第6話 『弟』な俺が、見つからずに隠れる方法を教えて 2/2
「ごめんね、
「いや、仕方ないよ。マネージャーさんがトイレ貸してほしいって言ってるのに、無下に断る若手声優の方がどうかと思うし……」
俺と
取りあえず、鉢川さんが出てきたら、玄関先に戻って軽く打ち合わせて解散。それまでの間、俺は二階に隠れている。そういう算段を。
「本当は、正直に言っちゃった方がいいんだろうなぁ……」
自分のために泣いてくれるマネージャーさんに隠し事をするのが、結花としては胸が痛いらしく――弱々しい声で、そんなことを呟いてる。
「どうなんだろう……声優業界的にそれが正解なのか、俺には分かんないからなぁ」
「私だって、許嫁になった声優さん……今まで見たことないから、分かんないもん」
そりゃそうだ。
許嫁のいる声優がごろごろいたら、ファンが卒倒するわ。
「ゆうなー? あれ、どこー?」
――なんてやり取りをしていると。
トイレから出てきたらしい鉢川さんの声が、一階から聞こえてきた。
「あ、い、今行きます!」
結花が慌てたように声を上げて、立ち上がる。
だけど、慌てすぎたもんだから、結花はずるっと階段の段差を踏み外しかけて――。
「ちょっ……危ない!」
「うにゃっ!?」
咄嗟に俺は、結花の身体を自分の方に抱き寄せた。
それに色んな意味で驚いたのか、結花が猫みたいに叫ぶ。
「え!? どうしたの、ゆうな!?」
「あ、え……ど、どうしよう遊くん!?」
「ゆ、結花? 落ち着こう? そんなに騒いだら余計……」
「ゆうなー? 大丈夫ー?」
鉢川さんが階段をのぼる足音が聞こえてきた。
正直に言うべきか、それともこのまま隠すべきか――そんな迷いも相まって、結花はおたおたとパニクったかと思うと。
ぐいぐいっと……俺の肩を押しはじめた。
「ちょっ、結花!?」
「と、取りあえず、いったん隠れてて遊くん! 私がきちんと、久留実さんと……話をするから!!」
いやいや。
こんなテンパってる人が、きちんと話せるわけないよね!?
だけど、スイッチの入った結花は強引に――俺を部屋の中に押し込んだ。
…………って。
ここ――ひょっとして、結花の部屋じゃない?
二階にあるのは俺の部屋、結花の部屋、そして帰省してきたとき用の
普段は二人とも、大半をリビングで過ごしてるし、寝るときは結花が俺の部屋に来るから――俺が結花の部屋に入ることは、まずない。
だから、物珍しさに……つい部屋中を見回してしまう。
ピンク色のカーテン、机に飾ってある可愛い小物類。
そんな女の子らしさに溢れた部屋だけど、声優として頑張っている象徴みたいに……赤ペンで書き込みがしてあるラジオか何かの台本が、開かれたまま机に置かれている。
そして、その机の端には。
無数の封筒に入った手紙が――大事そうに飾られていた。
ってこれ……ひょっとして。
俺こと、『恋する死神』がゆうなちゃんに送った、ファンレ――――。
「ぎゃああああああああ!? 遊くん、見ちゃだめぇぇぇぇぇ!!」
テンパった挙げ句、自分の部屋に許嫁を招き入れた事実に気付いたらしい結花は。
恥ずかしさが極まったのか、俺の目を自分の手で塞ぎつつ、絶叫した。
そして、当然そんな大騒ぎをしていたら――。
「ゆうな? 何やって……って。えっと……そちらの方は?」
後ろから俺に抱きついて目を塞いだ体勢の結花が、息を呑んだのを感じる。
俺は結花の手を掴み、おそるおそる自分の目元から引き離した。
そこにいたのは、和泉ゆうなのマネージャー――鉢川久留実さん。
鉢川さんは目を丸くして、俺のことを凝視している。
「え、えっとぉ……久留実さん、ひょっとして……見えるんですか?」
「……はい?」
俺と鉢川さんの声が、意図せずハモる。
「久留実さんも、霊感があるんですね……実は私にも、見えてるんです。ここに、同年齢くらいの男の人の姿が。こわいですねー、こわいですねー?」
「……あなた。ひょっとして、例の『弟』さん?」
結花のぶっ飛んだ誤魔化しは完全スルーで、鉢川さんは俺に向かって話し掛けてきた。当たり前だけど。
こうなったら仕方ない。
俺は意を決して、頭を下げつつ鉢川さんに挨拶をする。
「いつも、ゆうながお世話になってます。ゆうなの『弟』の……
「初めまして。ゆうなのマネージャーをしています、鉢川久留実です。すみません、勝手に上がり込んでしまいまして」
そんな俺に向かって、鉢川さんは大人な感じで応対をしたかと思うと。
「このような状況で、身勝手なのは承知していますが――もともと、お話ししたいと思っていましたので。少しだけ、お聞かせいただけませんか? 『弟』さんと、ゆうなの……関係について」
あ、こりゃ駄目だ。
この感じ――もう既に、バレてるやつだわ。
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