなくなっていった。笑顔も自然になって、本当に――楽しそうに仕事をするようになったんだ。それは、ゆうなが一生懸命、声優業に向き合ってたのもあるけど……『恋する死神』さん。あなたの存在は、とても大きかったと思う」


「え……俺、ですか?」



 思いがけず『恋する死神』という異名を呼ばれて、言葉に詰まる。


 だけどそんなことおかまいなしに、鉢川さんは話し続ける。



「ゆうなにとって、最初のファンで……何度も何度も、ゆうなを応援する手紙を送ってくれてた『恋する死神』さん。ゆうなはよく、そのことを嬉しそうに話してたし……その頃からだったんだ。ゆうなの笑顔が、自然になっていったのは」



 鉢川さんはそう言って、そっと目を閉じる。



「もともと、ゆうなは真面目で健気だったから……たとえ、あなたの存在がなかったとしても、頑張ってたとは思うよ。だけど、あなたの支えがあったから、ゆうなはもっと頑張れたんだと思う。あなたの存在は間違いなく――和泉ゆうなを、輝かせたんだよ」



 だから――と。


 鉢川さんは目を開けて、まるで子どもみたいに笑った。



「声優としては、もちろんリスクの高い、危ない橋だって思う。マネージャーとして、こうするのが正しいかって聞かれたら、正直分からない。だけど、わたしは――鉢川久留実という、和泉ゆうなのそばにいる一人の人間として。二人の愛を……全力でサポートしたいって思うんだ。だって、わたしは……ゆうなに、幸せになってほしいから!!」


「く……久留実くるみさぁぁん!!」



 結花は立ち上がって、鉢川さんに駆け寄るとギューッと抱きついた。



「……ゆうな」


 結花の頭を、鉢川さんがそっと撫でる。

 そんな鉢川さんの顔を、結花はまっすぐな瞳で見つめて。


「ありがとう、久留実さん……私、頑張ります! 遊くんとの生活も、声優としての活動も、すべて全力で!! だって、私は――和泉ゆうなだから!」


「うん! それでこそ、和泉ゆうな!! そんな、あなたを――わたしはマネージャーとして、全力で支えるからね!!」



 ……えーと。


 それってマネージャーの仕事なのかな、って思わなくはないけど。


 事務所とからんむちゃんとか、色んな心配は山積みだけど。



 鉢川さんと『秘密』の共有ができて、応援してくれるようになったから――取りあえずは、よかったの……かな?




 鉢川久留実が 仲間に 加わった!

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