第7話 【急募】声優のマネージャーさんと話すとき、気を付けること 1/2
「…………」
「…………」
「…………」
リビングのテーブルについた俺と
そして
そんな三人は、ひとまず結花の淹れたお茶を飲みながら……沈黙の中にいた。
正直、気まずさしかない。
色々なことが重なって、和泉ゆうなの家に俺がいるところを、マネージャーである鉢川さんに見つかってしまった。
結花がラジオでしょっちゅう口にしてる『弟』=俺だってことは、鉢川さんは既に察している。
そして俺が――『弟』だけど、弟じゃないってことも。
多分、いや絶対……分かってる雰囲気。
「――単刀直入に聞きますね。
鉢川さんの言葉が、まるで死刑宣告のように響き渡る。
俺は膝に手を置いて、テーブルに視線を落としたまま、小さく頷いた。
「か、可愛いですよね!? これが私の自慢の――『弟』なんですよ、久留実さん!」
そんな重苦しい空気の中、結花が早口気味に捲し立てはじめる。
「『アリラジ』でも何度か話しましたけど。私ってば超ブラコンで、『弟』と離れて暮らすのに堪えられなくってですね。この家に引っ越して、二人で住みだしたんです! 『弟』はもう、ほんっとうに可愛くて。でも、格好良いところもいっぱいあって!! ふはぁ……天使? みたいな感じなんです! えへっ、こんな風に言うと、まるで彼氏みた――」
「彼氏、なんでしょ? ゆうな」
冷静に鉢川さんが放ったその言葉に、結花は完全に固まってしまう。
再び、沈黙に包まれるリビング。
その沈黙こそが――何よりの答えだった。
「はぁ……そうなんじゃないかな、とは思ってたけどね。やっぱり、そっか……」
鉢川さんがテーブルに肘をつき、大きなため息を漏らす。
「……ち、違うんです。久留実さん」
「何が違うの? 弟にしては、いくらなんでも顔が似てなすぎるし。話してるときの、ゆうなのキラキラ感、どう見たって身内を語るときの顔じゃないでしょ」
おっしゃるとおりすぎて、何も言えねぇ。
そんな正論に対して、結花はギュッと唇を噛んだかと思うと。
意を決したように――言い放った。
「こ、恋人じゃないです! 私は、
「…………はい?」
さすがにこの回答は予想外だったんだろう、鉢川さんが変な声を出した。
ですよねー。分かります、分かります。
俺も思わず、叫びそうになったもの。何言ってんだ、この子は。
「えっと……結花、おばかさんなのかな? どういう心境で、今このタイミングで、そんな話をぶっ込もうって思ったの?」
「ば、ばかじゃないもん! 久留実さんは、和泉ゆうなとしての私を、ずっと支えてくれた人だから。もうこれ以上、嘘を吐きたくないって……お腹を括って、正直に全部打ち明けたいって。そう思ったから――恋人以上の関係だって、伝えたかったんだもん!」
「ああ……なんか頭が痛くなってきた。ゆうな……冗談とかじゃなくって、本気で言ってるの、それ?」
もうここまでぶちまけてしまっては、仕方がない。
俺は覚悟を決めて――鉢川さんに向かって、深々と頭を下げる。
「すみません、急にこんな驚く話をして。えっと、結花……ゆうなが伝えたとおりで。自分は弟でも、恋人でもなくって……彼女の、婚約者です」
「……今まで隠しててごめんなさい、久留実さん。そうなんです、私は――この可愛くって格好良くって、世界一素敵な遊くんと……結婚の約束を、してるんですっ!!」
「…………マジか」
鉢川さんが、この世の終わりみたいな顔をして、ぐったりとテーブルに突っ伏した。
そして「事務所にどう説明……」「マスコミ……」「お腹痛い……」なんて、呪詛みたいな呟きが聞こえてくる。
「……落ち着こう。わたしは大人、わたしは大人……」
だけど、さすがは声優のマネージャーさん。
深く息を吸い込んで気持ちを即座に切り替えたかと思うと、背筋を正して椅子に座り直した。
そして――交互に俺たちのことを見て。
「それじゃあ、教えてくれるかな? もう少し――二人の間の、事情を」
それから俺は、鉢川さんに対してこれまでの経緯を説明した。
親同士が勝手に俺たちの結婚を決めたけど、実はクラスメートだったこと。
なんだかんだで婚約して、今では同棲をしてること。
そして――俺がゆうなちゃんの一番のファン『恋する死神』だってことも。
「――そっか。できれば聞き間違いか、夢であってほしかったけど……本当に二人は、そういう関係なのね……現実か、これが……」
最後まで静かに俺の話を聞いてから、鉢川さんがぼやくように言った。
そんな鉢川さんのなんとも言えない顔と、今にも泣き出しそうな結花の顔を交互に見てると――なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。
「ああ、ごめんなさい……遊一さん。わたしのことなら、気にしないで。ほら、ゆうなも――泣かないの。大丈夫だから。何があったって、わたしは……あなたのマネージャーなんだから」
そう言ってハンカチを取り出すと、鉢川さんは結花の目元に溜まった涙を拭った。
そんな鉢川さんの優しさに触れて、まるでダムが決壊したみたいに、結花はしゃくり上げながら号泣しはじめる。
「もぉ、しっかりしなさいって。和泉ゆうなのチャームポイントは、どんなときも天真爛漫で、笑顔を絶やさないところでしょ?」
「は、はいぃぃ……ごめんなさい、久留実さぁぁん……うぇぇ」
「でも、そうね――今後どうするかは、一緒に考えないとね」
ぼろぼろ泣いてる結花をなだめながら、鉢川さんはため息を漏らしつつ呟いた。
「わたし個人としては、ゆうなの気持ちを大事にしてあげたいよ。でもね……やっぱり声優にとって、スキャンダルは命取りだから。事務所としてどうするべきかも検討しないとだし。後は……らんむのことも、考えないとね」
ああ……確かに。
事務所的なことは当然として、らんむちゃんのことも考えないとな。
普段の人柄は知らないけれど、メディアに出ている彼女や、結花と連絡を取っているときの彼女を見る限り――
まさに『アリステ』のらんむちゃん、そのものな感じ。
そんな彼女が、これからユニットを組もうとしてる後輩声優に――実は婚約者がいるなんてスキャンダルを知ったら?
……間違いなく、激怒するだろうな。
ベテラン声優さんですら、頭を抱えそうなレベルの話だし。
「だけど……いったん事務所のことも、らんむのことも、置いとこっか」
これからぶつかるだろう様々な問題に、軽くめまいを覚えていると。
鉢川さんがパンッと手を打ち鳴らして――にっこりと笑みを浮かべた。
そして、穏やかな口調でもって、尋ねてくる。
「ゆうな。それから……遊一さん。二人がお互いをどう思ってるのか、もう少し詳しく聞かせて? ゆうなを支えるためにも、しっかりと――この状況を、きちんと咀嚼しないといけないと思うから。だって、わたしは……和泉ゆうなの、マネージャーだもの」
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